忘れた
高坂昌信「忘れた。」
鳥居強右衛門「どう言う事でありますか?」
高坂昌信「何か理屈をこねくり回したとは思うが、その後起こった事が凄すぎて忘れてしまった。ただ1つ言える事があるとするならば……。」
武田が勝つのが迷惑だろ?
鳥居強右衛門「いえ。そのような事は……。」
高坂昌信「其方の事を調べさせてもらった。其方……市田の出だよな?」
市田は今の豊川市の中心部諏訪町すぐ西にある市田町の事。
高坂昌信「市田は牧野の所領。斯様な地の者が何故長篠の。それも奥平の所に居るのだ?」
鳥居強右衛門「……。」
高坂昌信「いや。責めているのでは無い。(市田のある)宝飯郡がどのような歴史を辿って来たかを知っている。あそこは京の戦乱の以前から関東と京の騒乱に巻き込まれた場所であった事を。その後の将軍家の争いによって、地場の有力者が変わる場所であった事も。そしてその後の今川と松平の争い。義元が斃れた事に伴う家康と氏真の争い。そして我らと。どうであろう?100年以上戦乱が続いているのではあるまいか?」
鳥居強右衛門「何故それを?」
高坂昌信「其方と同じ宝飯郡の出の者が1人。武田におってな。そいつも苦労したそうな。それこそあらゆる国と言う国を渡り歩き、やっとの思いで今川の家臣になる事が出来る。と駿河に入るも叶わず。うちに流れ着いた者がな。」
山本勘助の事。
高坂昌信「尤も彼の物言いを裏付ける事が出来る者がおらぬ故、真実の程は定かでは無いが……。ただ仕事は出来た。それが今の私にも活きている。同じ事は武田家中の者も同様である。それが裏付けなのかも知れないな……。」
鳥居強右衛門「その方は今?」
高坂昌信「生きていたら、ここに来たのは私では無かったであろう。」
鳥居強右衛門「わかりました。」
高坂昌信「故郷の戦乱を終わらせたい。そうするためには三河以外の者が居ては困る。ただ家康の力だけでは武田を追い払う事は出来ない。しかし今回は違う。既に信長が多くの兵を引き連れ岡崎に到着している。信長を以てすれば、武田に勝利を収める事が出来る。さすれば三河は信長の傘の下ではあるが、家康が治める事が出来るようになる。家康は三河の出。けっして三河の者を蔑ろにする事は無い。……と言う所では無いかと見ているが、如何だろう?」
鳥居強右衛門「それも先程の方から?」
高坂昌信「いやそうでは無い。私が其方の出自。これまでの経歴を踏まえた上、同じ立場に立たされたらどうするか?を考えた結果。取り止めるよう働き掛けをした。余分な事をした。申し訳ない。」