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4:本当は、私だけを見ててほしかった。




 二人が結ばれたあの日から、半年が経った。

 私は相変わらず王城でマッサージ要員をしている。

 …………私はあの日、ミカエルさんの元から逃げ出してしまった。

 耐えられなかった。

 ターニャと私の間で揺れるミカエルさんを見るのが。

 あの瞬間、私をターニャと呼ぶ声が、アーヤと呼ぶ声よりも……愛おしそうに聞こえてしまったのが。

 ミカエルさんにターニャを返さなきゃと思うけど…………本当は返したくないのがバレるのが怖い。

 繋がる前は、返してあげたかった。大丈夫だと思った。

 でも、繋がって欲張りになってしまった。

 ターニャはもういない。だから、私だけを見ていて欲しい。

 こんな、醜い感情を抱いているのを知られたくなかった。 

 だから、逃げ出して、王城に戻った。ここなら私の仕事があるから。私じゃないと駄目だから。ターニャじゃなくてアーヤを必要としてくれる人達がいるから。

 ミカエルさんは、絶望したような顔をして領地に戻って行った、らしい。




 ミカエルさんから逃げたくせに、今も月に一度だけミカエルさんにお手紙を出している。我ながらなんと往生際の悪い事かと思う。

 相変わらず手紙の返事はもらえない。

 お返事が欲しい。

 でも、それでいいと思っている自分もいる。


「あ、おはようございます、殿下」

「お前……何かやつれてるぞ? 大丈夫か?」

「大丈夫ですよー」

「ミカエルのヤツ、何やってるんだよ」

「知らないです。お手紙の返事くれないので」


 執事さんの問題も解決して、お手紙はちゃんと届いてるはずなのにな。

 バカみたいにイジけて王城に帰ったのが駄目だったのかな。

 追い掛けて来てくれたのに、逃げてラファエラ様に抱き着いたからかな。


「きっと、尻軽な女だと思ったんだろうなぁ」

「いや、たぶん違――――」

「お前達、人の上でぺちゃくちゃと話すでない!」


 殿下が何かモゴモゴ言ってたけど、よく聞こえなかった。

 主にマッサージ中の陛下の苦情のせいで。


「あ、陛下、絵面は最悪で、多少不敬罪ぎみなんですけど、腰がすんごく気持ちいいヤツあるんです。そっちの試してみませんか? まぁ、宰相様に試したら陛下には絶対に駄目って言われはしたんですけどねぇ…………」


 陛下の腰に筋肉が付き過ぎてて、手が痛いから揉みたく無い。

 てか、ここの人達、デスクワーカーなのにムキムキって無意味じゃない!? 何でムキムキなのに腰痛めてんの。絶対に姿勢が悪いんだよ!


「……気持ちいいのか?」

「宰相様は次回も、と」

「やれ」

「はーい。失礼します!」


 ベッドの上で立ち上がって、右足を上げて、陛下の腰を踏みっ。


「む……おぉぉ……コレはなかなか…………広範囲で………………むむむ……もうちょっと強く踏め!」

「ウワァ……」


 殿下のドン引きな声が聞こえたけど、無視。踏み踏み楽だわー。ちょっと不安定だけどね。あ、天井からロープ垂らして貰って、掴まれるようにしようかな。安全対策大切!


