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13 王子の才能

「厩舎からうるさいのもいなくなったようだし、お披露目も終わって練習もないから、久々に馬たちに乗ってやるとするか」


 ソリタリオが私庭に出ようと廊下を歩いていると、どこからともなく恨めしそうな声が聞こえてくる。


「……ななっ、やっつ、ここのつ……うう……ひとつ足りない……」


 なんなんだ? とあたりを見回すと、普段は閉まっている物置きの扉が開いていた。

 覗き込んでみると、ソレイユが半泣きのホコリまみれで床にはいつくばり、床に散らばった破片を集めてはパズルのように組み合わせていた。

 そばにはノリの入ったツボが置いてあるので、どうやら破片をくっつけて元通りにしようとしているらしい。


「午前中も泣いてたと思ったら午後も泣いてるんだ。(それ)が真珠だったら今頃は大金持ちなんじゃない?」


 ソリタリオが声を掛けると、ソレイユは涙も拭わずに睨み返してくる。


「う……うるさいわね! またわたしのことをからかいに来たの!?」


「っていうかそんな花瓶なんて、ほっとけばいいのに」


「ほっとけるわけないでしょ!」


「やっぱり、ソレイユは面白いね。いままでの婚約者は破片をこっそり捨ててごまかすか、メイドのせいにしてたよ」


 するとソレイユは豆鉄砲を食らった鳩のようになる。ソリタリオはその顔が嫌いではなかった。


「えっ……それって、どういう……?」


「ジワルの定番のイタズラさ。わざと花瓶を割らせて、慌てるのを楽しんでるんだ。過去の婚約者はみんな引っかかってるよ」


「な……なんですってぇ!? じ……ジワルくんめぇ~~~っ!」


 握り拳を固めてプルプル震えるソレイユ。ソリタリオはてっきり、怒りに任せて飛び出していくのだと思った。

 しかしソレイユはよりいっそう熱が入ったかのように、破片のパズルに取りかかる。


「人が大事にしているものを、イタズラで壊させるなんて許せない! あとでうんと叱ってやらなきゃ!」


 それは、ソリタリオが想像していたのとはなにもかも違うリアクションであった。


「泣いたり怒ったり叱ったり忙しいね。でも母上は、もうその花瓶のことなんてなんとも思ってないよ」


「そんなことない! わたしにはわかるもん!」


「わかるって、なにが?」


「この花瓶を作った人は世界に名だたる芸術家で、心の底からマザーロウ様を愛してたってこと! それとたぶんだけど、謁見場にある肖像画も同じ人が描いたんだと思う!」


「たしかに花瓶と肖像画の作者は同じだよ。花瓶を見ただけなのに、そんなことまでわかるんだ」


 ソレイユは破片を集める手を止めず、紅潮した頬を上下させる。


「うん! 花瓶を見て、触った時にわかったの! といっても、触ったのは破片だけど……。でも、破片からも伝わってきたわ! この花瓶は、とっても愛情を込められて作られてるのが!」


「ふぅん、そうなんだ。でもそれは作った人の話で、母上がこの花瓶を大事にしてたかどうかは別の話じゃない?」


 ぐうの音も出ない正論に、「ぐうっ……!」と二の句を失うソレイユ。

 ソリタリオはさらにたたみかけた。


「だいいち、母上が本当に大事にしてるんだったら、こんな滅多に来ない宮殿の物置になんかほっぽってないよ」


 ソリタリオは「それに……」と言いながら物置の中に入ってくる。廊下から差し込んでくる光のなかで、ホコリが舞い上がった。

 そのホコリすらも彼にかかれば、彼を彩る小道具となる。

 鱗粉を振り撒く妖精王のようなその姿に、ふわぁと見とれるソレイユ。しかしその顔は直後、驚きに弾けた。

 なんとソリタリオが室内にあった棚を開けると、そこにはマザーロウの生首花瓶がおびただしいほどにあったからだ。


「うおっ!? そんなにいっぱいあるの!?」


「うん。これだけあるんだから、10個や20個無くなったところでバレないよ」


 実はこの時、ソリタリオはほんの少しだけ意地になっていた。

 いままでの婚約者と言動があまりにも違いすぎるソレイユに、同じところを見出そうとしていたのだ。


 ここまで言ってやれば、ソレイユはきっとパズルを止めるはず。

 他の婚約者と同じように、破片をさっさと捨てて何食わぬ顔で日常に戻る……そう信じていた。


 しかしソレイユの瞳は熱を失うどころか、逆に油を注がれたように燃え上がる。


「だ……だったら、なおさら直さないと!」


 なにもかもが想定外の返答に「……なんで?」と目を細めるソリタリオ。


「やっぱり、間違いなかった! これを作った人は、マザーロウ様を本当に愛してたんだよ! でなきゃ、こんなにたくさん作れるわけがない! わたし、決めた! これを作った人のために、花瓶をぜったいに直す!」


