19 ロップざまぁ
『おおーっとぉ!? この人間チェスは飛び入り参加もオーケーなルールですが、まさかのご令嬢とは! しかも自らが火の玉になっての参加! 決着直前に、波乱の展開となってきたぞぉーーーーっ!』
はやしたてる実況、ポカーンとなるロップ。
そして、さらなる事件が起こった。
「う、うううっ……!?」
ロップがぶつかった白銀チームのポーンの生徒は戦いに敗れて場外にいたのだが、その身体から突如白煙があがりはじめたのだ。
白銀の鎧が焦げるように変色していったので、たまらず鎧を脱ぎ捨てる。場内はさらに騒然となった。
「な、なんだ……!? いったい、なにが起こったんだ……!?」
「火はもう消えたはずだろ!? それなのに鎧があんなに煙をあげるなんて……!?」
「それにあの変色……もしかして……!?」
観客たちの中でその答えが出るより早く、ロップは鎧を脱ぎ捨てた生徒を指差し叫んでいた。
「わ……私、見ました! そこの男子が、ヒ素を隠し持っているのを! 白銀チームの休憩所にある飲み物に毒を入れようとしていたので、命懸けで止めにきたのです!」
かつてソリタリオも語っていたが、ヒ素というのは社交界においてはメジャーな毒である。
昔は純度の低いヒ素を使っていたため、中に含まれている不純物が銀を変色させるという性質があった。
そのため上流階級の人間は銀のカトラリーで食事を取る。料理にヒ素が混入されているとナイフやフォークが変色するので、服毒を未然に防げるからだ。
駒に扮していた生徒たちが、不穏なざわめきを見せる。
「なんだって……!? そうか、服の中に隠し持っていたヒ素のガラス瓶が割れたんだな!?」
「それで銀の鎧が変色したのか! ソイツを捕まえろっ!」
そして始まる大乱闘。思わぬロスタイムに、観客は大盛り上がり。
漆黒チームのキングであるアインは、すかさずロップを保護していた。
「ご婦人、大丈夫ですか!? どうぞ、こちらへ!」
「ああっ、アイン様、ありがとうございます!」
「礼を言うのはこちらのほうです! あなたがいなければ、試合に勝って勝負に負けていたかもしれない! ところで、あなたの名は……? 顔が黒コゲで、髪もチリチリになっているので、よくわからないのですが……」
「わ……私は、ロップです!」
「ロップ殿!? まさかソリタリオ王子のかつての婚約者に助けられるとは……!」
「アイン様の窮地に、いてもたってもいられなかったのです! あなた様のためなら、私は火の玉にでもなりましょう!」
「おおっ……!? あなたのように正義感にあふれ、聡明で勇敢な女性を手離すとは、ソリタリオ王子はなんて愚かなんだ!」
アインは感激のあまりロップを抱きしめる。
ロップはアインの肩越しに丘を見上げ、コテージのベランダで頬杖をついている人物に笑みを送った。
――王子も、なかなかやるようですねぇ……! でも、この私には及ばなかった……!
あなたはあらかじめボーイを抱き込んでおいて、わざと私の前で転ばせたのでしょう……!?
『王子のまたたき』なんてインチキな力を信じ込ませるために……!
そうやってビビらせれば、私が自白すると思っていたんでしょう……!?
でも、甘いですねぇ……!
裏の社交界でならした私にかかれば、その程度の策略は児戯でしかない……!
あなたの仕掛けた罠を逆に利用して、私は3つの得をさせてもらいました……!
ひとつめは、用済みになった下僕の始末……!
ふたつめは、この脳筋ボンボンに取り入る……!
そしてみっつめは……これほどまでに美しく聡明な私を手離した、あなたの評判を落とす……!
さぁ……! 私を捨てたツケを、いまこそ払ってもらいましょうかっ……!