「……私も、次回も例のやつで」

「畏まりましたー!」


 予約表に『陛下、例のやつ』で記入した。

 最近、「マッサージしろー」と現れる人が多い上に、バッティングして、位が上の人が優先され、下位の人達は帰ってしまうってのがあったので、予約制にした。

 一枠十五分、最大二枠まで。

 予約制度は今のところ好評のようだ。




 陛下に『例のやつ』のマッサージお勧めした数日後、宰相様にお願いして、『例のやつ』の為のロープを天井に取り付ける改造をしてもらった。

 天井に一本の頑丈な梁を付けてもらい、そこにロープを輪っかで通してもらった。


「ふあー、たった一日で工事できるもんなんだぁ」


 お願いした通りに、ロープをクイクイと引っ張り、梁の好きな場所に動かせるようになっていた。

 まさかお休みの一日で出来上がるなんて思ってもいなかった。

 凄く使い勝手が良さそう! と思いつつ、ベッドの真上にぷらーんと垂れ下がる輪になったロープを眺める。


「んー、でもなぁ。見た目が可愛くない…………あ!」


 最近ハマっているポプリを小さなカゴに入れ、ぶら下げる用のフックを取り付ける。

 ロープにポプリ入りのカゴをぶら下げたが、そもそもロープが妙に無骨だ。余計に可愛くなかった。あと、動かしたらポプリがバラけて落ちた。


 ――――ポプリは却下!


 無駄に掃除をするはめになっただけだった。

 ならば! とお昼休みに城下町に走り、二色の長いリボンを購入して来た。

 ロープとリボンで三編み風にする事にした。

 ベッドに乗って編み編み。ロープは既に梁に通してしまっていて外れなかった。でも、輪っかになっているので、ロープを回転させながらだと編めた。


「よっ、ほっ……おっと」


 ベッドの上は思ったよりもぐら付いた。ベッドでは無く、私の体幹的な問題で。


「あ、よっ、お? おぉっととと……ふんぐっ!」


 ――――ガチャッ。


「っ! ターニャ!?」

「えっ……」


 ちょっとふら付いて、両手でロープを掴んでバランスを取った。ちょっとイナバウアー的な体勢で。

 そんな間抜けな瞬間に、マッサージ室に入ってきた予想だにしていなかった人とロープ越しに目が合って、何とも気不味い空気が流れた。


「……」

「っ、アーヤ! 早まらないで!」

「えっ? 何でミ――――」


 何でミカエルさんが王城にいるの? と聞きたかったのにミカエルさんの叫びに遮られた。


「アーヤッ! 止めるんだ! そんな事しても何も解決にはならない! 早まるんじゃないっ! 私を……私を置いて行かないでくれ! 君なしじゃ生きられないんだ! ……頼む、アーヤ! せっかく王都で…………こんなっ」

「…………え?」


 ――――早まる? 置いて行く?


 ふと手を見る。

 両手で輪を広げるようにして握っている、つい今しがたリボンで飾り付けた、ロープ。

 何か、色々と丁度良い高さと長さの、ロープ。

 何か…………吊れそうなロープ。

 吊っても切れそうにない、頑丈なロープ。


「…………あ。あぁぁあ! いや、いやいや! 違いますからね! 違う違う!」


 慌ててロープを手放してベッドから下り、真っ青な顔をしたミカエルさんに駆け寄った。

 カタカタと震えるミカエルさんの右手を取って、熱を分け与えるように両手で包み込んだ。


「アーヤ…………頼むから置いて行かないで?」

「いや、あの……そのー……」


 ――――ど、どどどどう説明したらいいの⁉




 ミカエルさんが真っ赤な顔を両手で隠して、床に座り込んでいる。

 ミカエルさんが、私の仕事部屋にいる。

 物凄い違和感というか、異物感というか……。

 とにかく、何か変な感じ。


「あの、ミカエルさん……何でここに?」

「…………君を、口説きに」

「――――!?」


 取り敢えず、ミカエルさんに休憩用のソファに座ってもらい、話を聞くことにした。


 ミカエルさんはこの半年、王都にいられるよう領地の運営を任せられる人員の捜索や面接、王都に戻る手配などをしていたらしい。

 その手はずが整って、私に会いに来てくれたそうだ。


「アーヤを傷つけておいて、こんな事して、未練がましく感じるだろうけど…………どうしてもアーヤに伝えたかったんだ」

「はあ……」


 ミカエルさんがゴソゴソとポケットを探って、ベルベットの巾着のような小さな袋からペアになっているシンプルな銀の指輪を取り出した。そして、片膝立てて跪き、小さい方の指輪を私に差し出して来た。


