表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/7

2:記憶って戻る?




 ◇◆◇◆◇




 欠席不可の夜会から戻ったら、ターニャが消えていた。


「ターニャはどこへ行った⁉ どうやって……」

「気付いた時にはもぬけの殻で、部屋の机にこちらのメモだけがありました」


 執事のゼストから渡されたメモ紙を見る。


『 ミカエルさんへ


 助けてくれて、ありがとうございました。

 目覚めて何も覚えてなくて、凄く不安だったけど……

 ミカエルさんがいてくれたから耐えられました。


 急に出て行く事になってごめんなさい。』 


 それだけが書かれていた。

 その日から、私は絶望の中で生きた。

 ただ仕事だけをして生きた。




 ターニャがいなくなって二月(ふたつき)が経った。

 毎日がただ流れるように過ぎて行く。

 記憶を無くしてしまった私のターニャ。

 また初めからになったとしても、ターニャと歩みたいと思っていたのに。

 …………彼女は消えてしまった。

 ターニャが消えたとどこからか聞き付けた親戚達から、結婚はまだかと言われる。頼んでも望んでもいない釣書が大量に送り込まれてくる。


「こちら、ロンスター様からの釣書でございます」

「燃やしておけ」

「ミカエル様っ! いい加減諦めて下さい! 彼女はもう戻っては来ないのですよ!」

「…………」




 それから暫くしてゼストから手紙を渡された。アーモンドの花だろうか。几帳面に押された封蝋をナイフで開け、手紙を開く。


『 ミカエルさんへ


 お元気ですか?

 侯爵様のお仕事、頑張り過ぎていませんか?

 ちゃんと眠っていますか?

 お茶会や夜会で嫌な思いはしてませんか?

 私に話してくれていたように、誰か他の人に話してスッキリして下さいね。

 

 私は、とても楽しくやっています。

 ちゃんとお礼も言わずに出てしまったので、ミカエルさんが怒ってないかなって……ちょっとだけ心配です。』


 そこで切ったように終わっている不自然な手紙。

 封筒にも手紙にも名前は書かれていなかったけど、間違い無くターニャからの手紙。

 私の事ばっかりで、自分の事は何も教えてくれないターニャの手紙。

 

「ターニャ、怒ってなんていないよ? だから、戻って来てくれ…………ターニャ」


 住所を書いてくれないと、返事を送れないじゃ無いか。探せないじゃ無いか。君は一体どこにいるんだい? 本当に元気で楽しくやっているのかい?




 それからの二年間、毎月必ずターニャから手紙が来た。

 手紙は相変わらず不自然に途中で切られていた。だが、封蝋は私が開けているし、我が家の住所もターニャの美しい字で書いてあるのだから、何かしらの理由から自ら余白を切っているのだろうと思っていた。

 私に手紙を送る為に、少しでも節約しようと便せんを半分に切っている、とか……。

 そこまでしてでも私に手紙を書こうと、書きたいと思ってくれているんだ、なんて……ほぼ妄想のような想像をしては喜んでいた。

 ……あの日までは。

  



 ゼストが使いで出ている時に郵便屋が手紙の束を持って来た所に出くわした。

 メイドが受け取っていた手紙の束をちらりと見たら、ターニャがいつも使っている封筒が見えた。またいつもの通り、私ばかりを気にし、自分の事は一切教えてくれない手紙なのだろう。

 だが、それでも、封筒が見えただけで心臓が甘く締め付けられるほどに、待っていた手紙。

 手紙の束からターニャからの手紙を抜き取り、執務室に戻って封蝋を開けた。


『 ミカエルさんへ


 お元気ですか?

 また春がやってきましたね。

 ミカエルさんのお屋敷のお庭は、花が咲き乱れていい匂いがするんだろうなぁ。

 

 今日はお知らせがあります。

 折角執事さんに紹介して頂いたアウラ様のお屋敷ですが、先日、アウラ様が急に亡くなられました。

 ご親族様より、継続しての雇用は厳しい、との事でお屋敷を出て行く事になりました。

 以前知り合った方が王都にいらっしゃり、何かあったら相談しろ、と言われていましたので、そちらに向かってみようと思っています。


 お手紙のお返事はいりません。…………もし、ミカエルさんがお手紙を書いてくれた時、入れ違いになったら悲しいから、ですからね!

