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6:闖入者。

 



 ミカエルさんに見限られて一ヶ月が経った。

 ミカエルさんとはあの日から一言も話していない。


「アーヤ、あんな男は忘れて俺にしないか?」

「ラファエラ様は無理」

「ハッキリ言うんだな?」


 だってラファエラ様、奥様にしか見えないし。いや、言葉遣いはミカエルさんより男っぽいけども。

 あと……ミカエルさんの事、まだ好きだし。


「そうそう、あの男、来週からは近衛に上がるよ。憎たらしほど有能だからな。陛下はご自身の護衛にされたいらしい」

「……そうですか」

「アーヤ、解ってるか?」


 何がだろうかと思ったら、陛下の護衛にすると言う事は、陛下がマッサージを受ける間、ミカエルさんも同席する可能性があると言う事だった。

 今までも陛下や殿下、宰相様などが来られた時は、必ず最低一人は近衛騎士様が同席されていた。

 基本騎士様は、施術中はマッサージ室の外で待機されているけれど、施術が終われば室内で護衛にあたられていた事を思い出した。

 殿下が同席されている場合は、ラファエラ様かガントレット様がマッサージ室内にいたりもする。


「……陛下の施術拒否とか」

「首が飛ぶぞ? 物理的に」

「怖っ! ラファエラ様怖っ」

「何で俺だよ」


 最近ラファエラ様の一人称が『私』じゃなくて『俺』になっている。違和感がパない。

 この前の「ラファエラ様は『私』って言った方が良いと思います!」と挙手して言ったら、ギラッとした目と、恐ろしい程に美しい笑顔で「『俺』と言った方が、アーヤは俺を男として認識するだろう?」と言われた。

 ちょっとだけドッキンコしたけど、頑張って平静を装った。


「陛下はそんなに怖くありませーん!」

「……俺はお前が怖いよ」


 ハァ、と溜息を吐かれた。ものっそい艶っぽい顔で。


「溜め息がエロいぃぃ」

「……髪でも切ろうかな」

「駄目だ! って殿下に怒られますよ?」

「……ハァ」


 ラファエラ様がまたもやエロい感じで溜め息を吐いていた。

 殿下は未だにお忍びで親子ごっこをする為にラファエラ様に髪の毛を伸ばさせている。

 この世界の男の人で髪が長い人はわりといる。だから別段変だったり目立ったりはしないけど……ラファエラ様以外は。


「男に告白されるの飽きた」

「ブフッ!」

「……アーヤ?」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!」


 ミカエルさんとケンカして落ち込んでいたけど、ラファエラ様が今日みたいにちょくちょくお茶がてら話しに来てくれて、結構気が紛れて助かっている。


「全く……。アーヤ、おかわり」

「はーい!」


 感謝の意味も込めて、ラファエラ様の好きなお茶とお茶菓子の追加を出した。




 それから二週間ほどして、陛下の近衛騎士としてミカエルさんが就任した。


「では、私は外で待機しております」

「うむ」


 陛下と連れ立ってミカエルさんがマッサージ室に来たけれど、室内の安全確認した後は外に出てしまった。目も合わせては貰えなかった。


「おい、そんなに寂しそうにドアを見てないでマッサージしろ」

「はぁぁぁい」

「そんなに落ち込むんならケンカなぞせねばよかろうに」

「陛下に言われたくありませんー!」

「私達のはお前達のとは違うわ!」


 陛下と王妃殿下もつい先月夫婦ゲンカをしていた。そして、現在進行形でもあるらしい。

 理由は、なかなか第二子を懐妊できない王妃様から側妃を娶っては、と進言されたから、らしい。

 陛下は王妃殿下一筋なのに、最愛の奥さんから別の女性をと言われたのが気に食わないそうだ。

 王族って大変だなぁとか他人事な感想を呟いたら陛下にめっちゃ睨まれた。

 ヘラリと笑いながら陛下に謝っていたら、マッサージ室のドアがノックされ、ミカエルさんが入って来た。


「陛下、王妃殿下がお見えです」

「は?」

「え?」


 驚く陛下と私を他所に、ミカエルさんの後ろからするりと入って来たのは、緩やかにウェーブした金髪で透き通るようなエメラルドグリーンの瞳を持った女性、子供を産んだとは思えないほどに幼気な雰囲気の王妃殿下だった。


「……まぁ」


 施術ベッドに寝そべる陛下と施術中の私を見た王妃殿下は、目を見開いた後、扇でサッと口元を隠した。


「陛下にはそのようなご趣味があったのですね」

「「……」」


 ――――そのようなご趣味?


