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23 王子の実力テスト

 そうこうしているうちに、ついに運命の日がやってきた。

 王立ヴェルソ学園のテストは、主に座学と実技に分けられる。


 座学は数学とか歴史とかの勉強のことで、実技は剣術と魔術のふたつ。

 実力テストは数日に渡って行なわれるんだけど、初日は剣術だった。


 ルールはランダムに選ばれた生徒同士が、木剣を使って1対1の剣術試合を行なう。

 相手の身体に有効打を決めるか、相手の武器を落とせば勝ち。

 審査員である先生たちがその戦いぶりを見て、得点を付けるというものだった。


 なお試合は、身体に防護魔術をかけて行なう。

 防護魔術があると身体が保護されるので、どんなにやられてもケガはしないんだけど、叩かれて痛いのまではなくならない。


 試合は校庭に作られた特設コートで行なわれたんだけど、男子側のコートには全校生徒が集まっていた。

 なにせトップバッターがソリタリオ王子で、しかも相手がアインくんだったから。


「すげぇ、あのふたりの対決がまた見られるなんて! しかも今度は、剣どうしの戦いだ!」


「じゃ、これが本当の勝負ってわけか! どっちが勝つかな!?」


「そりゃ王子に決まってるだろ! 前回はバラの花だけで勝ったんたぞ!」


「いや、王子が木剣を使ってるところなんて見たことがねぇ! あんがい剣術はニガテなんじゃねぇか!?」


「がんばってーっ、ソリタリオさまーっ!」


 体操服姿のソリタリオ王子がいるというだけで集客能力がハンパないというのに、因縁の好カードとなればそれはもはや有料級。

 女子はもちろんのこと、テストに関係ない上級生や先生たちまで集まってきて、校庭は新入生のテストというよりも全校規模のイベントのような有様になっていた。


 下馬評としてはアインくん優位。王子の強さのほどはお披露目の決闘の時に証明されているけど、いざ剣での勝負となればアインくんが上手なのではないかという予想だった。

 ソリタリオ王子とアインくんはコートの両サイドある武器スペースで準備をしていたんだけど、その様子は対象的だった。


 武器スペースにはたくさんの木剣が用意されており、アインくんはひとつひとつ手に取って素振りまでして吟味している。

 対する王子は適当に目の前にあったのを取ると、そのままスタスタと武器スペースを出ていた。

 試合を左右する武器選びをわずか数秒で終えたどころか、しかもその数秒後にはさらに信じられないことを言いだす。


「あ、先生、防護魔術はいりません」


 王子は先生たちの制止を無視して、ひとあし先にコートの中央に立った。

 まさかの無防備。挑発めいたその行動に、「お……おおぉぉぉーーーーっ!?」と沸き立つ観客。

 アインくんはいままさに防護魔術を受けようとしていたんだけど、魔術を掛ける先生の手を遮る。

 厳しい目線を王子に向けると、プライドの古傷が疼いているような表情で尋ねた。


「お前、正気か? 木剣とはいえ当たりどころが悪ければ骨折、下手すると死ぬかもしれないんだぞ。そして俺は手加減などしないことを知ってるだろう?」


「うん、よーっく知ってるよ」


 だいぶ怒気をはらんでいる声のアインくんと、いつもの飄々とした声の王子。


「わかっていてなぜ、そんな危険なマネをする!?」


「危なくないよ、だって当たらないもん」


「相変わらず、ふざけやがってぇ……!」


 アインくんは想像のなかで王子を足蹴にしているかのように、地面を踏みにじりながらコートの中央に向かう。

 腰に提げていた木剣を抜くと、その切っ先を王子の鼻先スレスレに突きつける。それは木でできているはずなのに、アインくんの気迫で真剣に見えた。


「お前は調子に乗りすぎだ! この俺に二度もハンデキャップなんて考えたヤツがどうなるか、その身体に教えてやる!」


 決闘で受けた屈辱を、いまここで晴らさんばかりのアインくん。しかし王子はクスリと笑った。


「……僕が当たらないと言ったら当たらないんだよ、キミが逆立ちしたって、ね」


「そうやって挑発して、相手の剣を乱すのがお前のやり方だろう! だがそのワンパターンは俺には通用しない! さぁ、どこからでもかかってこい!」


 審判の先生の「はじめっ!」の掛け声と同時に、王子は動いていた。