 本当は……凄く、欲しいです。


 新しい住まいが見付かったら、お知らせします。

 だから、どうか、その時は…………一度だけでも。


 アーヤより 』 

 

 ――――どういう事だ!? アーヤ?


 手紙にはアーヤと書いてあるが、ターニャの字だ。

 いや、それよりも、執事が紹介した? アウラ様? アウラ伯母様か? 先月葬儀に行ったが。……そこに、いた、だと? 解雇されただと? 一体、何がなんなんだ!

 金槌で殴られたように痛むこめかみを押さえ、深呼吸してターニャの手紙をもう一度良く見る。


「余白がある、綺麗な一枚の便せん。……署名も、ある。……一度だけでも?」


 手紙はいつもゼストから受け取っていた。

 必ず、ゼストが手渡しして来ていた。

 それは、私がターニャの手紙を心待ちにしていると理解していたからだと思っていた。だから、他の手紙に混ぜずに手渡ししてくれるのだと。


「…………」


 ゼストの部屋へ行き、引き出しを漁る、棚と言う棚を探る、本を全て手に取る。

 一冊だけ、シークレットボックスになっている鍵付きの本を見付けた。

 鍵を壊し、恐る恐る開く。


「っ!」


 ターニャからの手紙の切れた続きの部分が何枚も入っていた。アーモンドの花の印と、封蝋、そして、アーモンドの花が歪に押された封蝋だけの部分。

 瞬時に理解した。

 ゼストが裏切っていた。ゼストがターニャの手紙を改ざんしていた。ゼストが私より先にターニャの手紙を開いていた。ゼストが封蝋を剥がし、閉じ直していた。




 執務室にボックスごと持ち込み、今までの手紙と照らし合わせる。

 初めての手紙には遠くて気軽に会いに行けないと書いてあった。

 私に会って色々話したいと。

 名前はターニャよりアーヤの方が本名に近いと……。

 次からは、アウラ伯母様の事や、町での事が色々と書いてあった。私に話したい事が沢山増えたと書いてあった。

 私の笑った顔が見たいと。

 最近は目を瞑っても、ぼんやりとしか思い出せないと。

 そして、半年ほど前から、文末に『お手紙、待ってます』と小さな小さな文字で書くようになっていた。

 彼女の寂しさが伝わって来て、心臓が締め付けられた。


「ター…………アーヤっ、私もだ。私も、会いたいよ――――」

「ミカエル様っ!? そ、それは!」

「あぁ、ゼスト。お前には色々と聞きたい事が出来たんだ」

「ミッ、ミカエル様……これには訳が……け、剣をお納めください」


 ――――剣? あぁ、いつの間に抜いていたんだろうね?


「ねぇ、ゼスト、初めから、きちんと話してくれるよね? 私は気は長い方なんだ。どれだけ長くなっても怒らないから、話してくれるよ、ね?」

「っ、はい……申し訳、ございませんでした」




 ◇◆◇◆◇




 アウラ奥様が亡くなられた。

 初めは季節柄の風邪だったのに、肺を患い、そのまま眠るように亡くなられた。

 ご子息様が葬儀の準備に来られた時に、私達使用人は解雇となった。

 高齢の執事さんはそのまま引退を。シェフさんは食べ物屋さんでも開こうかなと話していた。

 私は以前船で乗り合ったあの坊っちゃんに会いに行こうかな、と思った。

 本当はミカエルさんの所に行きたいけど、王都のほうが随分と近かったのと、旅費などの問題もあったのだ。

 今度は王都で仕事を見付けて、もっとお金貯めて、いつかミカエルさんにお礼をするんだい!

 心機一転! って事で、無駄に長かった髪の毛をボブにした。

 ちょっと『呪いの日本人形』から『こけし』にジョブチェンジしてしまったけど、まぁ、たぶん、誰にも分からないネタだろうからいい。

 この勢いで王都を目指すぞー! おーっ!




