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15 ダンスパーティ

 その日の夕方。

 ドレッサールームから出たソレイユを見て、ソリタリオはわずかではあるが驚いた様子だった。

 そんなソリタリオを見て、ソレイユは大いに驚く。



 ――王子がキョトンとしている顔、初めて見た……。



 ソリタリオは命懸けの決闘の場でも涼しい顔をしていた。

 それなのにソレイユのドレス姿には、忘れていた表情筋が動き出したかのような、ある意味人間らしい表情を見せていたからだ。


「な……なんですか、ジロジロ見て……そんなにこのドレス、へん……?」


 ソレイユは期待半分の上目を向けるが、ソリタリオは「うん、へん」と即答。


「ペチャパイなのにデコルテで、大根足なのにスリットが大きく開いてるドレスを着るなんて……正直、見苦しい」


 ズバズバと容赦ない物言い。

 ソレイユはきれいなドレスを着たことで、今夜だけはおしとやかに過ごそうと心に決めていた。

 しかしその誓いは、ドレッサールームを出た途端に破られてしまった。


「し……失礼ね!? 少しは歯に衣着せなさいよ! 風邪引くわよ!」


「キミはチビなんだから、子供用のドレスのほうがいいんじゃない? 裾がロングドレスみたいになってるのに気づいてる?」


「ば……バカにして! ロングドレスがそんなに悪いの!?」


「別に。でもダンスパーティでロングドレスなんて、相当ステップに自信があるんだなと思って」


 ソレイユは悔しくて、ソリタリオの格好に少しでもケチを付けてやろうと思った。

 ソリタリオは王家の正装。春なのに白いロングコートを羽織っている。

 頭のてっぺんから足のつまさきまでエレガントで、欠点どころか美点しか見つからない。

 ちょっと季節はずれなところがあるが、季節のほうが間違ってるんじゃないかと思わされるほどの完璧なフォルム。

 ソレイユが「ほわぁ……」と見とれていると、ソリタリオはうやうやしく手を差し出した。


「な……なに、その手……?」


「なにって、エスコートに決まってるじゃないか」


「い……いらないっ!」


 ソレイユは手を払いのけようとしたが、ドレスの裾を踏んづけてしまい転びそうになった。

 ソリタリオに抱きとめられ、「じゃ、いこっか」とそのまま連れて行かれる。


 そのふたりの姿は、春の蝶と花のように楽しげであった。

 去りゆく白と赤の鮮やかなコントラストを、物陰から見送る者がひとり。


「いい笑顔ねぇ……! それが死に装束だとも知らずに……!」



 ――ああ、目に浮かぶようだわぁ……!


 衛兵にひったてられ、人々から石を投げつけられ……!

 処刑台の上で泣き叫ぶ、干からびた大根娘の姿が……!


 明日の新聞の一面が楽しみねぇ……!

 ……オーッホッホッホッホーッ!



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 ダンスパーティは王立ヴェルソ学園の庭園で行なわれる。

 普段は一般通用口となっている門に次々と馬車が横付けされ、着飾った少年少女たちが降りてくる。


 会場までの道には記者たちが人垣を作っていて、魔導真写(しんしゃ)装置のシャッターを切っていた。

 ヴェルソ小国のエンブレムが入った白い馬車が現われた途端、記者たちはこぞってフラッシュを焚いて激写する。


「来たぞ、王家だ! ソリタリオ王子の社交界デビューの瞬間を逃すなよ!」


「お相手のソレイユ様も忘れるなよ! ダンスパーティでの婚約者のコーディネートは、女性読者が注目してるんだからな!」


「歴代の婚約者のなかには、ファッション界に革命を起こした方もいる! 今宵のソレイユ様のドレスによっちゃ、明日の一面もありえるぞ!」


 記者たちの期待に応えるかのように、王家の馬車から現われたのは妖艶なドレスであった。

 ステップを降りるとスリットから太ももがチラ見えして、記者たちは「おおっ……!」と感嘆の声を漏らす。

 しかし、そこまでであった。続いて現われた肝心の中身は、実にちんちくりんな少女。

 いや、むしろおばあちゃん。緊張でカッチコチなうえに、ドレスの裾がまとわりついてまともに歩くこともできず、ソリタリオ王子の手を借りてやっとのことで馬車を降りていた。


 真顔に戻った記者たちは、ソリタリオだけをファインダーに収めていた。


 入口だけでなく、ソリタリオとソレイユは会場に入っても注目の的。

 といってもメインはソリタリオで、場内の全ての男女から羨望のまなざしを浴びていた。

 怖れ多くて誰も声を掛けられない雰囲気であったが、その空気を変えようと、先に会場に来ていたナイトがすすんで声を掛ける。


「よぉ、リオ。それとソレイユ、ごきげんよう」


 ソリタリオは目で挨拶を返すだけであったが、ソリタリオはスカートをつまんで挨拶を返す。

 ぎくしゃくよろめくその姿に、ナイトは思わず吹き出しそうになっていた。


「ソレイユ、そんなにかしこまる必要ないって。今夜はパーティなんだから楽しくやろうぜ。それにリオ、ソレイユは緊張してるみたいだから、もうちょっとやさしくしてやったらどうだ?」