「え……」

「アーヤ、愛しています。結婚して下さい」

「…………えっ」


 金色のサラサラの髪が揺れ、オレンジキャンディな瞳が煌めいている。

 誰もが蕩けそうな笑顔を私に、私だけに向けてくれている。

 好きな人から求婚されている。

 なのに………………何で嬉しく無いんだろう。何で、喜べないんだろう。


「アーヤ?」

「ぅっ、ヒグッ……ウェッ、ヒグッ…………」


 何で、こんなに悲しいんだろう。

 何で、こんなに心臓が潰れそうに痛いんだろう。

 何で、こんなに涙が出てくるんだろう。

 色んな感情に押し潰されそうになるのを必死に我慢した。両足で立って、両手握り締めて、座り込みたいのを必死に堪えた。


「アーヤ……喜びで、泣いてないよね?」

「っ…………ミッ、ミカエルさんの事っ、好きです。何もかも解らない状況で、助けてくれて、優しくしてくれて、微笑みかけてくれて…………恋しないの無理でした」

「うん」

「ミカエルさん」

「何だい?」

「私、ターニャじゃないんですよ?」

「うん」

「返せないかもしれないんですよ?」

「……うん」

「私、本当はっ…………」


 言わなきゃ。

 ずっと言わなきゃって、思ってた。ちゃんと目を見て言わなきゃって。


「わっ、私、本当は、ターニャの事なんて思い出したくない!」

「アーヤ……」

「ターニャなんて知らない! そんな指輪いらないっ!」

「アーヤ、何で!? 私の事、好きだと言ってくれたじゃないか!」


 ミカエルさんが勢い良く立ち上がって、私の両方の二の腕を横からギリッと掴んできた。ミカエルさんの泣きそうな顔が近い。腕が痛くて、目を合わせるのが怖くて、ギュッと目を瞑った。


「嫌、離して……」

「ターニャ! 何――――」

「そこまでです!」


 ダァンと扉が開く音と共に、張りのある低めの声が聞こえた。

 そろりと目蓋を押し上げると、ミカエルさんの後ろに剣を構えたラファエラ様がいた。

 ラファエラ様はミカエルさんの首に鞘付きの剣をあてていた。


「邪魔するなと言ったが?」

「貴方はもう上官では無いので、命令に従う必要はありません」

「……恋人達の、個人的な話し合い中だが?」

「本当にそうでしょうか? 男が、女性の腕をそのように握り潰すのを、話し合いと呼ぶのでしょうか? 女性を恐怖に陥れる事を、話し合いと呼ぶのでしょうか?」

「っ! ターニャ、すまない! 痛みは無いかい? …………ターニャ?」


 咄嗟に出るのは『ターニャ』なんだよね。この部屋に来た時も『ターニャ』って呼んでたもんね。


「アーヤ、こちらにおいで」


 ラファエラ様が天使みたいに微笑んで、手を差し出してくれた。そっと手を伸ばそうとしたら、ミカエルさんに抱き締められた。


「…………ミカエルさん? 離して下さい」

「嫌だ。何故逃げるんだ」

「貴方、気付いていないんですか? 先程からアーヤを『ターニャ』と呼んでいますが。その度にアーヤが苦しそうな顔をしているのに、気付いて無いのですか?」

「っ…………」

「アーヤ、こちらにおいで」


 身を捩ってミカエルさんの腕の中から抜け出した。

 ラファエラ様に差し出された手を握ると、ヒュッと引っ張られて抱き締められた。

 ……思いのほか硬かった。

 ポヨンとしてそうだとか勝手に思ってた。いや、男の人なのは解ってるのにね。何でかお胸がありそうな気が、ね。


「アーヤ、泣いていいんですよ」

「っ、う……うん……」


 ラファエラ様の胸の問題に気を取られ過ぎていて、涙が引っ込んだなんて、さすがに本人には言えなかった。

 好きな人の前で、一応、多分、男の人に抱き締められているのは流石に駄目だと思うので、ラファエラ様からそっと離れた。


「アーヤ、こちらに戻って来てくれないか?」


 ミカエルさんが険しい顔で右手を差し出して来たけど、どうしたら良いのか解らない。


「えっと…………その……」

「アーヤ」

「あの……その…………」

「「アーヤ」」

「っ!」


 ――――何でラファエラ様まで急かして来るの!?