「じゃ、遠慮なく。……と、言いたいところだけど……」


 いつのまに抜刀されていた王子の剣が螺旋を描くと、またあの(・・)柔らかな風が吹く。

 アインくんの剣は音もなく手を離れ、空高く弾き飛ばされていた。


「なっ……!?」


 まるで春風のいたずらのような光景。その場から一歩も動けず、剣を構えるポーズのまま固まるアインくん。

 金色の髪を風で膨らませながら、王子は言う。


「剣を手離しても、地面に落ちる前にキャッチすれば負けにならないよ?」


 アインくんは真っ赤になって震えだした。


「そんなことが、できるかっ……! 戦いの最中に剣を手離すのは、剣士としての屈辱……! ましてや、それを拾うなどとは……!」


「へんなの。そんなに大事に思ってるんだったら、しっかり持ってればいいのに」


「ふざけるなっ! なぜ、普通に打ち込んでこない!? なぜ、巻き上げなどという技を使った……!?」


「べつに。そのほうが後片付けがラクだと思って」


「なんだと……!?」


 言葉の意味がわからず歯噛みをするアインくんに、王子はあっさり背を向ける。

 歩きながら片手で、自分のいた武器スペースに向かって木剣を投げつけていた。


 ……ガチャン! 


 木剣はブーメランのように回転して飛び、ソードラックに命中。木剣は棚を揺らしつつ正しい位置に収まる。

 それは大道芸のように見事だったけど、驚くべきところはそこじゃなかった。


 なんと、弾き飛ばされて宙を舞っていた木剣が、アインくんの背後にある武器スペースのソードラックに収まったのだ。

 しかもふたつの木剣が収まったのは、まったく同じタイミング。


 途中で振り返った王子は、それまでの不遜な態度がウソのような真剣なまなざし。

 アインくんだけでなく離れた場所から見ていたわたしですら、ドキッとするほどであった。


「実を言うと……キミにケガしてほしくなかったんだ」


「な……なんだと?」


「ファスト家の剣は、先駆けの剣。戦いとなれば誰よりも早く戦場に駆けつけ、誰よりも勇猛に戦う。お披露目という誰よりも早い日に決闘を申し込んできたキミを見て、確信したよ。その偉大なる遺伝子は、たしかに受け継がれていると」


 いつになく真剣味を帯びたその言葉に、アインくんは心臓を掴まれたように動けなくなっていた。


「だから僕は巻き上げを使った。キミになにかあったら、大きな損失になってしまうから」


 王子の顔からふわりと緊張が解け、あの微笑みが戻ってくる。


「キミの剣は将来、この国の未来を斬り拓くことになるんだから、ね」


 その笑みはアインくんに直撃。アインくんは心臓ごと奪われたかのように、「お……おおっ……!」よろめく。


「お……俺は……! お前……いや、あなたのことを誤解していました……! アイン家を……そしてこの俺を、こんなにも高く評価してくれていたなんて……!」


 アインくんは随喜の涙を流しながら、五体を地面に投げ出した。


「こ……これからは、ソレイユ王子に忠誠を誓います! 我が剣で、あなた様の未来を斬り拓いてみせましょう!」


 ……正直に言おう。

 試合が始まる前、わたしは王子が負けるのもアリかなと思っていた。


 アインくんが言ってたように、王子はちょっと調子に乗りすぎだ。

 なんでもできるからって他人をバカにして、からかうようなマネばかりして……。

 一度くらい、痛い目にあっちゃえばいいんだ。


 そう思っていたのに、実はこんなにも思慮深かったなんて……。わたしは自分の浅慮ぶりが恥ずかしくなる。

 そしてそれ以上に王子の剣さばきに見とれてしまい、さらにシリアス顔からの笑顔に完全にトドメをさされ、わたしはすっかり腰砕けになっていた。


 ……す……すごい……それに……かっこいい……! ……すごかっこいい……!

 王子……! あなたはどこまですごくて、どこまでカッコ良ければ気がすむの……!?


 わたしだけじゃない、女子はみんな全滅で、その場にぺたんと座り込んでいる。男子すらも、立っているのがやっとのよう。


 しかし、わたしは見てしまったんだ。

 アインくんにふたたび背を向けた王子が、ペロリと舌を出していたのを。


「あっさり騙されちゃって」みたいな表情で……!

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