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ガチャッ
「すみません。今晩泊めていただけますか?」
「…金はあるんだろうね?」
「少しだけですが…」
腰紐に括った袋から銅貨を取り出す。
「…ふんっ!2階の1番奥だよ」
「ありがとうございます」
ギシッギシッと音がなる階段を上り、
奥にある部屋の扉をあける。
そこはベッドしかない部屋。
だが、僕にはそれだけでよかった。
この街についたのは日が暮れたころだった。
疲れた身体をベッドで癒す。
僕は根無草である…そう旅人だ。
「おはようございます」
「朝飯はそこにパンがあるだろ?」
「いただいても?」
「ダメなら言わないよ!」
「ありがとうございます」
硬いパンだったがもらえるだけ、
感謝しなければならない。
「お母さん!おはようっ!」
「もう起きたのかい?まだ寝ててよかったのに…」
「だって、お客様が来たんでしょ?私も手伝わなきゃ!」
「あんたはいいんだよ…身体を大事にしな」
女将さんの娘さんだろうか?
だが、たまにゴホッゴホッと咳き込んでいる。
もしかしたら、病を患っているのかもしれない
「お客様!こちらの宿はどうでしたか?」
「そうですね。遅い時間にも関わらず、泊めてくださって感謝していますよ」
「そうですか!よかったです!」
少女はそう言って、ホッと笑った。
パンを食べ終えたころ、
少女を見るとフラフラとした足取りだった。
「ミルキー…もう奥で休んでな」
「お母さん…まだ大丈夫だから」
「ミルキー…お母さんは大丈夫だよ。ミルキーの身体の方が心配さね」
「…うん。そうだよね。わかった」
ミルキーと呼ばれた少女は奥の部屋へと入っていった。
僕は女将さんに話しかける。
「娘さんはどこかお身体が悪いのですか?」
「…あんたには関係ないだろ?」
「おい!邪魔するぜ!」
恰幅のいい男性が入ってきた。
「また来たのかいっ!何度言われたって渡さないよっ!」
「おーおー、そうかい…。でも、金がいるんだろ?このままじゃ娘さんも死んじまうんじゃねぇか?それなら権利書を渡して金にした方がいいと思うけどなぁ〜」
「…娘はアタシが治すんだよっ!アンタらにとやかく言われたくないね!帰った帰ったっ!」
「そうかい!…じゃあ、またくるぜ!」
男性はニヤニヤと笑いながら出ていった。
「…今のは?」
「…あんたには関係ないだろ?」
「…そうですね」
僕には関係のない話だ。
そう言われてしまうとその通りでしかない。
「…では、ありがとうございました」
「ふん!…気をつけるんだよ」
ガチャッ
宿を出ると、先程の男性に声をかけられた。
「おい!…おいっ!テメェだよ!」
「…何でしょうか?」
「何でしょうかじゃねぇよ。ここを使ったのかよ?」
「…そうですね」
「はっ!あれか!金のねぇ余所もんか!この街で宿を取るならここじゃなくてウチを使わないと痛い目に遭うぜ?知らなかったのか?」
「…それは知りませんでした」
「悪く思うなよ?」
ゾロゾロと男達が集まってくる。
「んだよ…ひょろひょろじゃねぇかよ。本当にこいつをボコボコにすんのか?」
「あぁ、あそこを使ったんだ。もう二度と使いたくねぇって思わせねぇとな」
ニヤニヤと笑う男達が襲ってきたが、
僕はそれを避ける。
「んだよっ!ちょこちょことっ!」
リーダーのような男が殴りかかってきたので、
避けながら足を引っ掛けて転ばせる。
「っぬ!…こ、こいつ」
「襲われる理由がよくわからないのですが…どうしてこの宿を使ったらいけないのですか?」
「ふん!親父の宿の方がいい宿なんだよ!こんな小ちゃな宿なんてな!この街にはいらねぇんだ!親父の宿がこの街の!唯一の宿じゃなくちゃいけねぇんだよ!」
「…そうなんですね。だから、僕を襲って…この宿を使わないようにしたかったのですね…。今までもこのようなことをしていたんですか?」
「悪いかよっ!親父の宿が世界一なんだっ!邪魔するやつは俺が許さねぇんだよっ!」
「別に悪いとは思いませんが…このようなことをしないといけないような宿だ…ということだけはわかりましたよ」
「て、テメェ…!」
「僕には関係のない話ですので…もうよろしいですか?」
後ろから覚えとけよっ!と声が聞こえてきたが、
この街を出る為に歩きはじめた。
街を出て、風を感じる。
さぁ、どこへ行こうか…
そう思っていると蠍の魔物が襲ってきた。
鋏と尾についている毒針の攻撃を避け、
拳で魔物を殴ると痙攣して死んだ。
僕にとっては魔物に襲われるのは日常でしかない
「な、なんだとっ!…ま、まさかっ!魔物まで殺すなんて…」
「…また貴方ですか。何かご用件があるのですか?」
「この魔物に襲わせりゃ…こ、殺せるって思ってたのにっ!あのババァの旦那も…娘だって…もう少しで殺せるんだ…お、お前も殺せるはずだったのに…」
「…そういうことですか」
彼に近づくと、ヒィッ!と怯えられた。
「もう二度と僕に近づかないでください。また僕を殺そうとしたら…わかりますね?」
何も言わずに、何度も何度も強く頷いている。
「もういいですよ。行きなさい」
彼は何度も転びそうになりながらも、
街へと帰っていった。
あの人にはパンをもらったからな…
僕はもう一度、あの宿に戻ることにした。
「なんだい?忘れもんかい?」
「…そうですね。少し忘れ物をしてしまいまして
…」
「そうかい?…だったら、早くとってきな!」
「ありがとうございます。申し訳ありません…娘さんの体調はどうでしょうか?」
「…あんたには関係ないだろ?」
「…そうですね。ですが、もしかすると治すことが出来るのではないかと思いまして…」
「ほ、本当かいっ!?」
「可能性の話です。ですから、もしよろしければお話をお聞きしてもよろしいですか?」
女将さんにそう言うと渋々、話してくれた。
娘さんは旦那さんと一緒に隣街へ行く途中に、
魔物に襲われてしまったそうだ。
その時から旦那さんと娘さんは身体を悪くしてしまい…
そのまま旦那さんは亡くなられたようだ。
「どのような魔物だったかお聞きしましたか?」
「確か…サソリのような魔物だったと…」
蠍…やっぱり…
でも、それなら大丈夫だろう。
「でしたら、大丈夫かもしれません。これを飲ませていただけますか?」
僕は小瓶に入った赤い液体を差し出した。
「ほ、本当に治るのかいっ!?」
「本当にサソリのような魔物でしたら…おそらくは…」
女将さんはすぐに娘さんに飲ませたようだ。
「2〜3日は安静にしていた方がいいでしょう。ですが、おそらく治ると思います」
「…本当に少しだけ…顔色がよくなったよ…あんな薬…もらってよかったのかい?その…飲ませた後に聞くもんじゃないけどさ…」
「かまいませんよ。パンをいただきましたので、そのお返しだと思ってください」
「あんた…ありがとう。本当にありがとう」
「いえ、でしたら、これで失礼します」
「ちょっと、あんた!これからどこに行くんだい?もしあんたがよければ…もう少しここに…」
「ありがとうございます。ですが…」
「…そうかい」
「はい。では、失礼します」
女将さんは僕が見えなくなるまで、
頭を下げ続けていた。