「ほ、保留! 保留でお願いします! ミカエルさん、ごめんなさい!」

「え、ちょ……アーヤ⁉」


 ミカエルさんとラファエラ様の背中をぐいぐい押して押して押しまくって、マッサージ室から追い出して、扉を勢い良く閉めた。


「……追い出しちゃった! てか……保留して、その後は⁉ 私、どうしたらいいの?」


 ドアの前で踞り、頭を抱えてボソボソと呟いてみたけれど、誰も答えてくれるわけもなく、ただ妙に恥ずかしいだけだった。




 ◇◆◇◆◇




 アーヤに求婚しに王城のマッサージ室に来た。

 色々あって、『保留』と言われた。そして物凄い力で部屋から押し出された。保留って何なんだ?


「保留とはどういう意味だと思う?」


 隣に立っている、一緒に追い出されたキラキラしい男に尋ねてみた。そもそも、こいつが乱入して来たから保留にされた気がする。


「ごめんなさい、と言っていましたので、ワンクッション置いて断る為の保留でしょう」

「私はお前のせいで保留されたと思ったのだが?」

「貴方は本当に周りが、と言うか彼女の事を何も見ていませんね」

「…………お前に何が解る」

「ハッ! 貴方よりは、遥かに」


 それだけ言うと、音もなく歩き立ち去って行った。

 マッサージ室に向き直り、ノックをしようとしたが、流石に今はそっとしておくべきかと諦めた。




 領地を遠縁の親戚に譲る為、陛下から許可を得たり、親戚を尋ねて面談し、適任の者を探し出し、教育するまでに半年掛かった。

 毎月一通だけ届くアーヤからの手紙を支えに頑張った。


『 ミカエルさんへ


 この前は感情的になってすみませんでした。

 逃げて、追い返して、ごめんなさい。

 ガントレット様から、ミカエルさんがとても落ち込んでいたとお伺いしました。

 少し、気持ちを整理する時間が欲しかったんです。

 わがままばかり言ってごめんなさい。

 

 ミカエルさんが好きです。

 この気持ちだけは、絶対です。


 アーヤより 』 


 あまりにも嬉しくて額縁に入れた。




『 ミカエルさんへ


 お元気ですか?

 私はとっても元気です!

 マッサージの口コミが広がったようで、騎士様方がたくさん来られるようになりました。

 時々、陛下や宰相様とバッティングして帰ってしまわれるのが申し訳ないです。


 ミカエルさんは領主様のお仕事順調ですか?

 夜会やお茶会、ちゃんと出られてますか?

 無理なさらず、夜はしっかりと寝てくださいね。

  

 アーヤより 』

 

 取り敢えず、騎士全てを呪った。

 お前達はアホみたいに体力あるんだから、空き時間は馬車馬のように訓練だけしていろ。




『 ミカエルさんへ


 寒くなって来ましたね。

 風邪は引かれてないですか?

 喉に違和感や、咳が出て来たら暖かくして、レモンやオレンジ類を食べて下さいね。

 あ! はちみつなんかも良いらしいですよ。

 って、領主様だからお医者様に相談すればいいんですよね。

 えへへ。

 ……文字で照れると、馬鹿みたいですね! えへへ。


 私は最近編み出した、マッサージの施術時間枠作りに奮闘してます。

 いつか、また、会えた時には、お見せしたいです。

 いつか、また、会えますか?


 アーヤより 』


 必ず、必ず会いに行く。会いに行って抱き締めるから!

