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「だから!死んでっ!」
少女がそう言った瞬間、衝撃が走った。
兄ちゃんが俺を突き飛ばしたんだ。
ナイフをお腹に刺されて、
少女と一緒に崖から落ちていく。
その姿がスローモーションの様に…
ゆっくり、遅く見えた。
兄ちゃんが落ちた後、
俺は何が起こったのか理解できなかった。
え?何で俺が刺されそうになったの?
何で兄ちゃんは落ちたの?
あの娘は何で?どうして?
頭の中は疑問でいっぱいだった。
「っ!」
姉ちゃんは崖を覗き込んで見ていたが、
ため息を吐いた。
「…はぁ、やられたわね」
何かを言っているけど、
俺にはよくわからなかった。
「アンタはいつまでそうしているつもりかしら?」
「ね、姉ちゃん?ど、どういうこと?」
「…どうもこうもないでしょ?彼は落ちたの」
落ちた。
その一言を聞いて、俺はゾッとした。
兄ちゃんが…死んだ?
俺のせいで?
「に、兄ちゃんは…お、俺のせいで…し、死んだ…の?」
「…死んでないわ。彼なら…きっとね」
姉ちゃんはそう言うけど…
こんなに深い崖から落ちて、
生きていられるだろうか?
「で、でもっ!」
「死んでないわ。仮にアンタのせいで、彼が死んだのなら…私が、アンタを殺すわ」
姉ちゃんは冗談ではなく、
本気でそう言ってることがわかった。
「あ、あの娘は…な、何だったの?」
「…さぁ、何でしょうね?話を聞いてる限りだと…あの子のお父さんを殺したのがアンタだと思ってたみたいじゃない?…でも、アンタはまだ誰も殺してないわよね?」
「う、うん…」
「それなら盗賊にそう思わされたのか…あの子のお父さんが盗賊の仲間だったのか…直接、殺してなくても…アンタが殺した可能性もなくはないわよね?」
これまでに気絶させて放置した盗賊ならいた。
その盗賊が魔物に殺されていたら…
確かに俺が殺したと、
言ってもいいのかもしれないけど…
でも、それで命を狙われたの?
「だから、私は殺しなさいって言っていたわよね?仮に生きていたとして、復讐に燃えるバカもいるのよ?」
「…俺が…殺さなかったから…兄ちゃんは死んだの?」
「彼は死んでないわ。二度と死んだなんて口にしないでくれるかしら?」
「ご、ごめんなさい…」
俺も…兄ちゃんが死んだなんて…思いたくない。
でも、それでも…
生きてるって信じることは難しい。
崖を覗き込むと深い暗闇に包まれていた。
「それにしても…また離れることになるとは思わなかったわ…この谷底はどこまで続いているのかしら?」
「…兄ちゃんとずっと一緒じゃなかったの?」
「そうね…彼は一人で旅をしていたのよ?気付いたらいないなんてこと、よくあることだったわ」
「えっ!あの兄ちゃんが!?」
俺は驚いてしまった。
あんなに優しくて、いつも見守ってくれていた…
あの兄ちゃんが…姉ちゃんを置いていく!?
「まぁ、私が勝手についていってるだけなのだから…仕方ないことなのだけど…だから、アンタの面倒を見ることに決めたのには驚いたのよ?」
「そ、そう…だったんだ…」
「そのおかげで急にいなくなる心配も無くなったと思っていたのだけど…落ちるとは思わなかったわ…」
「ご、ごめんなさい…俺のせいで…」
「謝るなら、彼に謝りなさい…」
「そ、そうだよな…」
姉ちゃんはそう言って、何かを考えている。
「な、何を考えてるの?」
「何って…どこに繋がってるのか考えてるのよ…流石に落ちるわけには行かないでしょ?」
「う、うん。そうだね」
「私は彼を探しに行くわ。アンタはどうするのかしら?」
「お、俺も!兄ちゃんを探したい!」
「そう…それなら、よかったわ」
「え?何がよかったの?」
「…何でもないわ」
それから俺たちは兄ちゃんを探す旅に出たんだ。