感状
武藤喜兵衛「となりますと感状になりますか?」
私(武田勝頼)「拒絶の構えでは無かったが、あまり良い顔をしてはくれなかった。」
武藤喜兵衛「何故でありますか?」
私(武田勝頼)「『それ(感状)が必要になるのは、私が武田を首になった時。もしくは武田が滅んだ時になりますので。』
と言って来た。」
感状が重視されるのは再仕官の時。
私(武田勝頼)「『滅んだ家の者の中で他家が欲しがるのは、いくさ働きを期待する事が出来る者のみ。私のような事務方の代わりなど幾らでもいます。加えて私は殿の考えを実行に移す仕事。同僚からは煙たがれている存在にあります。先に仕官を果たすのは、いくさに長けた者であります。その者が私の事を良く言うわけがありません。殿を誑かしたのは奴です。滅ぼした元凶はあいつです。ぐらいに言われるのが関の山。そんな殿からいただいた感状等役に立つわけがありません。私に出す手間があるのでありましたら、他の者に渡して下さい。もしもの時、その者の助けになりますので。私は必要ありません。私は殿に殉じます。』
と……。」
武藤喜兵衛「私には出来ませんね。」
私(武田勝頼)「……正直で宜しい。」
武藤喜兵衛「跡部様は嘘をついていると?」
私(武田勝頼)「いや。それは無い。」
武藤喜兵衛「でも殿の厚意を全て無にしているのでありますよ。」
私(武田勝頼)「1つだけ喜んで受け取ってくれたものがある。」
武藤喜兵衛「えっ!それは何でありますか?」
私(武田勝頼)「銭。とりわけ喜んだのが純度の高い金だ。」
武藤喜兵衛「最も危険な人物なのではありませんか?」
私(武田勝頼)「高坂もそこを心配していた。
『賄賂掴まされて、方針を違えてはしまわないか。』
と……。」
私(武田勝頼)「『長坂についても同様。』
とも言っていた。そして彼らを心配していた。
『彼らは兵力も所領も少ない。しかし物事を決めるための術と伝手を持っている。加えて他国の者。それも主君級の者との通交が許されている。交渉をまとめるために必要不可欠である事に変わりは無い。ただそうであるが故に目先の利益を優先してしまう危険性も秘めている。』
と。」
武藤喜兵衛「確かに。」
私(武田勝頼)「しかしこうも言っていた。
『殿(武田勝頼)への忠誠に問題はありません。たとえ殿がどのような苦境に立たされようとも、殿を見捨てる事はありません。しかし彼らだけでは殿を救う事は出来ません。自前の兵力が足りませんし、所領もありません。故に殿がしっかり彼らを導かなければなりません。』」