忠誠心に
跡部勝資「問題はここからであります。先程の河田同様。謙信の命を受け、上野で活動している人物を提示して来ました。そうです。厩橋城代北条高広であります。彼は上杉謙信の関東入り以来。厩橋城代として主に上野の統治にあたっていました。特筆すべきは、関白様が京に戻られた後。謙信の気持ちが関東から遠のく中、北条方並びに我らとの攻勢に対処。今の勢力圏を維持した事であります。しかし彼には問題があります。そうです。北条高広には上杉謙信に対する忠誠心に欠ける部分があります。
これまで北条高広は、二度に渡り謙信から袂を分かつ行動に打って出ています。その内、最初の原因を作ったのは我らであります。
その前年。信濃を追われた村上義清の要請に応じた上杉謙信は信濃に出兵。我らと相対する事態に発展しています。これを見た亡き御館様は策を練ります。目的は越後国内を攪乱させ、謙信の信濃入りを阻止するため。様々な越後の国人衆に働き掛けた結果。我らになびいたのが当時、越後刈羽郡を領していました北条高広でありました。この叛乱は、事前に露見したため失敗に終わりました。」
私(武田勝頼)「今も存命で、しかも厩橋を任されている。と言う事は……。」
内藤昌豊「来る者は拒まずが謙信でありますので。としか説明の仕様がありません。」
跡部勝資「その後謙信の下で奉行として活躍した北条高広は、先程も述べましたように謙信の関東入りに従軍。そのまま関東に残り、上杉方の最重要拠点である厩橋城を任される事になりました。」
私(武田勝頼)「頑張ったね。」
跡部勝資「ここまででありましたら
『若気の至りだったね。』
で済むのでありましたが……。」
内藤昌豊「北条高広の遍歴はこれで終わりではありません。再び謀反を起こします。その際、彼が拠り所にしたのが北条氏康でありました。」
私(武田勝頼)「(……何があったの?)」
内藤昌豊「殿の仰る通りであります。北条高広には同情すべき点があります。先程跡部が述べましたように、謙信の関東に対する気持ちが段々と薄れて行きました。その中、取り残されたのが北条高広であります。3年かな?」
真田信綱「そうでしたね。」
内藤昌豊「上杉家臣としての未来を憂いたのでありましょう。彼は北条氏康の家臣として活動する事になりました。そんな最中に発生したのが。」
越相同盟。
跡部勝資「北条高広が見限った上杉謙信と、新たな主君として仰いだ北条氏康が和睦を結んでしまいました。」
私(武田勝頼)「(居場所が無い……。)」
内藤昌豊「流石に不憫に思ったのでありましょう。北条氏政が仲介の労を取り、北条高広は三度謙信の家臣に復帰を果たし、現在に至っています。」
私(武田勝頼)「もし佐竹が優位に立った時……。」
跡部勝資「北条高広がどのように動くのか?懸念すべき材料であります。」




