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16 ヘビの呪い

 ソレイユはとうとう座っていられなくなり、ベンチに横になってしまう。

 息をするのもやっとで、朦朧とする意識のなかでぜいぜいと喘いでいた。


「なんで……? なんで、こんなに苦しいの……?」


 すると、どこからともなく声がした。


『楽に、なりたいか……!』


「誰……?」


 するとドレスが脈動し、蠢く。太い血管のように浮き上がり、一匹のヘビとなる。

 ヘビは朦朧としているソレイユを覗き込み、こう言った。


『我が名は、蛇蝎(だかつ)……!』


 動き出したのはドレスだけではない。先ほどプレゼントされたアクセサリーもツタのようにソレイユの身体に絡みつき、その鎌首をもたげた。


『我が名は、蛇蝎……!』『蛇蝎……!』『蛇蝎……!』『蛇蝎……!』『蛇蝎……!』


 無数のヘビたちは同じ名を名乗り、顔を見合わせあって驚いていた。


『なっ……!? なぜ我と同じ呪いが、こんなにたくさん……!?』


 ヘビたちは一斉に、責めるような目をソレイユに向ける。


『貴様、なにを考えている……!? これほどの呪物をいちどに身につけるとは、死にたいのか……!?』


「じゅ……呪物……? あなたたち、いったい、なにを言っているの……?」


『ほほう……我らを知らずに身につけたというわけか……! いま貴様は、心身ともに地獄の苦しみを味わっているであろう……!?』


「う……うん……! メチャクチャ苦しい……! ヘビさん、わたしを助けて……!」


『ならば、我を使え……! 貴様の爪から、したたるものが見えるか……!?