 ソリタリオは「気が向いたらね」と肩をすくめ、すぐに話題を変えた。


「それよりもナイト、最初のお相手は決まったのかい? まあ、キミならよりどりみどりだと思うけど」


 ナイトの後ろには、ダンスの相手に誘おうと多くの女生徒たちが群がっている。

 今度はナイトが肩をすくめる番だった。


「いや、まだだ。俺は社交界なんて興味ねぇから、テキトーにやるさ」


「なら、ソレイユの相手をしてあげてよ」


 ソリタリオはそう言って、ソレイユの手を取り差し出す。

 ナイトが「ああ、別にいいけど」とソレイユの手を取った途端、背後の女生徒たちが「ええーっ!?」と嬉しくない悲鳴をあげていた。


「でも、いいのか? ソレイユと最初に踊らなくても」


 ナイトは気遣っているようだったが、ソリタリオは「いいよ」と肩の荷が下りたような表情。


「記者が大勢来てるから、恥をさらしたくないんだ。それに足手まといになって、別の意味でパーティが楽しくなりそうだからね」


 ソリタリオはそう言って、さっさと会場の奥へと消えていく。


「だ……誰が恥さらしよっ! 誰が足手まといよっ! あったまきた! 後で踊ってほしいって言っても踊ってあげないんだから! べぇーだっ!」


 ソレイユは初めてのパーティの緊張で借りてきた猫のように大人しかったが、ソリタリオの捨て台詞でいつもの調子を取り戻していた。


「ナイトくん、今夜はたくさん踊っていっぱい楽しみましょう! あの悪魔王子がうらやましがるくらいに!」


 意気込んでナイトとダンスを始めるソレイユ。

 しかしソレイユはもともとダンスが得意ではないので、ロングドレスの裾を踏んづけまくってステップすらまともに踏めていない。


 その結果としてのダンスは惨憺たるもので、周囲からの失笑を買っていた。

 しかしナイトは呆れたり怒ったりすることもなく、何度でもダンスに付き合ってくれてリードしてくれていた。


 やがてソレイユは、いままで感じたことのない胸痛を覚える。

 最初は一時的なものかと思ったがだんだん酷くなってきて、とうとう額に脂汗を浮かべはじめる。


「おい、ソレイユ、大丈夫か? 気分でも悪いのか?」


「うん、ちょっと……。でも大丈夫、少し休めば治ると思うから」


 ナイトはダンスを中断すると、ソレイユに肩を貸してパーティ会場から離れる。

 人気(ひとけ)のない、静かなベンチにソレイユを座らせていた。


「ここで休んでろ、薬と飲み物をもらってくるから」


「あ……ありがと……」


 ひとりきりなったソレイユ。夜風を浴びながらひと息ついていると、ふと、ひとりの女生徒が現われた。


「こんばんは、ソレイユさん」


「あ……あなたは、ロップさん」


 女生徒は、入学式の時に婚約破棄を言い渡された令嬢であった。入学式のときはスタボロの制服であったが、いまは見違えるほどに豪華なドレスで着飾っている。

 ロップは背中に隠していた、ヘビを模したブレスレットをソレイユに差し出した。


「あの時は、助けてくれてありがとう。お礼にこれ、受け取ってほしいの」


「そんな、別にいいのに……」


「私、ソレイユさんと友達になりたいの。だからこれは友情の証、ねっ?」


 そこまで言うなら受け取らざるを得ない。ソレイユはロップの勧めるままに、ブレスレットを手首にはめた。


「わぁ! やっぱりそのドレスにピッタリね! じゃ、私はもう行くから!」


 ロップは渡すものだけ渡してさっさと去っていった。

 そして入れ替わるようにして別の女生徒がやってきて、アクセサリーを渡してくる。


「これ、お近づきの印としてソレイユさんにあげる! そのドレスに合うと思うわ!」


 ソレイユは次々とアクセサリーをプレゼントとして渡され、それらを流されるままにすべて身につけていた。

 両手はブレスレットが袖のように連なり、指は指輪で埋めつくされ、首はネックレスでいっぱい。


「王子の婚約者って、こんなに大勢の人からプレゼントをもらえるのね……。でも、よかったぁ……こっちに来て、はじめてお友達ができた……それも、たくさん……」


 ソレイユはプレゼントよりも友達が増えたことに心を弾ませていた。

 しかし心とは裏腹に、意識は暗黒に沈んでいく。

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