19
ザーザーと雨が降っている。
俺は舌打ちをしながらも、
馬車を持ち上げようと必死になっていた。
雨は人だけでなく、馬の体温も奪う。
近くに大きな木があって助かった。
そこなら、まだそこまで雨にも当たらないので、
馬達はそこで休ませている。
コートに付いているフードを被り、
ぬかるみにはまってしまった馬車を、
動かそうとしているところだ。
「…チッ」
今日、何度目の舌打ちだろうか…
どんなに力を込めても、
足が滑ってしまい動きそうもない。
やはり…一人では難しいか…
そう思っていると、俺と同じように、
コートに付いているフードを被った人が、
二人歩いている姿を見かけた。
手伝ってはもらえないだろうか?
俺はそう思い、声をかけた。
「すまないっ!馬車がぬかるみにはまってしまってな!手伝ってはくれないか?」
「…かまいませんよ」
一人がそう言ってくれた。
ありがたい…俺はそう思った。
「では、一緒にお願いできるか?」
「…いえ、少し離れていただけますか?」
「は?」
何故、離れなきゃいけないのだろうか?
その時に盗賊なのか?と一瞬だけ焦った。
「…一人で大丈夫ですので」
そう言った彼は20代半ばぐらいの、
真っ白いような…銀髪の男性だった。
「…風よ」
彼がそう言うと、強い大きな風が吹き、
馬車がガタガタと持ち上がった。
「…これで大丈夫ではないでしょうか?」
「あ、ああ…」
馬車を見るとぬかるみから抜け出せていて、
もう動かせそうな状態だった。
「す、すまない…助かった」
「いえ…かまいませんよ」
俺は盗賊ではと疑ってしまったことを、
申し訳なく思いながらも、
疑うことは悪いことじゃないと、
自分自身を肯定した。
「アンタらは…歩いて行くのか?」
「…そうですね」
「もしよかったら俺の馬車に乗らないか?もう少し行ったら小屋があるから、雨が上がるまでそこで休めるんだが…」
「…よろしいのですか?」
「ああ、もちろんだ。助けてもらったお礼もしたいしな」
「…ありがとうございます」
俺は二人を乗せ、小屋へと急ぐ。
馬車に乗る時にもう一人を見たら女性だった。
黒い髪の可憐な女性だ。
彼と同じぐらい…いや、少し歳下だろうか?
彼女は腰に剣を差しているから、
魔物と戦うことは出来るのだろう。
「ここだ。先に中へ入っててくれ」
「…お手伝いいたしますが?」
「いいのか?」
「…はい」
「なら、すまない。馬をあそこで休ませてくれないか?」
「…わかりました」
俺は馬車の荷物が大丈夫かを確認し、
貴重品を手荷物の中へと入れた。
彼は馬達を連れて行ってくれた。
俺の馬は人に対して警戒心が強い…
だと言うのにおとなしく従っている。
こんなにも心を許していることに驚いた。
悪いことをしていることはわかっているが、
彼らが本当に盗賊ではないとは言い切れない以上、
俺は馬で確かめさせてもらったのだ。
だが、馬は穏やかに彼について行った。
彼が馬達を優しく撫でる姿に…
また、申し訳なく思ってしまった。
「…こちらでよろしいですか?」
「あ、ああ、助かった。中へ入ろう…」
「…そうですね」
彼女は先に中へ入っていて、
小屋の中を見渡していた。
「ふーん。こんなところに小屋があるなんてねぇ」
「ここは知ってるやつしか使わない小屋だからな…仲間内だけで使ってるんだよ」
「…そうなんですね。僕たちを連れて来てもよかったのですか?」
「助けてくれたお礼がしたいって言っただろ?これもその内の一つさ」
「…そうですか」
コートを脱いでから、暖炉に火を灯す。
「歩いて移動するのは大変だろ?雨にも濡れたんじゃないか?」
「…そうですね。ですが、もう慣れてますので」
「私は嫌よ…濡れるのなんて最悪だもの」
彼らは全く正反対のことを言っている…
それでよく一緒に行動が出来るもんだ。
「そ、そうか…濡れるのが嫌なら馬車を使ったらどうだ?嬢ちゃんがどれだけ強いのかは知らないが…戦えるんだろ?」
「そうね」
「だったら、護衛でもしながら行動することも出来るだろう?…それに見たところ…行商をやっているようでも無さそうだしな…傭兵か?」
「いえ…ただの旅人ですよ」
「旅人…か…。だったら、俺が言うようにした方がいいんじゃないか?兄ちゃんは魔法使いなんだろ?馬車を持ち上げるほどの魔法なんて初めて見たぞ…」
「…そうですか」
彼は静かにそう答えた。
「…いや、二人がそうしない理由があるなら別に俺は何も聞かないがな…」
「私は彼について行ってるだけだもの。そんな面倒なことはしないわ」
「そ、そうなのか?」
彼女はただ、彼について行ってる?
「じゃあ、兄ちゃんはどこに向かってるんだ?」
「…目的地はありません。ただ…風の吹くままに…旅をしているだけですよ」
「そ、そうか…」
変わっている人だ。
この世界では魔物に襲われないように、
必死に生きなければ簡単に死んでしまう。
魔物だけじゃない。
悪い人間もいて、人から物や命を奪う者もいる。
それなのに、目的地もなく旅をしている?
俺は彼らと関わってしまっても、
よかったのだろうか?
「と、とりあえず、食事にでもするか?ほら、こっちに来いよ…身体が冷えたらいけない」
「…ありがとうございます」
「あー、あったかいわね…」
だが、温まる二人を見て…
俺の考えすぎかもしれないと思った。
明らかに俺よりも歳下の二人が…
目的地もなく旅をしている。
訳ありなことは想像できる。
ただ、今は何も考えずにいようと思った。
「ほら、ちょっとしたもんしかないけどな…酒も飲むか?」
「…ありがとうございます」
「私はお酒はいらないわ…気分悪くなるもの」
「そうか。じゃあ、兄ちゃんだけだな…よし!じゃあ、食べようか」
「…いただきます」
三人で軽い食事をとる。
俺と兄ちゃんだけ酒を飲んだ。
外はまだ土砂降りの雨の音が聞こえていた。