このままだと
山県昌景「しかしこのままだと菅沼正貞の要求事項を達成する事は出来ないぞ。」
高坂昌信「と申されますと?」
山県昌景「彼の目的は長篠城を無傷で返す事であろう?」
高坂昌信「はい。」
山県昌景「加えてここ長篠城内にも居るであろう菅沼時代からの民を無事戻す事であろう。」
高坂昌信「その通りであります。」
山県昌景「そのためには我らが攻め落とさなければ実現する事は出来ない。相手は奥平貞昌。徳川方の人物。我らとは敵対している間柄。」
高坂昌信「はい。」
山県昌景「菅沼正貞は我らの陣営に居る。」
高坂昌信「はい。」
山県昌景「無傷のままとなると長篠城は引き続き奥平のもの。菅沼の手に戻す事は出来ない。そのためには攻め落とすしか無い。方法は2つ。力攻めか兵糧攻めか。どちらを選択したとしても長篠の民と城を傷付ける。悲惨な状況に追い込まなければ実現する事は叶わない。それを菅沼は?」
高坂昌信「望んではいません。」
山県昌景「それでは実現する事は不可能だぞ。」
高坂昌信「いえ。他に方法はあります。」
山県昌景「どのような方法があると言うのだ?言ってみよ。」
高坂昌信「その方法を実現させるために必要な絶対条件があります。」
山県昌景「どのような条件だ?」
高坂昌信「それは……。」
山県昌景が奥平貞昌を許す事。
高坂昌信「であります。」
山県昌景「俺が奥平を許す?そのような事……。」
高坂昌信「心情的には難しい事は承知しています。しかし此度の混乱。その原因を作ったものは何でありましょう?」
山県昌景「奥平親子の離反であろう。」
高坂昌信「確かに。しかし根本的な原因はそこではありません。」
山県昌景「何が原因と言うのだ?」
高坂昌信「それは……。」
武田信玄による奥三河の侵攻と武田信玄死去による混乱に伴う奥三河における武田家の影響力の低下。
高坂昌信「攻める事が悪いと言っているわけではありません。生きるためには乱取りも必要である事は重々承知しています。そのためにいくさをする事を否定する権限はありません。しかし我らの目的は異なる所にあります。我らの目的は統治であります。統治のためのいくさであります。統治する以上、従った者の安全を保障するのは攻め取った者の義務であります。その義務は我らは怠ってしまいました。御館様が亡くなった事と御館様が遺した言葉を言い訳にして。ただ誤解しないで下さい。山県にその責があると言う事を言っているのではありません。武田家全体の問題でありまして、山県に問題があったわけではありません。そこは間違えないでいただきたい。」
山県昌景「……わかった。」