24 ソレイユの実力テスト
ほぼメインイベントといえたふたりの対決が終わり、校庭はようやくテストらしい雰囲気が戻ってくる。
そしてわたしはひとりでヒートアップしていた。だって、王子の非道っぷりが許せなかったから。
まったくあの悪魔ときたら、人の心を弄ぶようなことばっかりして……!
わたしは王子の舌出しをみんなに告発したんだけど、みんなは感動に打ち震えていたみたいで「見間違いじゃない?」と相手にされなかった。
そして急に、冷水をブッ掛けられたような気分になる。
「それでは、女子の第一試合! 組み合わせは……ソレイユとレットイット!」
「ええっ!? なんでわたしが女子のトップバッター!? しかも相手はレットイットさんなんて!?
最初はゲゲッと思ったけど、心の中の天使と悪魔がわたしに勇気をくれた。
『おい、これはチャンスだぞ! 王子の見てる前でヤツをボッコボコにしてやれ!』
『そしたら婚約破棄を免れるどころか、王子は惚れ直すに決まってる!』
天使も悪魔も似た性格なのが気になったけど、そんなことはいまはどうでもいい。
「よぉし……やるっ! わたし、レットイットさんをボコボコにするっ!」
実をいうとわたし、剣術は子供の頃から得意だったりするんだ。
前世はドン・クサ子なんて呼ばれるくらいだったけど、今世はチャンバラごっこで敵なしだったし。
あんないいとこのお嬢様なんて、わんわん泣かせてやるんだから……!
わたしは鼻息も荒く、レットイットさんと対峙する。
レットイットさんは木剣を逆手に持ち、柳眉を寄せていた。
「まさかソレイユさんと当たるなんて……。組み合わせは変えられないのかしら?」
その剣の持ち方と反応からするに、レットイットさんは剣術が得意じゃないっぽい。
わたしは嬉しくなって、思わず「ヒャッハー!」と叫んでいた。
「ダメダメ! レットイットさんはありのままなんでしょ!? だったら観念して、尋常に勝負勝負!」
「もう、しょうがないわねぇ……」
本当に嫌そうな顔をされたので、わたしは本当に蛮族にでもなったような気分だった。
しかしこうなったらなりきってやるとばかりに、はじめの合図とともに飛びかかっていったんだけど、
……パカァーーーンッ!
逆刃の大上段という変則面打ちをくらい、わたしはもんどり打って倒れていた。
「いっ……いったぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!?!?」
防護魔術があってもケガをしないだけで、痛みはなくならない。
頭が割れるかと思うほどの激痛に、半泣きで訴えていた。
「レットイットさんって、剣術が苦手じゃなかったのぉ!?」
「あら、誰がそんなことを言ったの?」
「だってその剣の持ち方! その嫌そうな顔!」
「ああ、これは私の家に伝わる剣術の構えよ。商人も、自分の身くらいは守れなくちゃね。それと嫌そうな顔をしているのは、つまらないものを斬りたくなかったからよ。でも勝負は始まってしまったから、仕方なく斬るわ」
言うが早いが、レットイットさんは倒れているわたしを容赦なく木剣で殴打する。
「いたたたた! やめてやめてやめて! なにするの!?」
「だってまだ動いてるじゃない」
「人をゴキブリみたいに言わないで! うわぁぁぁんっ! やめてぇぇぇぇぇーーーーーっ!」
とっくに勝負はついているのにボコボコ殴られて、わたしはみんなの見ている前でわんわん泣いてしまう。
その場に王子がいなかったことだけが、不幸中の幸いだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それから数日にわたってテストは続いたんだけど、わたしの結果は惨憺たるものだった。
いや、いつもと変わらない……いや、少しはマシになった程度と言ったほうがいいだろうか。
かたやレットイットさんは剣術だけでなく魔術も得意で、王子ほどではないけどすさまじい魔術の腕前を披露していた。
そして、テストが終わった次の日。
朝早くから講堂で上位100位の発表があったんだけど、男子の1位はソリタリオ王子で、女子の1位はレットイットさん。
わたしはと言うと、上位100位にも入らなかった。
学年主任でもあるライス先生は、王子とレットイットさんをステージの上にあげて祝福する。
ライス先生は反体制派のようなので王子はあまり褒めなかったけど、レットイットさんはべた褒めだった。
「女子のトップのレットイットさんは男子と合わせても10位以内に入っているのである! これはもう才女という他ないのである! どこかのおバカな婚約者とは大違いなのである!」
もう婚約破棄は決定事項であるかのように、他の生徒たちはみなレットイットさんをもてはやしていた。
わたしはみんなからよってたかって罪人のように取り押さえられ、ステージの下の突き出されてしまう。
身動きもできないまま、ライス先生のツバと嘲笑を浴びていた。
テスト結果が悪かったのは自業自得だけど、悔しくてたまらなかった。
婚約破棄なんて、ヤダ……!
入学式の時は婚約なんてヤダと思っていたけど、王子に捨てられたくない……!
せっかく……初めて好きな人ができたのに……!
せっかく……少しは仲良くなれたと思ってたのに……!
レットイットさんのほうが、王子にふさわしいのはわかってる……!
わたしみたいに、背が低くて胸もなくて大根足で、田舎者でおバカで食いしん坊な女の子は、ふさしくないって……!
でも少しでもチャンスがあるならと思って、一生懸命に勉強したのに……!
それなのにレットイットさんの足元にも及ばないなんて……!
でも……それでも……!
わたしは……わたしは……!
その思いが口をついて出るよりも早く、レットイットさんは勝利の雄叫びのような高笑いをあげていた。
「おーっほっほっほっーっ! もともと比べる必要なんてなかったけど、これでハッキリしたわねぇ! 王子の婚約者にふさわしいのは、ありのままに完璧な私……!」
レットイットさんはわたしを見下ろしながら、わたしに見せびらかすように王子の腕を取った。
「さぁ、王子! 最高の舞台が整いましたわ!」
レットイットさんはさらに王子の手を取り、高く振り上げる。
天高くそびえる人さし指、それはわたしにとってギロチンの刃のように見えた。
「ふたりの新たなる門出を祝して、みなさんも一緒にアレをやりましょう! 準備はいいっ!?」
……あの指が振り下ろされた時点で、わたしの初めての恋は死ぬ。
いわばこの瞬間は斬首される罪人に許された、最後の悪あがきの時間。
このまま、黙って死んでたまるかっ……!
せめて最後の想いを、王子に伝えなきゃ……!
しかしその思いすらもあざ笑うかのように、凶刃じみた輝きのネイルは振り下ろされる。
「「「「「お前との婚約は、破棄だぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」」」」」
わたしは負けじと顔をあげ、講堂の天井に風穴を開けんばかりに吼えた。
「わたしは王子のことが、大好きなのぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
断罪の瞬間、わたしはきつく目を閉じる。
決壊するダムのように瞼が震えて涙があふれだし、頬をぐしょぐしょに濡らしていた。
なんてことなの……。フラれるのって、こんなに辛いことだったんだ……。
きっと……いまのわたしは、とんでもなくみっともない顔をしてるんだろうなぁ……。
でも……もう、どうでもいいや……。いまはただ、涙の流れるまま、魂が叫びたがるままに……。
わたしは静寂のなか、嗚咽を漏らす。
いつのまにか押さえつけていた生徒たちの気配がなくなっていたので、わたしは両手をだらりと垂らし、ひとり泣きじゃくっていた。
「うっ……! ぐすっ……! ひっく……! それでもわたしは……王子のことが……好き……!」
 




