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26 レットイットの企み

 春とはいえ、早朝の空気は張りつめるように澄んでいる。

 誰もいない薄暗い校庭。やがてその片隅に、ひとりの少年の荒い息づかいが響きはじめた。


「いち、に! いち、に!」


 走り込みを終えた少年は滝を浴びたかのように剣術の練習着をびっしょりと濡らしていたが、ひと休みもせずに腰に差した木剣で素振りを開始。

 しかしその手がはたと止まり、鋭くつぶやく。


「……誰だ?」


「さすがナイトさん。次期近衛騎士団の団長といわれるだけあるわね」


 少年の背後から現われたのは、王立ヴェルソ学園の制服をゴージャスに着こなす少女であった。


「お前は……」


「王子の次期婚約者、レットイットよ。同じ次期どうし仲良くしましょう」


「お前がリオの次の婚約者だっていうのか? リオのことだから、いつかは婚約破棄をするだろう。だがお前が次の婚約者に選ばれるかは……」


 しかしレットイットは自信に満ちあふれた笑みを返す。


「いつかではダメなの。だって私という女がここにいるのだから」


 もはや彼女の中では王子の婚約者となるのは確定事項のようで、「問題はタイミングだけ」とばかりの物言い。

 そんな根拠のない話を聞かされているナイトは誰もが思うであろう疑問を口にする。


「そうか、妄想を話すのは自由だ。だが、なぜ俺に……?」


 そこまで口に出して、ナイトは気づく。


「まさかお前、リオと……?」


 レットイットの笑みが「ご名答」とばかりに深くなる。


「なるほど、そういうことか。俺はいつも決闘の仲介役をしてるから、まず俺に根回しをしに来たってわけか」


「違うわ」


「なに?」


「ナイトさん、あなたソレイユさんのことが好きなんでしょ?」


「きゅ……急になにを……?」


「あら、バレてないと思ってたの? まさかそれで、禁断の恋をひた隠しにする騎士を演じてたつもりじゃないでしょうね?」


 レットイットは狼狽を隠しきれないナイトに近寄り、顔を近づける。

 純朴そのものといった赤い頬を通り過ぎ、染まりはじめた耳元で囁きかけた。


「ありのままに生きましょう……。好きなものは、好きでいい……。大丈夫、私に任せて……」


 そして告げられる、レットイットの真意。

 その全てを聞き終えたナイトは、さらに混乱が深まっていた。


「まったく、よくわかんねぇな。リオは女のことなんて石ころにしか思ってないんだぜ。お前はそんなことまでして、石ころのひとつになりたいってのかよ」


「ええ。王子という最高の男には、生まれながらの宝石こそがふさわしいのだから」


 レットイットは芝居の始まりを告げる演者のように、大きく手を広げる。


「田舎の河原で拾ったきれいな石ころは、あなたに差し上げましょう」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 朝日が昇り、学園のキャンパスは登校する生徒たちで賑わいはじめる。

 その大きな道の真ん中を、ふたりは歩いていた。


「まったく、なにを考えてるの。走ってる馬車に飛び乗ってくるなんて」


「えへへ……でも王家の馬車って鍵が掛かるんだね、扉が開かなかったからびっくりしちゃった」


「びっくりしたのはこっちだよ。馬車強盗じゃあるまいし」


「でもちゃんと乗せてくれたよね。ありがと、王子!」


 手段は強引であったが、ソリタリオと初めて同じ馬車で通学できたことが嬉しくてたまらない様子のソレイユ。

 その懲りない笑顔に、ソリタリオはやれやれと嘆息する。


「はぁ……。そのままにしといてもよかったんだけど、婚約者を馬車の外に貼り付けたまま街中を走ったりしたら、いいスクープになっちゃうからね」


「あ、そっか、ごめんなさい……」


「まったく、アラにならないって決めたんじゃなかったの?」


「そうなんだけど、テスト明けって心が自由になって、大胆なことをしたくならない?」


 その答えは、ふたりの前方から返ってきた。


「気が合いますわね。私もそう思うわ」


「あ、レットちゃん! おはよーっ!」


 レットイットは咲き誇る花のように優雅に待ち構えていたが、ソレイユの挨拶には食虫植物のごとく噛みついていた。


「れ……レットちゃん!? 馴れ馴れしい! レットイットさんと呼びなさい!」


「えーっ、テストで競いあった仲じゃない! それに剣でも語り合ったんだから、もうお友達だよ!」


「お互い健闘したみたいな雰囲気出さないで! あの時は私が一方的にボコボコにしたでしょ! テストの結果も足元にも及んでなかったクセに! あれだけ酷い目に遭わされておいて、なんでそんなフレンドリーでいられるのよ!?」


「もう終わったことだからね! それに試合には負けたけど勝負には勝ったし……」


 クククと忍び笑いをするソレイユに、レットイットの額に青筋が走る。


「ぐっ……! まだ勝負は終わってないわ! むしろ、勝負という名の舞台はここからがクライマックスなのよ!」


 レットイットはソレイユを押しのけ、ソリタリオにずいっと迫った。


「ソリタリオ王子に、決闘を申し込みます! 私が勝ったら、デートをしてください!」


 ソレイユは「ええっ!?」と毛を逆立てるほどに驚いていたが、ソリタリオはいつもの笑みを絶やさない。


「いいけど、要求は婚約破棄じゃなくていいの?」


「ええ。力ずくで婚約破棄させるなんて、私の流儀に反しますから」


「実力テストの時、力ずくで婚約破棄させようとしたくせに! だいいちデートなんて、婚約者のわたしだってしたことないのに!」


 レットイットはソレイユのヤジなど耳に入っていない様子で話を進める。


「ともかく私の要求はデートだけです。1回のデートで王子を振り向かせて、婚約破棄を決意させる自信がありますから」


「相変わらず、自分に自信があるんだね。で、種目は何にするの?」


「剣術をお願いします」


「無理無理! 剣術で王子に勝てるわけないじゃない!」


 ここでレットイットはようやくソレイユに視線を移した。


「1対1ならそうでしょうね」


「へ?」


「私が提案しているのは、2対2……それも男女混合ダブルスでの剣術勝負よ」


 ソレイユは理解が及ばずにポカーンとしていたが、王子は「なるほど」と相づちを打つ。


「僕とソレイユのコンビと、レットイットが選んだパートナー、その2対2で戦うというわけだね」


「さすが王子、察しがいいですね。カタツムリみたいな誰かさんとは大違いです」


「なにそれ!? カタツムリみたいって、どういう意味!?」


「『お前の頭はどこにある?』って言いたいんじゃない?」


「むっかぁ~っ! 王子、やりましょう! わたしといっしょにレットイットちゃんをコテンパンしてやりましょう!」


「はぁ、すっかり乗せられちゃって……。でも、まあいいよ。僕はどんなに不利な条件の決闘でも断らないから」


「では、決まりですね。それでは、私のパートナーをご紹介しておきましょう」


 レットイットが道端に目配せすると、木陰から人影が現われる。

 その人物を目にして、ソレイユはよりいっそう毛を逆立てていた。


「えっ……ええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」

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