「作った人も、もうこの花瓶のことはなんとも思ってないよ」


「そんなことない!」「そんなことあるよ」「そんなことないってば!」


 なにがなんでも花瓶を直そうとするソレイユに、ソリタリオは呆れを通り越して感心すら覚えはじめていた。


「ふぅん……。そうやって意地になるのはいいけど、そのわりにぜんぜん元通りになってないね」


「ううっ……! わたし、パズルとか大の苦手なの……! でもずっとやってれば、そのうち……!」


「ちょっと貸して」


 ソリタリオは積み上げられた破片の前にしゃがみこむと、手際よく破片をノリ付けして組み合わせていく。

 ソレイユが「えっえっえっ?」となっている間に、ただの破片だったものがあれよあれよという間に元の形を取り戻していた。


「す……すご……! 1分も掛からないなんて……!」


「こういうパズルはけっこう好きなんだ。それに、形も覚えてたしね」


「そうなの?」と顔全体がハテナマークになっているようなソレイユ。

 しかし元通りになった花瓶、その底にある銘をソリタリオから見せられるとビックリマークに変わる。


「ええっ!? この花瓶、あなたが作ったものなの!?」


「うん、小学生の頃にね」


「しょ……小学生でこんなすごい花瓶が作れるなんて……! でも、なんでこんなにたくさん?」


「母上が喜んでくれたから」


「じゃあ、思い出の花瓶じゃない! だったら、なおさら直さないと!」


 この時はもう、ソリタリオにもわかっていた。

 なにを言ってもソレイユの中には『直す』の一択しかないことを。


「でも破片を繋ぎ合わせただけじゃ、直したうちに入らないよね? ここからどうするつもりだったの?」


「『修復魔術』で直そうかと思って」


「修復魔術って高等魔術だよ? 静電気しか起こせないソレイユじゃ、逆立ちしたって無理だね。宮廷魔術師でもないと……」


 そこまで言って、そそくさと立ち上がるソリタリオ。その足にガバッとしがみつくソレイユ。


「僕に直させるつもりだったのか」


「あぁん、お願いします、王子っ! 王子の魔術は宮廷魔術師クラスだってライス先生が……!」


「やっぱり、こういうことになったか……」


 あちゃあ、と顔を押さえるソリタリオ。


「あの雷撃魔術はちょっとした事故だよ。ホントはもっと力を抑えて、1000パワーちょうどにするつもりだった。でも、力加減を間違ってしまったんだ」


「そうなの? でも10倍って、間違いすぎじゃない? ……あんがい王子も不器用なのね」


 クククと笑うソレイユに、イラッとするソリタリオ。


「静電気に言われたくないよ。でも、あんなことは初めてだ。力を小出しにするのは得意なはずだったんだけどね」


「え? なんで力を小出しにする必要があったの?」


「そのほうがいろいろと都合がいいのさ。だから、教室であったことは誰にも言うんじゃないよ」


「え? わたしはメチャクチャ言いふらすつもりでいたけど……。っていうか、あんなに大勢のクラスメイトに見られてるのに、いまさら隠しても……」


「アイツらは言わないよ。賛成派のヤツらは僕の意図を勝手に汲み取って黙るし、反対派のヤツらは僕のすごさを広めたくないから黙るはずだ。いまごろはライス先生が、天候異常とかで片付けてると思うよ」


「そうなんだね……。なら、わたしも言いません! そのかわり、王子の魔術で花瓶を直して!」


 ソレイユは口止めの取引を持ちかけているとは思えないほどに、屈託のない笑顔を浮かべていた。


「王子が直してくれたら、花瓶はわたしが一生大事にする! だって、こんなに愛情いっぱいの花瓶……しまっておくにはもったいないから!」

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