28 ソレイユの決闘
決闘は金曜日。王立ヴェルソ学園の校庭は朝早くから、場所取りのために多くの生徒たちが詰めかけていた。
「ソリタリオ王子とレットイット様の決闘だ! さぁ、どっちが勝つかはったはった!」
「おっちゃん、俺はレットイット様が勝つほうに、1ヶ月分の昼飯代をぜんぶブチ込むぜ!」
「ねぇ、私たちはどっちに賭ける?」
「そりゃ、レットイット様が勝つほうに決まってるでしょ!」
「そうそう、この前の実力テストで見たでしょ、レットイット様の剣の実力を!」
「それにパートナーがあのナイト様なんだからね! まさに最強コンビでしょ!」
「でも王子も、剣術の腕前はかなりのものなんでしょ?」
「そうかもしれないけど、パートナーがアレじゃねぇ……」
「アレはこの前の実力テストでも、下から数えたほうが早かったんでしょ?」
「それに見てよ、アレ! ひとりだけ、もうやられちゃったみたいになってるじゃない!」
女生徒たちがきゃははと指さす先は、校庭の中央。
大きくスペースが確保されたその場所では、4人の少年少女たちが対峙し、視線の火花を散らしている。
舌戦の口火を切ったのは、この決闘の発起人であった。
「てっきり逃げ出すかと思っていたのに、来たことはほめてあげるわ、ソレイユさん」
「ふ……ふふ……逃げたりなんか、するもんですか……!」
ナイトは敵方であったのだが、ソレイユのことが気になってしょうがなかった。
無理もない。ソレイユは目の下にクマができていて、頬は見る影もなくこけている。
木剣を杖のように地面に立ててすがりつき、立っているのもやっとの状態だったからだ。
「お……おい、大丈夫か? いったいなにをやったらそんな風になるんだよ?」
「徹夜で練習してたんだよ」とソリタリオ。
「ぜんぜん寝てないうえに、ずっと木剣を振ってたから全身筋肉痛になってるみたい」
「おいおい、そんなんで戦えるのかよ? それじゃまるでおばあちゃんだから、少し休んでからのほうが……」
ちょうど4人の元にやってきた審判役のアインが、ナイトの提案を遮るように叫んだ。
「……静粛にっ! ソリタリオ・ヴェルソ・アルクトス! ソレイユ・ナヴェ・カンパーニュ! そしてナイト・リット・エクスガル! レットイット・ゴー・バイオレット! 四者の同意により、いまから決闘が行なわれる! ここにいるすべての人間が証人だ!」
校庭の外周を埋めつくすほどに集まった観客たちが、一斉に歓声をあげる。
アインは「静粛に! 静粛に!」と叫び、場を鎮めてからルールの説明に入った。
「決闘は木剣による一本勝負! ひとりの相手に有効打を与えるか、ひとりの相手の木剣を地面に落とすか、ひとりの相手が降参した場合に決着する! この決闘による両者のいかなる損害もヴェルソ小国はいっさい関知しないものとする!」
アインは対峙する両者の間に壁を作るように手を差し入れる。
「それでは両者……構えっ!」
宣言と同時にレットイットは木剣を逆手に持ち、ナイトは腰を低く落とす。
ふたりはもう、対面にいる相手しか見ていなかった。
「処刑場へようこそ、ソレイユさん……!」
「リオ、全力でいかせてもらうぜ……!」
ソレイユも構えを取ろうとしたが、杖のような木剣を上げただけで後ろにふらつき倒れそうになってしまう。
それを見越していたかのように、後ろで待ち構えていたソリタリオがソレイユを抱きとめる。
ソレイユは決闘直前とは思えない甘美な感触に包まれ、思わずとろけそうになっていた。
「あっ……あ……ありがとう、王子……」
「礼はいらないよ。だって、これが僕の構えだからね」
「へっ?」
ふたりのイチャつきを見せつけられ、レットイットは苛立ちの声をあげる。
「王子! 構えを取ってください! そうやってソレイユさんを休ませようとしても無駄ですよ!」
「いや、これが僕の構えだよ」
「へっ?」
審判役であることをいいことに、アインが居丈高に注意する。
「ソリタリオ・ヴェルソ・アルクトス! 構えを取るように! これ以上の遅延行為にはペナルティを……!」
「だから、これが僕の構えさ」
「へっ?」
ソリタリオはソレイユの後ろに立ち、ソレイユの肩ごしに手を沿わせ、ソレイユの両手を包み込むように握しめている。
ソレイユはいつのまにか、ソリタリオのぶんの木剣まで握らされており二刀流になっていた。
「これが、僕らの構え。秘剣『二人羽織』だよ」
四度繰り返してようやく、ソリタリオの意図はすべてに伝わった。
「えっ……ええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
全方位から、嵐の前の静けさすらも打ち破る絶叫がおこる。
誰もが目を瞬かせ、口をあんぐりさせていた。
「に……二人羽織だって……!?」
「あんな剣術、見たことないわ!」
「っていうかあんなデタラメな構え、ありえねぇだろ!」
ナイトは我に帰るなり怒りをぶつける。
「ふ……ふざけるな、リオ! 勝負を捨てたか!?」
ソリタリオは「いや」といつもの口調で答える。
「僕には、これでじゅうぶんだよ」
その一言は何気ないものだったが、知っているナイトのハラワタは自然と熱くなっていた。
――ば、バラ……!
お披露目の日の決闘で、アインを一輪のバラだけで倒したように……。
ソレイユをバラに見立てているのかっ……!
ナイトの相方のレットイットは落ち着き払っていた。
「ふふ。同じありのままに生きる者どうし、私には王子の考えがよくわかります。そうやってソレイユさんを押さえつけて、打ち込ませようとしているんですよね? 無傷で私とデートするための、最良の選択だと思います」
それまでソレイユは首根っこを掴まれた猫のように大人しかったが、この一言には「そ、そうなの!?」と仰天。
「違うよソレイユ、僕を信じて」
ソリタリオは横目をアインに向け「さぁ、早く開始宣言を」と促す。
誰よりも遅れて正気に戻ったアインは反射的に「は……はじめっ!」と宣言した。
そして、ソレイユはラベンダー色の風に包まれる。
両手を大きく広げながら、身体は花から花へと渡る蝶のようにふわりと移動、そのまま導かれるように両手は旋円を描く。
右手でナイトの剣を、左手のレットイットの剣を絡め取り、天高く舞い上げる。
それは春風が吹き抜けただけのような、ほんの一瞬の出来事だった。