 



 アーヤの手紙を思い出しつつラファエラの少し後ろを歩いていたら、ラファエラが話しかけてきた。


「……ところで、本当に新人騎士としてやり直すんですか?」

「あぁ。それが陛下との約束だからな」

「……まぁ、精々頑張って下さい」


 アーヤと共にいるためなら、何だってするさ。新人騎士からやり直して、王城勤務、そして近衛騎士にまで戻ってみせる。




 ◇◆◇◆◇

 



 ミカエルさんがマッサージ室に乱入して来てから、二ヶ月が経った。

 ミカエルさんは私がお休みの日以外、毎日と言っていいほどマッサージ室に来るようになった。

 マッサージを受けるのでは無く、休憩時間にソファに座って一緒にお昼を食べたり、お茶をする為だけに。


「ミカエルさん、今日のは甘めの紅茶ですが、お砂糖はどうされますか?」

「私のは無しで大丈夫だよ」

「はーい」


 テーブルに紅茶を二杯置いて、ミカエルさんの横に座って、お弁当を広げる。


「今日もありがとう」


 ちゅ、と頬に触れるか触れないかのキスをされた。

 初めの頃はそっと避けたり、抵抗したりしていたけど、どうあっても一回はキスしたいらしく、避けると意地でもしようとしてくる。

 不意打ちでディープなものをされて、体力と精神をゴリゴリ削られるよりはと、無駄な抵抗を止めて軽傷で済ませるようにした。


「アーヤのお弁当はとても美味しくて、幸せの味がするから、午後からの仕事も頑張れるよ」

「ありがとうございます」


 部屋に小さなキッチンが付いているので、お昼はいつもお弁当を持参していた……のだけれど、それを知ったミカエルさんが食べたがって、なぜかミカエルさんの分も毎日作るようになった。


「このふわふわのタマゴヤキ、毎日食べたい」

「毎日は飽きますよ?」

「ふふふ、そうかなぁ?」

「そうですよ」


 なんて穏やかに話しつつお昼ごはんを食べているけれど、ミカエルさんが領主様の地位を捨て、騎士に復帰したと聞いた時は耳を疑った。

 遠縁の親族に領主様の地位を譲ったと言われたのだ。もともと騎士様で、騎士に戻りたかった、新人の騎士様からやり直すんだ、と楽しそうに言われてしまうと、頑張ってくださいね、としか言えなかった。


「毎日アーヤに会えるなんて、なんという幸せなんだろう……」

「……」


 たぶん、ミカエルさんは私の側にいる為に騎士に戻ったんじゃないかと思っている。自意識過剰かもしれないけど、あながち間違ってはいないとおもう。

 ただ、私の為なのか、ターニャの為なのか、と言われるとターニャの為な気がしてしまっている。


「アーヤ?」

「あの……ミカエルさん…………この前の事、聞かないんですか?」


 ――――プロポーズを保留にした事。


 聞いて後悔した。

 ニコニコとお弁当を食べていたはずのミカエルさんの瞳があまりにも悲しそうに揺れるので、聞くべきじゃ無かったんだと悟った。ミカエルさんの顔をこれ以上見ていられなくて俯いた。膝の上でモジモジと動かしている自分の手を眺めた。


「……アーヤ」

「っ、ごめんなさいっ! その、自分でも何を聞きたいのか、何を話したいのか、良く分からないのに……」


 好きなのに、凄く凄く好きなのに、プロポーズには応えたくない。ミカエルさんの目を見るのが怖い。


「アーヤ」

「ごめんなさいっ」

「アーヤ、私はアーヤを困らせたいんじゃ無いんだよ。あ! ねえ、アーヤ! 今度の休みにデートしよう?」


 ミカエルさんが急に変な事を言うもんだから、ガバリと顔を上げてしまった。

 見たくなかったはずの、キラキラなオレンジ色の瞳と視線が合ってしまった。


「デートしよう! ふふっ、アーヤと初デートだね! ねぇ、どこか行きたい所はあるかい? ふふふ、楽しみになって来たね?」


 まだ行くとも言っていないのに、ミカエルさんの中では決定事項になってしまっているようだった。

 