 王都は以前に乗った帆船で二つ先の港だった。

 船から降り、王都の平民街に入る。坊っちゃんが、門兵に名刺渡せって言ってたけど、たぶん貴族街の方の門兵さんだよね? だって、平民街の門兵さん、兵士って言うか、自警団だったし! いや、強そうだったけども。


「見ない顔だな? 観光か? この先は貴族街だ。働きに入りたいなら先ずは紹介所に行きな」

「紹介所、なるほど。駄目だったらそっちに行ってみます!」


 先ずは坊っちゃんにお伺いしてみよう。二年も経ってるし、忘れられてそうだなー。


「あの、これを兵士さんに見せれば自分の所に連れて来てくれるから! って言われたのですが……」


 坊っちゃんのミミズののたくった字が書かれた名刺を見せる。


「「なっ!?」」

「へ?」

「あんた、コレをいつどこで手に入れた?」

「え? 二年前、帆船で乗り合わせて、お世話して、坊っちゃんからもらいました。ミミズののたくった字は本人が書きました」

「「…………」」


 お願いだから疑わないでぇ!

 ほらもぅっ、坊っちゃんのせいでニセモノ的な疑いかけられてんじゃん。何でミミズ字で書いたのぉぉ。


「おい、どう思う?」

「確かに、時期は合うぞ」

「いや、しかしこの字では……」

「だが、コレ本物だぞ?」

「「…………」」

「まぁ、一応お伺い立ててみるか……」


 やった! 後は坊っちゃんが忘れてなければ、きっとたぶん大丈夫。


「……」

「…………」


 きっ、気不味い。


「あのー、食べます?」


 移動の間に食べようと思っていたクッキーを兵士さんに差し出す。

 作り方はイマイチ覚えてなかったけど、アウラ様やシェフさん達と試行錯誤して作り上げたクラッシュナッツたっぷりのチョコクッキーだ。お腹に溜まって良い。

 アーモンドスライスを作ろうとして指を盛大に切ったのも今では良い思い出だ。


「何だそれ」

「以前雇われていた所で作ったクッキーです。材料をすべて処分するって言われたので、山のように作って持って来たんで、余ってるんです」

「へぇ、なんでだい?」

「奥様が亡くなられたので……」

「あー、何だ、大変だったな?」

「はい。でも、久し振りに坊っちゃんの存在思い出して楽しくなりました!」

「…………扱い雑だな」


 だって、興奮しすぎて平面でコケる残念な子だもの。


「うおっ! うまっ! 何これ!」

「ふっふっふ、美味しいでしょう? なんと、材料が奥様用なので、すべて高級品なのです! ふふん!」

「マジか!」


 謎の鼻高々をやっていたら、お伺いに行っていた兵士さんが戻って来た。馬車で。


「急いでお連れしろとの事だ! ねぇちゃん、乗りな!」

「えぇっ!? は、はいっ」

「ちょい待ち! クッキーまだあるか?」

「あっ、はい。どーぞ」


 十個ずつ紙袋に入れていたので、それを一袋渡した。そうしたら、銀色の小さな貨幣をくれた。


「サンキュー!」

「えっ、でも……」

「良いんだよ、ほら、行きな!」

「あ、はい! ありがとうございます!」


 銀色の小貨幣は三千円くらいの価値がある。材料費とかタダだったのに、めっちゃお金もらってしまった。次に見掛けたら何か差し入れしよう!

 



 目の前にそびえ立つ異様に立派な建物を、口をぽかーんと開けて見上げた。


「…………あんのぉぉ」

「何だ?」

「ここ、お城とか、王城とか、言いません?」

「お城だな。そして、王城だな」


 ですよねー。なんか、ほんと、お城! って感じだもん。

 これ、もしや牢獄にポンッと入れられるパターンじゃ!?