 チラリと足元を見た。

 ラフな格好でベッドに俯せで寝そべった陛下。

 俯せの陛下を踏む私。


「「……」」

「ならば、その者を側妃にされると良いでしょう」


 王妃殿下はそう言うと、スパンと小気味良い音を出して扇を閉じ、笑顔で「では失礼いたします」と言いながら美しいカーテシーをして去って行った。


「「……」」

「……陛下、追われないのですか?」

「っぁあ! 追う追う!」


 ミカエルさんの質問で、飛んでいた意識を取り戻した陛下は、バタバタとジャケットを着てマッサージ室から出ていった。


「では、失礼する」


 陛下が出た後、ミカエルさんがドアを閉めた。閉まるその瞬間に、ミカエルさんにギロッと睨まれた気がした。


「睨まなくてもいいじゃん…………」


 足元にぽたりと水滴が落ちた。

 ……たぶん、汗だ。




 陛下が走り去った翌日、私は王城の最奥、王族の居住区、王妃殿下の私室にいた。

 普通なら絶対に入れない場所だ。

 きらびやかだけれど、スッキリとした……と言うよりは思ったより物が少ない? そんな部屋の真ん中にどどんとある豪奢なソファに座って、王妃殿下と向かい合っている。

 ミカエルさんに貸してもらっていた部屋の方が色んな飾りがあったなぁ、なんて変な方向に気をそらしていたら、王妃殿下から話しかけられた。


「貴女、アーヤ、と言ったかしら?」

「はい」

「陛下とはどこまでいっているの?」


 ――――どこまで?