 デートって雰囲気を味わいたいからと、城門前で待ち合わせになった。

 今日は平民街の方に行くから、普段着でおいでと言われたので、紺色の普通のワンピースにした。歩くのならと靴はペッタンコのやつ。

 待ちあわせ十分前に城門に向かったら、既にミカエルさんがいた。


「アーヤ!」


 白いシャツとちょっと短めの濃灰のベストと黒のスラックス。そして、肩から斜めに下げた綿のバッグ。

 騎士に戻ってからは高い位置で結ぶようになった髪の毛、でも今日は以前みたいに首元で緩く結ばれている。

 普通の格好なはずなのに異様なほど高貴感を垂れ流している。そして、綿のバッグが異常に浮いて見える。似合ってない。

 何か、一発で『お貴族様』ってバレそうだなぁと思いつつ走ってミカエルさんの元に向かった。


「お待たせして申し訳ありません!」

「ふふっ、走ると危ないよ? アーヤとのデートが楽しみで早く来てしまっただけだから、謝らないで?」


 コテンと首を傾げてにこりと笑顔を向けられた。恐ろしい程にキラキラしくオレンジ色の瞳が輝いている。笑顔だけで数人の命を奪えそうな気がする。


「アーヤ?」

「はい?」


 ちょっと薄目でキラキラを避けていたら、呼ばれたので慌てて現実に戻って来た。

 ミカエルさんが右手を差し出して来ているので、握れって事なのだと思う。そっと手を重ねると、指を絡めて恋人繋ぎにされてしまった。


「ふふっ、顔が真っ赤だよ?」

「っ、その、こういった繋ぎ方は……その、こっ、恋人が……するものです」


 だから離して、と言おうとしたら、手を持ち上げられ、手の甲にチュッとキスされてしまった。


「ん、そうだね。さ、行こうか」

「えっ……」


 結局、指を絡めたまま歩くらしい。

 城下町には直ぐに着いた。広場の市を見たり、商店街のような所のお店に入ってみたりした。


「わっ、レターセット可愛い!」


 ミカエルさんが文具店に立ち寄りたいと言って連れて来られたのは、とてもファンシーな文具店だった。もちろんベーシックな物も売ってあるのだけれど、半分以上は乙女チックな柄でピンク色だったりと、ふわふわしたデザインのものが売ってあるお店だった。


「この店は気に入ったかい?」

「え、はい」


 ミカエルさんが横でにこにことしているだけなので、何かを買いに来たんじゃ無かったのかと確認すると、予想外の答えが返って来た。


「アーヤが気に入った便箋を買って、アーヤにお手紙の返事を書きたいなと思ってね。どれが気に入ったかな?」

「っ――――」


 あまりにも予想外過ぎて、言葉が詰まり、喉の奥と目頭が熱くなった。涙が出そうで、慌てて目をぎゅうっと閉じた。


「アーヤ?」

「っあ……その、これが……」


 薄いピンク色で、角にアーモンドの花であろう絵が控えめに描いてあるものを指した。

 ミカエルさんがふんわりと笑いながらそれを左手で取って、絵の所を右手でそっと撫でていた。


「そういえば、アーヤの封蝋もアーモンドだったね。好きなのかい?」

「はい、とても……とっても好きです」


 だって、アーモンドの花が桜に似てるから。

 考えないようにしていた。帰りたいって思わないようにしていた。

 でも、恋しい。家族が、友達が、食べ物が、とても恋しくなる。

 なんてこと無い当たり前の風景が見れなくなるなんて、思ってもみなかった。




 元の世界を思い出してしまって、少し沈んでしまったものの、ミカエルさんと手を繋いでデートを再開した。

 色々な出店を覗いて、お昼はピタパンにお野菜やお肉を挟んであるものを食べた。


「ミカエルさんもこういった出店のものを食べるんですね」

「騎士見習いから始めたからね。昔は自炊だってしていたんだよ」

「えぇ⁉ 自炊ですか⁉」

「簡単なものしか出来ないけどね。スープとか肉を焼くとかくらいかな」


 そういえば、ミカエルさんってほんわかした見た目に反して、もの凄い肉食だし結構いっぱい食べてるなー、とは思ってたけど、騎士様だからなのかな?