「お連れしました!」

「ご苦労。ここからは私が請け負おう」

「はっ!」


 門兵のお兄さんは、何かごっつい甲冑の騎士さんに私を丸投げして帰って行った。爽やかな笑顔で。

 覚えてろよー! クッキーの差し入れ、お兄さんには無しにするからなー!


「久しぶりだな。あの時より少し大きくなったか?」

「? ……どちら様でしょうか?」

「……あれ? あ、そうか、すまんすまん」


 甲冑のヘルメット……兜? の、サンバイザー? 的なやつ、あれをガションと上げて顔を見せてくれた。


「……?」


 だから何なのだ。青い瞳が美しいとか褒めたらいいんだろうか?


「あーもー!」


 騎士さんは兜を外した。


「お?」


 どこかで………………。七三分けにしてぺったりさせたら……あっ!


「旦那様!」

「そうそう!」

「わぁ、騎士様だったのですね! お坊ちゃまはお元気でしょうか? ついつい、お言葉に甘えて来てしまいました」

「おぉ。殿下に報告したら、嬉しそうにしていたぞ!」

「ん? 何で殿下? 殿下って、誰ですか? 私は旦那様のお子様に会いに来たのですが……」

「……あー! 知らずに来たのか! 逆にすげぇな」


 何か、旦那様の印象が違う。いや、船での印象はゲロゲロしか無いけども。


「まぁ、ちょっと付いて来な」

「は、はいっ!」


 甲冑姿の旦那様の後に続いて王城に入り、てくてく……パタパタ……ダダダダダダッ。


「だ、だん……っ、旦那さまぁぁ、ちょっと、少し、スピードを緩めていたっ、だけると……」

「おぉぅ、すまん」


 置いて行かれそうで頑張って走ったけど、リーチの差が埋められなかった。

 ゼーハーしながら案内されたのは、何か豪華なサロンだった。ミカエルさんのお屋敷よりも更にきらびやかだ。すべての装飾に『触るな危険!』のポップアップウィンドウが見える気がする。


「アーヤ! 久しいな!」

「?」


 取り敢えず偉そうな青年が現れたので、主従の礼を取った。


「いや、間違ってはいないが、何か違うだろう!?」

「!?」


 偉い人の前では口を開くなが鉄則なのに、何か話し掛けられてる?


「お初にお目にかかります……」


 で、誰なんだろう? 金髪に翡翠色の瞳の青年をポカンと見る。

 こんなシュッとした青年の知り合いなんていませんがな。知ってるのはちんちくりんのドジっ子くらいですがな……。


「お前、本当に失礼なヤツだな! バカ者め!」

「お?」

「お?」

「お坊っちゃんんんんっ!?」

「「遅っ」」


 あれ? 何か二人からディスられた? と隣を見たらいつの間にかカッコイイ騎士様の服を着た奥様までいらっしゃった。


「わぁ、奥様お久しぶりです。素敵な格好ですね!」

「ブフォッ! あ、すまん、睨むな! すまないって!」

「アーヤ、私は男だ」

「えぇぇぇっ!?」


 銀髪サラサラストレートヘアーに赤茶色の瞳、ぷっくり膨れたピンク色の唇、目元の泣き黒子。どう見ても綺麗なお姉さんなのに!? 騎士様みたいなスーツのおかげで、男装の麗人みたいなのに!?

 ってか、奥様じゃ無いの!?

 ってか、ミカエルさんより美人だよ!?