「床を共にしたのかと聞いているのよ」

「トコヲトモニスル?」

「……察しの悪い子ね。性交よ、セックス」

「セッ⁉ しししししておりませんっ」


 王妃殿下が眉間にガッツリ皺をいれて、扇で口元を隠しながら大きな溜め息を吐いた。


「別に責めてはいないのよ? で、どこまで進んでいるのかしら?」


 なんでそんな疑惑を持たれているのか謎すぎて、頭が真っ白になってしまった。エメラルドグリーンの瞳を見つめたままボーッとしていたら、またもや溜め息を吐かれた。


「アーヤ、わたくしはね、陛下に側妃を娶って欲しいのよ」

「は、はい……それは陛下からお伺いしています」


 ですが、陛下は嫌がっておいでですよね、と言おうとしたら、王妃殿下がパンと両手を合わせて朗らかに微笑で、サクサクと話し始めてしまった。


「あら! じゃあ話が早いわね。臣下達は爵位があったほうが望ましい、とは言っているけれどね、陛下のお手つきがある貴女の方が、わたくしは望ましいと思っているの」

「ぉぉおてつき?」

「貴女、平民とは聞いているけれど、異世界からの来訪者なのでしょう?」


 ――――あ、異世界から来たって知られてるんだ⁉


 隠しても無かったし、話すなとも言われていなかったので、「はい」と肯定すると、王妃殿下は満足そうに頷いた。


「貴女の安全と生活は保証するわ。だから、安心して陛下のお子を産んで頂戴」


 ――――陛下のオコ? おこ、お子ぉぉ⁉


「王妃殿下、あのっ、私、ただのマッサージ要員です。皆さんに施術しているだけです」

「あら? 宰相とも関係を持っているの? まさかセバスや騎士達とまで? 流石にそちらとは手を切りなさいな」

「おぇぇぇぇぇ⁉」


 あまりにも斜め上な方向に話が飛びすぎて変な声で叫んでしまった。


「冷却期間が必要ね。本日から月の触りが来るまでは誰とも……陛下とも、性交はしてはなりませんよ。それから側妃の手続きをいたしましょう」

「ちょっ、ちょっとお待ち下さ――――」

「冷却期間は短めないわよ?」


 いやいやいや、何でそんな話になるんですか! と大声で突っ込みたい。けど、流石に駄目だろうなと、言葉を選んでいる間にも王妃殿下はサクサクと話を進めようとしてくる。


「王妃殿下、お待ち下さい! そのような事実はありません。陛下と、その、性的な関係になった事もありません!」

「……? だって貴女、ベッドの上でマッサージしているのでしょう?」


 王妃殿下は、純麗(じゅんれい)でいてキュルンとしたエメラルドグリーンの瞳を丸くして、こてんと首を傾げた。

 王妃殿下の見た目と発言の内容が合わな過ぎて、脳みそが混乱してしまう。


「し、してますが……ベッドでは無く、施術用の台と認識して頂ければ、と思います」

「……そういうプレイ?」


 ――――どういうプレイ⁉


 マッサージが何か卑猥な感じに取られてる事だけは解った。


「殿下、違います。私は陛下の腰痛や肩凝りを緩和させる為だけにしているのです」


 これで伝わるだろう、ホッ。とか思った私がバカだった。


「あら! 腰痛に良い体位があるのね!」


 なぜか興味津々で前のめりになられた。マッサージが気になるらしいので、王妃殿下に体験してみますかとお伺いしてみたら、頬をほんのり桜色に染めて「是非!」と食い気味に言われてしまった。

 



 ――――何でこんなことになったんだっけ?


 王妃殿下に呼び出されて、陛下の側妃を勧められたり、なんやかんやと誤解が誤解を呼んで、なぜか王妃殿下にマッサージする事になった。


「お持ちしました。こちらでよろしいですか?」

「はい、ありがとうございます」

「殿下、私は外で待機しております」

「世話を掛けるわね」


 王妃殿下付きの侍女さんにマッサージ室から施術着を持って来てもらい、王妃殿下に渡して施術着に着替えてもらった。

 いつも男の人にばっかりマッサージしてたせいなのか、施術着姿の王妃殿下に違和感が半端ない。

 あぁ、本当にやるのかぁ……なんて思いながら、ベッドに仰向けで寝そべってもらった。

 セバス様にした腰の筋や筋肉を伸ばすやつをやろうと思ったら、王妃殿下が妙に不服そうな顔をされていた。


「……ねぇ、これは貴女の趣味?」

「趣味? ズボンですか? 施術用のものですよ」

「施術ねぇ……下着じゃ無いのね」


 エステじゃ無いから下着にはならないで大丈夫ですよー、なんて笑いながら言いつつ、王妃殿下のマッサージを開始した。


「はい、足を組み替えて下さいね」

「……」

「ゆっくり倒しますよー。よっ……」

「……んっ」

「はい、次は右半身を上に横向きになって下さいねー」

「……」

「すこーし、足を後ろに引っ張りますので、痛かったら言って下さいねー」

「ぁ……っ、ん」

「はい、反対向いて下さーい」

「……ねぇ」

「はい? 何ですか?」


 王妃殿下がムクリと起き上がってしまった。まだ左足やって無いのに。


「これ、普通のマッサージじゃないの⁉ こんな体勢では初めてだし、凄く気持ちいいけどっ!」

「えっ、はい。ただのマッサージですけど?」


 凄く気持ちいいって褒められてニヨニヨしていたら、王妃殿下が怒り出してしまった。


「わたくしは、陛下に施術している方をしなさいと言っているのよ!」

「えっ、でも、王妃殿下には向かないと……」

「わたくしが良いと言っているの! 従いなさい!」

「は、はい」


 凄い剣幕で怒鳴られてしまった。

 取り敢えず、やってなかった左足の施術をしてから、陛下達がお気に入りの踏み踏みもする事になった。


「いきますよー」

「ええ!」

「少しずつ加圧して行きますね。痛かったり、重かったりしたら言って下さいねー」

「んっ…………ぁぁあ……あっ、そこっ……もっと強くっ!」

「はぁい」

「……あぁぁ…………イイわぁぁぁ」


 十分ほど王妃殿下の腰やお尻を軽めに踏み踏みしていたら、すぅすぅと寝息が聞こえて来たので、施術を止めて、背中に毛布を掛けてそっとしておく事にした。


 そういえば、父さんも仕事で疲れてた日とかは寝落ちしていたな、と思い出してちょっと笑ってしまった。

 ずっと寂しいが大きかったけど、最近は思い出してふふって笑えることが増えてきた気がする。


 陛下達もよくうつらうつらとしてた。流石に本気で寝てしまう事は無かったけど。

 王妃殿下もご公務や何やらでお疲れなんだろうな。

 用があれば侍女さんが呼びに来てくれるだろうし、このまま寝かせてて大丈夫だろうと判断して、ベッドの足元側にスツールを持って来た。

 王妃殿下が目覚めるまではここで控えておこう。

 



「んんっ…………ふあぁぁぁ…………あら?」

「おはようございます、ゆっくり休めましたか?」


 マッサージの途中で寝てしまっていた王妃殿下が目を覚ました。

 少し身動ぎして、のっそりと起き上がり、辺りをきょろきょろと見回している王妃殿下に挨拶をすると、少し恥ずかしそうにぽぅっと頬を染められた。


 ――――シャバい、エロい!