 そして、今もピタパンサンド三個もペロッと食べてるし。


「騎士様っていっぱい食べるんですね」

「ん? ガントレットの事?」

「いえ、ミカエルさんの事です」

「んー、私は普通くらいだよ。ガントレットはここのだったら六個は食べてるね。ラファエラは私と同じくらいかなぁ」


 ――――ラファエラ様でさえも三個も食べるんだ⁉ 


「さ、食べ終わったんならあそこの店を見てみよう!」


 ミカエルさんが指し示したのはアクセサリー屋さんだった。

 こぢんまりとしていて、クリーム色に近い木材を使ってあるお店で、中に入ると優しそうな店員のお姉さんが出迎えてくれた。


「うわぁ、かわいい」


 元の世界ではありふれていた金属加工の髪飾りやビーズのブレスレットとかだったけど、こちらでは割と凄い技術らしい。お姉さんが鼻息荒く、どんなに凄いのか教えてくれた。


「これだけのものが平民でも買えるようになったのよぉ!」

「へぇー」

「王妃殿下がもっと女性におしゃれを! って色々と活動して下さっているの」

「ほえー」


 お姉さんの話に割と適当な相槌を打っていたら、ミカエルさんが急に私の前髪を端に寄せて、ヘアピンのような物を付けてきた。


「へ?」

「ん、これを貰おう」

「あら……あらまぁ! うん、似合ってるわね」


 何を付けられたんだろうと前髪に手を伸ばそうとしたけど、やんわりと止められた。

 目を上の方にぐりぐり動かしても見えなかった。

 鏡を探そうとすると、なぜか邪魔された。


「似合ってるから、そのままで。ね?」

「っ、はい」


 異様にニヤニヤした店員のお姉さんに見送られてお店を後にした。




 夕方になったのでそろそろ帰るのかなと思っていたら、ディナーを食べてからと言われた。

 ディナーなんて言われたから身構えたけど、ちょっとお洒落めのバルって感じの所に案内された。


「――――と、こっちの若鶏のグリルも頼むよ」

「はい、かしこまりましたぁ」


 メニューを見ている振りをして、サクサクと注文していくミカエルさんを横目で見た。

 店員のお姉さんはちょっとだけ目がハートになってた。


「アーヤ、乾杯しよう?」

「はい」

「君との初デートに」


 キザだなぁ、なんて思いつつも、顔が熱を持つのは止められない。

 誤魔化すように、ミカエルさんお勧めの白ワインに口を付けた。


「あ、甘くて美味しい!」

「ふふっ、良かった。でも、アルコール度高いから飲み過ぎは駄目だよ?」

「はい」


 アウラ様の所でお酒デビューして……いや、ターニャの時に既にデビューしてたらしいけど、今の私は覚えてないし。きっとアウラ様の所で、がデビューでいいはず。

 アウラ様の所では時々赤ワインは飲んでたけど、白ワインは初めてだった。


「あぁ、彼女は赤ワインが好きだったね」

「はい。時々、寝酒用のホットワインをご相伴させて頂いていました」


 ホットワインってとても飲みやすいし、体が温まるから好き。そういえば最近飲んでないなぁ。なんて思いながら甘い白ワインを更に口に含んだ。


「アーヤ、飲むペースが少し早すぎるよ」

「大丈夫ですよー。私、酔った事ありませんもん」


 その後もミカエルさんとの会話を楽しみつつ、おつまみに近い料理やお酒を堪能した。




 次話は22時頃に更新します。

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