「坊っちゃんの成長速度より、奥様じゃ無かったインパクトの方が酷い……」

「お前はほんと、一言多い!」


 ズベンと頭を叩かれた。すっごく痛かった! 坊っちゃんの手を見たらハードカバーの本が握られていた。


「ちょ、本で人を叩いたらいけませんって! 習わなかったんですか!?」

「記憶に無い」

「旦那さまっ!?」


 隣の甲冑を着た旦那様を睨んだら「俺、まだ旦那様だったのかよ!」となぜかびっくりしていた。


「ソレは父親じゃない。父親はこっちだ」


 坊っちゃんが親指で指す斜め後ろの壁に掛けてある豪奢な絵。


「……またまたぁ! それくらい私でさえも知ってますよ。そちらは国王陛下ですよ? あ、割と似てますね! でも騙されませんよー」

「「……」」

「くっくっく。お前、ほんと凄いな! 本当にバカで楽しい!」

「褒めてます?」

「褒めてる褒めてる。俺の父親は、その国王陛下だ」

「…………こちらは?」


 恐る恐る甲冑の騎士様を両手で示すと、吹き出しながら護衛だと教えてくれた。奥様もとい、美麗の騎士様も護衛だそうな。


「もしかして、もしかすると、王子殿下だったりとかしちゃったりとかしちゃいます?」

「だったりしちゃうな」


 取り敢えず、ズベシャッとスライディング土下座した。


「「!?」」


 三人ともに、ドン引きされましたっ。




「ひぃーっ、ひゃはははははは! 死ぬっ、腹が痛くて……死ぬっ! ひぃーっ!」


 只今、ワタクシ、アホみたいに笑われておりまする。


「笑いすぎですよ殿下。ほら、アーヤも頬の膨らみを凹ませろ」

「……だって」

「ほら、アーヤ、おでこをみせて? あーあ、赤くなってる」


 やばい。美人過ぎて目が潰れる。この人、顔面凶器です!

 甲冑の騎士様はガントレットさん。なんか名前まで厳つい。

 私のおでこを撫でてくれている美麗の騎士様はラファエラさん。あれ? ラって女性名じゃ無いの?

 そして、何だか急成長をしたクリスティアンお坊ちゃまもとい、殿下。

 なぜかその三人とサロンでお茶会をしている。


「で? なぜ二年も経って訪れた」

「出仕先のアウラ奥様が亡くなられて無職になりました!」

「アウラ? あぁ、ハールス家のか。つい先日訃報が入っていたな。で?」

「雇って下さい!」


 殿下は足を組んで悩んでいた。何か、駄目っぽい?


「お前に何が出来る?」

「ある程度の家事、お菓子作り、マッサージ?」

「「……」」

「マッサージとは、どの意味のだ」


 ――――どの意味?


 どの意味も何も、マッサージはマッサージだけど。


「殿下、きっと邪推ですよ。この子、キョトンとしていますよ」

「どの……うーん。あ! 肩こりと、腰痛が得意です。足裏も結構人気でしたよ!」

「…………腰痛、な。ちょっと爺を呼んで来い」

「はいっ」


 入り口に控えていたメイドさんか礼をして音も無く退室していった。

 暫くして、七十代のおじいさんが入室して来た。


「お呼びですかな?」

「よし、アーヤ、このジジイにマッサージしてみろ」


 ――――えぇっ!? 無茶振りすぎっ!