「……わたくし、どのくらい寝ていたのかしら?」

「えぇっと、二時間程度です」

「……そう」


 王妃殿下は少し気不味そうな顔をされた後、テーブルのある部屋に移動し、侍女さんを呼んでお茶の用意をさせた。


「……貴方、陛下にしているのは先程のマッサージだけなの?」

「えーっと、他には……肩や頭皮、手や足裏、あっ、ふくらはぎとかもやってます!」

「……ハァ」


 なぜか王妃殿下が俯いて頭を抱えてしまった。


「でっ、殿下⁉ どうされました⁉」

「…………勘違いしていたわ」


 凄く深刻そうな顔で話して頂いたのは、もっそい卑猥な内容だった。


「陛下が足繁く通っている場所があると言われたのが始まりだったわ」


 マッサージ室を設けたとは聞いていた。

 セバスがいたく気に入っているというのも聞いていた。

 宰相や年配の医師達、騎士さえも通っている。

 陛下に至っては、多い時には二日に一度だと。


「しかも、中から喘ぎ声が漏れ聞こえて来ると侍女達が言うのよ」

「あっ、喘ぎ声⁉」


 たぶん、マッサージが気持ちよくて漏れ出る声の事だろうけど……何か別の言い方をして欲しい、切に!


「気になって何度か盗み聞きに行ったのよ。あんなに艶っぽく喘ぐ陛下、初めてだったわ! ……わたくしとの時にあんな切羽詰まったような声なんて出した事無いのよっ!」

「えぇぇ⁉」


 いや、おっさん……は言い過ぎかもだけど。おっさんの呻き声だよ⁉ どこに艶が⁉


「最中に『あぁ、ぁぁぁ、いい、もっとだ! んっ、くっ……はぁ、お前は最高だな』なんて、わたくしは言われた事が無いのよ!」


 ――――いや、私も言われてませんがな!


「陛下がご執心の貴女を側妃にして、私に閨の技術を教えさせようと思ったのよ……」


 あー。だからマッサージするって言ったらノリノリだったのかぁ。ってか、色々と間違ってるし!


「あの、何度も言いますが、私はただのマッサージ要員です」

「さっきので解ったわよ。あと、喘ぎ声の理由も」

「いや、喘ぎ声て……」


 ぽろりとツッコミが漏れてしまった。しまった、かなり不敬だ! と思って謝ろうとしたら、王妃殿下が吹き出して、爆笑し始めた。


「ぷふふっ。あはっ、あはははは! だっ、だって、ドアの所ではそう聞こえたのよぉ!」


 バンバンと机を叩いて、酸欠になりかけていた。

 えっと、王族というか貴族のなんちゃらとか、大丈夫なのかな?


「ハァハァ。それに、ドアの前に立ってた近衛騎士は妙に気不味そうな顔をするし! そもそも、マッサージ室に男性しか通って無いのが悪いわよっ!」

「えぇぇ⁉ そんな不可抗力な。……でも、確かに男の人ばっかりですね。女の人来てくれない……」


 何でだろ? と頭を捻っていたら、王妃殿下が爆弾を投下してきた。


「私にもマッサージを教えなさいな」

「え?」

「私が陛下にして差し上げたいのよ。陛下を気持ち良くするのは私だけでありたいわ……」


 ――――ん?


 王妃殿下が側妃を勧めてたんじゃ無かったっけ? と思い、妙にエロく頬を染めた王妃殿下にお伺いしてみた。


「もしかして……妬いてらしたんですか?」

「っ! ハッキリと言わないで頂戴!」


 ――――あっれー⁉ 何か、かわいい!