すべてはロップの思惑どおりであった。
アインは命を救われたことでロップに心酔し、観客は勇気ある令嬢だとロップを褒め称えている。
その評判が王子への批判に変わりつつあったころ、蝶はふたたびはばたく。
生徒たちに取り押さえられていたポーンの生徒が、こんなことを叫んだのだ。
「ま……待ってくれ! この毒は、ロップ様に命令されて持たされていたものだったんだ!」
「なんだって?」
「俺はロップ様に脅されて、『運び屋』をさせられてたんだ! 他にもあるから、俺の身体を調べてくれ!」
するとポーンのポケットからは、いろんな毒や呪いのアイテムがごろごろと出てくる。
「俺は商人の息子で、他の令嬢を貶めるためのアイテムをロップ様にこっそり横流ししてたんだ! 逆らえば、俺の恥ずかしい真写をバラ撒くって……! いままでは従ってたけど、もう我慢の限界だ!」
しかしその裏切りも、ロップは予想済み。
裏切ったのはロップが先であるが、いけしゃあしゃあと言う。
「あぁら、なにをおっしゃるかと思ったら……あなたとお会いするのは今日が初めてですよねぇ? それなのにどうやって脅すことができるんでしょうかぁ? 仮に脅していたとしても、その証拠があるんですかぁ~?」
あとは舌を出せば完璧といえるような嘲りの表情で、ポーンを見下ろすロップ。
「毒殺を見破られた逆恨みに私を陥れようとしても無駄ですよぉ。あなたのような雑兵がいくらあがいたところで、女王には手が届かないんですからぁ。残念でしたねぇ~!」
ロップは歯ぎしりする姿を想像して笑いが止まらなかったが、ポーンはくじけていなかった。
「しょ……証拠ならあるっ!」
ポーンはわずかな隙を狙って拘束をふりほどくと、ズボンのポケットから一冊の手帳を取りだして掲げる。
「これは、ロップ様……いや、ロップから言われて横流しした毒や呪いのアイテムの帳簿だ!」
「ふ……ふん! そんなのはいくらでも捏造ができるでしょう! なんの証拠にもなりませぇ~ん!」
いっそう険悪になるロップとポーンの間に、アインが割って入った。
「まあまあロップ殿、よいではないですか。その手帳は今回の証拠品のひとつになりますから、生徒会に提出して調べてもらいましょう。そすればロップ殿の濡れ衣も……」
アインの言葉が終わるか終わらないかのところで、ロップはポーンに飛びかかっていた。
「そんなのダメっ! クソザコ野郎の手帳なんか調べても時間のムダムダっ! ムダぁぁぁぁーーーーっ!!」
ロップは手帳の中身を知らない。ただポーンのただならぬ自信から、公にされてはマズいものだと直感する。
なんとかして手帳を奪い取ろうとロップは必死になり、ポーンに掴み合いのケンカを挑んでいた。
「よこせぇーーーっ! みんなも、みんなも手伝ってぇぇぇ! ここで手帳を始末して、さっさとそいつを檻にブチこんでぇ! ぐるぁぁぁぁぁぁーーーーっ!!」
とうとう野獣と化してしまうロップ。その姿はあまりにも醜悪で、周囲はドン引き。
アインだけはバカ正直にロップを止めようとしたが、「邪魔すんなぁ!」とロップの肘打ちをくらい、鼻血を吹きながらブッ倒れていた。
『お……おおーっとぉ!? アイン様がノックダウン! 漆黒チームのキングがやれたことで、白銀チームの勝利が決定したぁーーーーっ!』
飛び交う罵声とゴミの中、駆けつけた衛兵に引っ立てられるロップとポーン。
それと同じ頃、ソリタリオ王子は会場の外に待たせておいた馬車に乗り込んでいた。
馬車の中には、ロングコートに幸せそうに包まるひとりの少女の姿が。
「あ……王子、遅かったね、なにをしてたの?」
「べつに。僕のモノで勝手に遊んでたヤツがいたから、ちょっと注意しにね」
「そんな人がいたの? 王子の所有物を勝手に使うなんて、度胸のある人だね。あ、でもそんなに遊びたいんだったら貸してあげればいいのに」
「飽きたらいつもそうしてるよ。じゃ、帰ろっか」
「……はいっ!」