「ここでは無理ですよ? ベッドでしますし」

「「……」」

「おまっ!?」

「殿下、落ち着かれて下さい。お嬢さん、なぜベッドが必要なのかな?」


 靴を脱いでラフな格好で寝そべってもらわないとマッサージしづらいのだ。


「「……微妙」」

「まぁいい。付いて来い」


 坊っちゃんに言われるがままに移動すると、小ぢんまりとした執務室に到着した。そして隣の部屋を案内された。


「ここならいいか?」

「はい! ではセバス様、ジャケットとベスト、靴と靴下を脱がれて、仰向けになって下さい。あ、おズボンのボタンは外しておいた方が苦しく無いかもです」

「……分かりました」


 爺こと、セバス様が脱いでくれている間に、私も靴を脱ぎ、スカートも脱ぐ。肌寒かったから下に七分丈の普通のスボン穿いてたので、丁度良かった。

 ……男性陣がそれに目を剥いていたのなんて気付いて無かった。後でこっ酷く怒られた。


「失礼します。力を抜かれて下さいね」


 仰向けになってくれたセバス様の足元に陣取り、マッサージ開始だ。

 セバス様の右膝を立て、足を緩く組むような形で左足首を右膝に乗せ、足を数字の『4』のようにする。

 その形のまま、セバス様の右足首を持ち上げ、私の左胸と肩の間に足裏をくっ付け、私を蹴っているような形にする。

 セバス様の右膝裏と左膝に手を添え、体全体を使いセバス様側にゆっくり押し込むように倒す。

 長くても二十秒、無理矢理ではなく、セバス様の可動域を確認しながら、少し圧を掛ける程度が最適。

 少し休んで、反対に組み替え、繰り返す。


「あー、これは……………………」

「オイ、爺!」

「っあ、はい。とても素晴らしいですね」

「絵面は最悪だがな」

「「ははは」」


 なぜか乾いた笑いが聞こえた。


「次は右側を上に、横向きに寝そべって下さい」


 足を斜め後ろに引いて腰の筋を伸ばすやつだ。

 本当は素人がしたら駄目なんだろうけど、マッサージ屋さんに通う面倒さをどうにかできないかと、自身とお財布を犠牲に父親が必死に私に教え込んだこのマッサージ。

 ありがとう父さん。三十分五百円のボロいお小遣い稼ぎでした!


「あぁぁ、こちらも……………………」

「痛くは無いですか? 初めてなのでここまでにしておきましょう」

「全く痛く無いですよ。ありがとう、素晴らしい技術ですな」


 わーい、褒められたよ! 父さん!


「爺、説明!」

「はっ。太股の裏から腰、背中にかけて強張った所が伸びました。痛さも全く無く、今は腰がポカポカしていますね。なんでしょうか……腰辺りにあった重い石が取り除かれたような感覚です」

「父上にはいけそうか?」

「服装などを整え、素を出されなければ」


 殿下とセバス様がボソボソ長々と話されてて暇だったので、ガントレット様の掌をマッサージして暇つぶしした。


「あああぁぁぁ、そこそこ……あぁぁ」

「次は私もだ!」

「いや、左手まだだし」

「これ簡単ですし、お二人でし合えば」

「「嫌だ、キモイ」」


 息ぴったりだなぁ。とか思いつつもガントレット様の左手もモミモミした。


「お前達、何やってるんだ……」

「「マッサージです」」


 ――――息ぴったりだなぁ。


「アーヤ、お前をマッサージ要員として採用する」

「えぇっ!? 私、素人なのですが」

「構わん。年寄り達のウダウダが無くなるのなら何でもいい」

「殿下、本人の目の前で言わないで下さいませ……」

「年寄りを年寄りと言って何が悪い」


 セバス様にビシッと言い切っていた。殿下ってやっぱり偉い人なんだなぁ。とか思っていたら、セバス様にニッコリと微笑まれたので、ニッコリと微笑み返していたのに、殿下に「何をヘラヘラ笑っている」と言われてしまった。


 ――――殿下、酷い!

 



 王城でマッサージ()()として雇われてニヶ月。

 そう、要員なのだ。マッサージ師では無い。だって、修行相手は父親のみの素人女子高生…………違った。

 私、既に二十七歳……全く覚えが無いけど、二十七歳だったよ、くそぅ。


「セバス様、記憶喪失した人って、記憶戻らないんですかねぇ?」

「あぁ、そこそこ……もちょっと……あぁぁぁ。私は、遅かれ早かれ戻るというイメージですかなぁ」


 ――――うーむ。遅かれってどのぐらいだ。


「ねぇ先生、記憶喪失で記憶が戻らない事ってあります?」

「……稀に、あるようですよ。あー、もちょっと強く……私は、一瞬だけ直近の前後の記憶が飛ぶ、くらいしか出会った事はありませんが」

「稀に…………」

「アーヤ、手が止まっていますよ!」

「あ、すみません」


 ――――稀に戻らないのか。


「宰相様は聞いたことありますか?」

「あぁぁぁ。……ポロポロと落ちてくるように……思い出す者と、一気にドンッと破裂するように思い出す者がいるとは聞いたことがあるな」


 ――――ふーむ。私、ポロポロとしないから、ドンッとくるパターン?