 そう思ったら、王妃殿下が物凄くかわいい人に見えてきて、何か色々と話したくなって来た。


「王妃殿下!」

「な、なによ」

「いっぱい教えますんで、いっぱい覚えて、陛下を癒やして差し上げましょう! ね!」

「何で急に乗り気になっているのよ」

「殿下がかわいくて!」


 そう言うと、王妃殿下が顔を真っ赤にしていた。やっぱりかわいい。きっと乗り込んで来たり、側妃とか言い出したのは、強がりだったんだろう。


「ふん、まあいいわ。教えなさい」

「はい!」


 王妃殿下とマッサージの勉強、なんだか楽しくなりそうな予感がする。

 



 王妃殿下に呼び出された翌日から、仕事の合間に王妃殿下に私の知るマッサージを教える時間を設けた。

 王妃殿下はこの一ヶ月ほど、足繁くマッサージ室に通って下さっている。


「御足労いただきありがとうございます」

「いいのよ。私のわがままで仕事を中断させているのだし」


 お昼休憩後、二時間を王妃殿下の勉強の時間にした。

 対外的には王妃殿下の体型維持のトレーニングの為、となっている。

 わりかし不名誉な気がするけれど、王妃殿下が言い出した事だし、たぶん大丈夫なんだろう。

 一応、私の知る限りのダイエットや有酸素運動の話もしておいた。


「そろそろ免許皆伝ではなくて?」

「そうですね、力加減もとても上手になられましたし、そろそろ陛下に施術されて大丈夫だと思いますよ」


 最初は弱すぎて何のマッサージされてるか分からなかった。王妃殿下の腕力がからっきしだと気付いて、いくつか筋トレをしてもらった。

 筋トレが楽しかったらしいのと、元々筋力が少なかったので、めきめきと効果が現れ、予想外にムキムキになってしまった。


「でも、何で腕の筋力をって言ってるのに、腹筋やらなんやらまでするんですかぁ。シックスパックて……」


 ぺったんこな王妃殿下のお腹を見て、ちょっとぽっこりした自分の下っ腹を見て、溜め息が出る。


「やればやるだけ効果が目に見えて現れるの、楽しいじゃない?」


 王妃殿下って思いのほか脳筋なのかも。

 そして、そんな脳筋な王妃殿下と砕けて話せるようになって、楽しいと思っている私がいたりする。呼び出された時は戦々恐々としてたのになぁ。


「わたくしね、反省したわ。噂だけを信じて、マッサージ室を目眩く爛れた部屋だと思っていたのよ。蓋を開けてみれば、猥談なんて全く知らない、純粋にマッサージしてるだけの子だったなんてね」

「……あはは!」

「え? 待ちなさい、なぜ今のタイミングで後ろめたそうな顔をするのよ⁉」


 ――――ぬあぁぁぁ! しまった!


 慌てて笑ったけど、一瞬感じてしまった心苦しさがバレてしまった。


「いえ、猥談……知らなくは無いです」

「なによ、びっくりさせないで頂戴よ」


 目眩く爛れた部屋の方だと思ったらしい。いえ、ここは純粋に仕事をする部屋です。


「異世界の猥談……凄そうねぇ」


 誰よりも純粋無垢そうな顔をしている王妃殿下は割と猥談好きらしい。結構なゲスい笑顔でエメラルドグリーンの瞳を煌めかせている。


「猥談……というか、エロ本……春画? とかが普通に手に入る世界でした」


 エロ本、コンビニに売ってたもんなぁ。十八歳以上しか買えはしないけど。

 友達のお兄ちゃんが買ったやつとかを友達数人でギャァギャァ言いながら見たりしたなぁ。

 それに、普通のマンガ本とかでも結構エッチなシーンは多かったし、コンドームも……あ!