 ソレイユは寝そべったままぼんやりと手を見る。

 すると手は紫色に染まり、爪の先からは毒々しい液体が垂れ落ちていた。


「なに、これ……? これを、どうするの……?」


『この会場の料理に混ぜるのだ……! こっそりと、誰にも気づかれぬようにな……!』


「そうすると、どうなるの……?」


『もがき苦しんだ後、死に絶える……!』


「ええっ……!? それって、毒じゃない!」


『さよう……! 我と一心同体となったいま、貴様は毒を自在に操る力を得た……! さぁ、殺せ……! 憎き者どもを……!』


「そんなことしないよ!? だいいち、憎い人なんていないし!」


『ウソをつけ……! ロップが憎いであろう……! あの女は、貴様に蛇蝎の呪いを掛けるために、腕輪を寄越したのだぞ……! 助けた恩を、仇で返してきたのだ……!』


「違うよ! ロップちゃんはそんな子じゃない! だって、友達になりたいって言ってくれたもん! 腕輪はなにかの間違いで……! ううっ……!?」


『くだらん偽善だ……! だが、それもいつまで持つかな……!? 貴様が我が力を使わぬ限り、我が毒が貴様の身体を蝕んでいくぞ……!』


「ええっ……わたしが苦しいのは、ヘビさんのせいだったの!?」


『さよう……! 死にたくなければ、我が力を使うのだ……! これだけの蛇蝎の呪いにいまなお耐えている貴様は、見所がある……!』


「見所って、なんの……?」


『悪女……! それも、ロウレンス様に匹敵するほどの力を持つ、希代の悪女に……!』


「え……ええっ!? わたしに悪役令嬢になれっていうの!? たしかに悪役令嬢に毒はつきものだけど……って、そんなのぜったいにやだっ!」


『ならば、よりいっそうの苦しみを味わうがよい……! フフフ……その我慢、いつまで続くかな……!?』


 心臓が激しく脈打ち、そのたびに毒が広がっていくのを感じる。

 指の先から足のつまさきまで、毛細血管のひとつひとつを根っこのように引きずり出されるような苦痛だった。


「うっ……ぐぅぅっ……!? い……いくら苦しめられても、わたしはぜったい、悪役令嬢なんかにはならない……!」


「まったく、しぶとい娘だ……! なにがお前をそうさせているのだ……!?」


「だってわたしは、ヒロインの娘なんだから……!」


「なにっ!?」


「サルは木から落ちてもサル……! ヒロインは負けてもヒロインなのよぉぉぉぉーーーーっ!!」


 ベンチの上でがむしゃらに吠え、喉をかきむしり、ジタバタと身悶えるソレイユ。

 ヘビは呪いの力による幻覚なので、ソレイユ以外の人間には見えない。


「大丈夫かソレイユ? 顔が真っ青だぞ?」


『おお、最初の獲物が来たぞ! その者に触れて、毒を移すのだ! 肌に触れるだけで、そいつは死ぬ!』


「は……離れ……て……! ナイト……くんっ……!」


「なにを言ってるんだ、薬を持ってきたから飲むんだ」


「の……飲む……! 飲む、から……! そ……そこに……置いて……おいて……!」


 ソレイユが息も絶え絶えに懇願すると、ナイトは仕方なくソレイユの枕元に薬と水の入ったコップを置いた。


「本当に大丈夫か? 医務室に連れてってやろうか?」


「大丈夫……本当に大丈夫だから……! いやっ……! 触らない……でっ……!」


 突き放すようなソレイユの言葉に、にわかにショックを受けるナイト。その背後を、白いコートの少年が通りかかる。


「……気分が悪くなっちゃったの? やっぱり、僕の言った通りになったね。ソレイユといると、パーティが別の意味で楽しくなるって」


「あ……あの野郎っ……!」


 ナイトは去っていく少年を追いかける。その肩を掴み振り向かせると、有無を言わせず胸倉を掴んだ。


「待てよ、リオ! お前、最低だな! ソレイユがあんなに苦しんでるっていうのに!」


「離してよ、僕は忙しいんだから」


「忙しいって、他の女どもと踊るだけだろうが!」


「そうだよ。ここではそれが僕の仕事だからね。でもどうしたの、そんなにムキになって」


「む……ムキになんかなってねぇ! 俺はただソレイユのことが……!」


「好き、なんだね」


「……違う! 心配なだけだ! それにいまはそんなこと、どうでもいいだろ!」


「キミがしていることのほうが、よっぽどどうでもいいと思うけど。僕の胸倉を掴むことが、いまキミがすべきことなのかい?」


「ぐっ……!」


 ナイトが突き飛ばすようにソリタリオの胸倉を離すと、ソリタリオは乱れた襟も正さずに足早に去っていった。

 その背中を、歯を食いしばりながら見送るナイト。

 ふとソレイユのことを思いだしてベンチに戻ろうとしたが、「きゃーっ!」と嬉しい悲鳴とともに女生徒たちに囲まれてもみくちゃにされてしまった。


「ナイト様、ここにいらしたんですね! 探したんですよ!」「次は私と踊ってください!」「いや、私と!」「もう、私ですよね!?」「こんな誰もいない所じゃなくて、あっちに行きましょうよ!」


「ちょ、待ってくれ ! 俺は行かなきゃならないところがあるんだ! は……離してくれーっ!」


 集団となった女たちのパワーはすさまじく、ナイトは抵抗も虚しく連れ去られてしまう。

 ふたたびひとりぼっちになってしまったソレイユは、いよいよ最後の時を迎えようとしていた。



 ――息ができなくて……頭が……ボーッとする……。

 だんだん……目も……見えなくなってきた……。


 わたし……死んじゃうんだ……こんな所で……ひとりぼっちで……。



 光を失いつつあるソレイユの瞳には、鮮やかな走馬灯が浮かんでいた。



 ――走馬灯って……昔の思い出がいっぺんに出てくるっていうけど……。

 なんで……あの人の顔ばっかりなの……。


 そういえばわたし……あの人の顔に……触ったことなかったな……



 仰向けに寝ていたソレイユは、ぼんやりとした月に向かって手を伸ばす。

 すると届かないはずの月に、手が触れた。


 初めて触った月の感触はあたたかくすべすべで、柔らかかった。



 ――あれ……? なに、これ……?



 とても触り心地が良かったので夢中になって触っていると、月だったものが少しずつ像を結んでいく。

 その正体を目の当たりにした瞬間、ソレイユは死の淵から飛びあがるように叫んでいた。


「おっ……王子ぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーっ!?!?」

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