「因みにドンッと来る時はどんな状況なのでしょうか?」

「知らぬ」

「えー」

「何故そのような事を気にするのだ?」

「いやぁ、私、二年前から七年分の記憶がごっそり無いんですよね」

「「はぁぁ!?」」

「ぐぁっ!」


 宰相様とガントレット様が叫んだのでびっくりして、宰相様の足裏のツボをグリッとやっちゃった。


「おわぁ! 申し訳ございません」

「くっ、いい。妙に効いた……それよりも、だ!」


 詳しく話せと言われ、今までの経緯を話した。




「――――は? コレが?」

「はい、間違い無く」

「いや、もっと、何か、こう…………絶世のアレだと」

「私にも理解致しかねますが、頑張れば愛嬌はあります」

「頑張ってる時点で駄目ではないか?」

「しかしそうなると……」

「私は知らんぞ。クリスが連れてきたんだからな。お前が責任持ちなさい」

「父上が契約書を確認し、父上が最終的に認可いたしましたが?」

「……聞いてた内容と違ったのだから……私は悪くない! その方向で!」

「お前達、それでヤツから逃げられると思うか?」

「「無理です」」


 私に与えられたマッサージ室で、陛下、殿下、宰相様、セバス様、ガントレット様、ラファエラ様がなぜか大集合して、ずずんと立ったまま輪になって話し合っている。

 私は……私だけは、床に正座させられた。取り敢えず、隣にいるラファエラ様のズボンの裾をキュッと握ってみた。

 別に縋っているとかでは無い。何があっても逃さぬぞ! と言う気持ちの表れである。話が長すぎて足が痺れているのだ。絶対に立ち上がれない。


「そもそも、使用人なぞ掃いて捨てるほどいるだろう。まさかピンポイントでその一人が来るとは……」

「それが、アーヤのみだったそうで」

「ハールス家だぞ?」

「別邸にお一人で住まわれていたそうです」

「……ハァ」


 急にダンダンダンダン! と扉が殴り叩かれた。


「アーヤッ!」

「もう来たのかよ」


 ビクッとして、ラファエラ様の足に抱き着いた。

 だって、急にドアが殴り叩かれて、ドスの効いた声で名前を叫ばれたのだ。

 ラファエラ様が足から私を剥がそうとするので、必死こいてしがみ付いていたら、誰かがドアを開けてしまった。暴漢とかだったらどうしてくれるんだ。

 あ、でも騎士様が二人もいるし大丈夫かな? 一人は確保してるし。

 開いた扉の逆光の中に人影が見えた。

 目を凝らすと、そこには汗だらけになっているのに何かキラキラしい、焦り顔のミカエルさんが立っていた。


「…………ミカエル、さん?」

「アーヤ! ……アーヤ、何故、その男に抱き縋っているのかな?」

「「……」」


 ――――その男?


 あ、ラファエラ様、男だったね! とか再認識していたら陛下が優雅に歩いてミカエルさんの前に立ちふさがってくれた。


「ミカエル、この娘はお前が探していた者で間違いは無いか?」

「っ、はい。陛下、間違いございません」

「馬鹿者め! お前が容姿・容貌を正確に記載せぬから探し出すのに苦労したのだぞ!」

「陛下、そのくらいに。私共にも非はございます。まさか殿下の雇っていた娘が素性を隠して働いているとは思ってもおらず、端から除外してしまっていたではありませんか」

「うぅむ。確かにな……」


 ――――ん?


 何か陛下と宰相様が結託してる。

 これ、完全に私と殿下のせいにしてない? してるよね? だって、殿下もガントレット様も驚愕の表情だし。ラファエラ様は片手で顔を覆って項垂れてるし。

 おわー、何か怒りマックスそうな笑顔のミカエル様が近付いて来――――⁉


「お? え…………え⁉」


 ミカエル様に両脇を抱えられて、体がぐっと浮いたかと思ったら……肩に担がれた。


「陛下、詳細は()()報告に参ります。本日はこれで御前を失礼させていただきます」

「お、おぉ。…………娘、頑張れよ」


 陛下がボソッと頑張れって言った。一体、何を頑張れというの⁉


 ――――えっ? ええぇぇ⁉ 


 今日中に完結まで出したい。


 次は20時頃に更新します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