「春画が普通に……?」

「殿下!」

「なっ、何よ。急に大きな声出さないで頂戴よ」

「こちらの世界に避妊具って無いんですか? 男性の性器に被せたりするものとか、避妊薬とか」


 そういえばミカエルさんとナマでしかやった事無いなと思い出した。この前、凄く……出されてたし。


「あぁ、腸詰用の物を被せて避妊するか、外に出すかね。薬は堕胎薬ならあるけれど、あまり体に良くはないわよ。毒だし」


 あるんだ? 腸詰用だけど。あと外で出すのはそんなに意味無いとだけは教えておこう。そして堕胎薬怖っ。

 ついでに向こうの世界の避妊具の話もしておいた。


「そんなに便利な物があるのねぇ!」


 他には⁉ と目をキラキラさせて聞かれてしまった。


「四十何個か体位があったりとか……」

「四十⁉ 全部説明なさい!」

「いや、全部は知りませんよ」


 正常位とか後背位とか、騎乗位とかがよく猥談で聞いてたけど。

 友達の彼氏が全部試そうとか言い出した、なんて話で聞いた事を頑張って思い出した。


「あとは対面座位、背面座位……あ! 男の人が両肩に足を担いで……」

「良く分からないわね。ちょっとやってみせなさい」

「えぇぇ⁉」

「ほら!」


 王妃殿下がベッドに寝転んでしまい、「ほら、早く!」と急かすので、おずおずと王妃殿下の足元に座った。

 王妃殿下の両足をそれぞれの肩に担ぎ、下半身を密着させる振りをした。


「これで殿下が後ろ手で体を起こす感じだったと思います」

「…………良いわねコレ」

「良いわね、って。もぉ――――」


 もう止めますよ、と言おうとした瞬間にマッサージ室のドアが開いた。


「「……」」

「え⁉ お前達、そういう仲になっているのか?」


 ドアから入って来たのは、この所の鉄壁無表情を少し驚きに変えたミカエルさんと、何かを勘違いしてキラキラ笑顔の陛下だった。

 



「なんだ、勘違いか……」


 何で残念そうなんですか陛下。あと、ミカエルさん怖いから睨まないで下さい。


「ほぉ、異世界の体位か! 私にも教えろ」

「えぇぇぇぇ……」

「まぁ! 良いですわね! ご一緒に学びましょう!」


 ぽふんと両手を合わせて頭をこてんと傾げる王妃殿下。まるで、ピクニックにでも行きましょうか! みたいに言わないで下さい。シバキ倒しますよ⁉


「ほら、早く次を教えなさい」


 王妃殿下が堂々とベッドに寝転び、陛下はベッドに乗り、王妃殿下の足元でワクワク顔をして、こっちを見てくる。

 何なんだこの変態夫妻は。

 チラリとミカエルさんを見ると、ドアに鍵を掛けていた。


 ――――やれって事なの⁉


 ミカエルさんの厳しい視線と、陛下と殿下の期待に満ちた眼差しをビシバシ受けながら、しどろもどろに説明した。


「ええっと、次は松葉崩しって名前が有名なんですけど……」


 王妃殿下に右膝を立ててもらい、伸ばしたままの左足の太腿を跨ぐように陛下に座ってもらった。


「そこで殿下の腰を少し横向けて、その……挿入、しやすくして、殿下の右足を陛下の肩に掛けるようにします」


 王妃殿下の足を少し左右に動かしたりすると教えた。イイ所を探すやつだとか聞いた覚えがある。


「ふむ……これは……いいな。で、他には?」

「ほ、他ですか……」


 何がいいのかは聞きたくないからスルーしよう。

 あと私が知ってるのはシックスナインくらいだけど説明は……したくない。


「他には知らないのか?」

「え、あ、はい」

「……本当にか?」


 にこりと笑った陛下の顔がとても悪どく感じたのは私だけだろうか。


「えっと、そそそその、それ以外は知りません」

「明らかに知ってる顔だな」

「ですわね」


 どうやら、見逃してくれないらしい。


「……えっと」


 なんとか逃げられないかなぁと、ドアの所で警備を続けているミカエルさんをチラリと見たら、人でも殺せそうなほどの形相でこちらを……たぶん、私を睨んでいた。


「「アーヤ」」

「はっ、はいっ、その、口では説明がしづらいのと、記憶が曖昧なので…………」

「あっ、ミカエルがいるじゃないの! ミカエルを使えばいいのよ。丁度よかったわね」

「はぃぃぃ⁉」


 王妃殿下、何が丁度いいんでしょうか⁉ 丁度いいの意味を説明して下さい! ぶっ飛ばしますよ⁉ と叫びたかった。

 だけど、いつの間にかミカエルさんが私の真横に来ていて、「ここで私で手を打っておかないと、ラファエラが呼ばれるが、アーヤはそれを望んでいるのか?」と耳打ちして来た。


「……ぇ」


 ――――何でラファエラ様?


 ポカンとしている内に、ミカエルさんがベッドに座ってしまった。


 ――――ほっ、本当にスルの⁉ ミカエルさんと⁉




 次話、0時の投稿で完結です!

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