プロローグは夫婦喧嘩から・・・
プロローグは夫婦喧嘩から・・・
ー・・・ここは、人間が住んでいる地球のはるか彼方、真っ暗で音のない宇宙を間に挟んだ、そのさらに先、天魔会と呼ばれる少し変わった世界。その世界には神や悪魔、竜や天馬など人ならざる者たちが仲良く暮らしていた。
そしてどの世界にも「王」というものは存在する。
天魔会の中枢にある大きな宮殿にその王はいた。
「あの子はまだ箱から出ないのか?」
頭に大きな荊の冠をつけ、その冠に見合うほどの大きさの巨体をもったこの天魔会の王「ゼウス」は厳格な表情で執事のマルスに聞いた。
「はい、ゼウス様」
この大きな宮殿の執事はマルスのみで、全ての家事を一人で請け負っていた。その中には、二人の娘の世話という項目もある。
「どうやら、ゼウス様が地球の女子をナンパしに行った時に持ち帰った・・・」
「おい、マルス。そこは省略して、もっと簡潔に・・・・」
ゼウスはそれ以上、言わせまいとマルスの言葉を遮り、自分より小さい、隣に座っている女神をチラッと見た。
この世界の王であるゼウスは偉大な存在で、ゼウスの言うことに間違いはないとこの世界にいるほぼ全ての者たちが信じきれるほどカリスマ性もあった。ただ、女の話になると少々だらしない一面もあった。こんなにも怖そうな表情をしているのはその事を横にいる妻にバレるのを怖がっている表情だった。なぜこんな神が王になったのかはまたの機会にしよう。
隣に座っている女神はニコニコと笑っており、それを見て安心したゼウスだったが、すぐさま背筋を伸ばした。首元に冷たい金属の独特な冷たさを感じた。
「あらあら、まだ私に白状してない事があるのかしら?まったく、困った神様ね」
大鎌を振りかざしているこの女神は、天魔会の女王で今はゼウスの妻「ヘラ」である。明らかに、他者から見たら体のサイズが違いすぎて、まるでピノキオとバッタのジキニークリケットみたいだ。
「白状する気がないなら、その冠をトラバサミにでもしようかしら。どうやら、荊では仕置きが弱いみたいだし」
マルスと同じくらいの大きさのヘラが巨大なゼウスの冠の上に飛び乗り、踏み付けにして頭に無理やり押し込んだ。
それを見ていたマルスは、またいつものやつが始まったと呆れたため息をついた。
「それで、マルス。今度はあの子は何にはまっているの?」
ゼウスの頭の上に座りながら、ニコニコとその笑みを止めないヘラ。
「なんでも、ゼウス様の地球土産の中にあった『テレビ』というものをひとしきり見ているようで・・・」
「まったく、天魔会の王女であるというのに・・・」
自分のお土産のせいでこんなことになっていることは忘れた様子のゼウス。
「確かに、このままだと誰かさんのように世間知らずのわがままな神様に育ってしまうわね」
ゼウスは、「それはお前だろうが」と小声で呟く。
ヘラは困った様子で荊の冠をさっきよりも強く踏みながら、顎に手をあてた。足元では、ゼウスの頭から血がスプラッシュしていたが、そんなことには目もくれず真剣な表情でマルスに相談した。
「何かいい提案はないかしら?」
「あの、ゼウス様の頭から血が・・・・」
「ああ、これは血じゃなくて、ただの赤い水よ。・・・・・そうでしょ、あなた?」
「・・・・・そ、そうです」
ゼウスは厳格な表情を保っていたが、額には汗と血が滴り落ちていた。
「では、ヘラ様の育った故郷、魔会に旅させるのはどうでしょうか?」
「魔会に?」
「はい。あそこなら、心身ともに鍛えられるし、ヘラ様とゼウス様の娘となれば、下手な気を起こすものもいないでしょう」
「・・・・・・ワシは反対だ」
踏み付けにされながらも、ゼウスは言った。
「行くなら、ワシの育った天会がいい。あそこなら、優しくて自由気ままな女の子に育つだろ・・・ガハっ!」
「それは私への嫌味かしら?」
ゼウスの頭には既に荊の冠ではなく、トラバサミが冠となっていた。
「天会は自由気まま過ぎるから、あなたみたいな自由を主張して遊び呆けているダメな神様になるでしょ?ここは、強くて凛とした女神に育てるために、私の魔会に送ります」
送ることは決定したのかと、マルスはしみじみと思った。
「ダメじゃ!あんな場所にワシの可愛いぱんドラを行かせるわけにはいかん!」
「いいえ、魔会に行かせます。そもそも、ドラちゃんが引きこもりはじめたのはあなたのテレビのせいで・・・」
「いいや、違うね。お前の凝り性がそのまま遺伝したせいだ。お前は昔っから、これと決めたら曲げない、まるで、たけのこみたいな女・・・・」
「ゼウス様、それは言い過ぎでは・・・・・」
慌ててマルスがゼウスの発言に待ったをかけるが、遅かった。マルスがチラッとヘラの様子を見ると、そこにはさっきまでニコニコしていたヘラはいなかった。
「・・・・・たけのこ・・・ですって・・・」
普段のヘラは誰に対しても優しく接して、まるで天魔会のお母さん的な存在だった。ただそんな存在のヘラにも色々と欠点がある。
「それはどういう意味かしら・・・・ねぇ、ゼウス?」
さっきまで「あなた」呼びだったのがいつの間にか「ゼウス」となっている。これはヘラがキレた時の合図だ。
ヘラの欠点は、少々短気であることと、怒ったら何をするか分からないということ。
ゼウスはヘラの怒りの地雷に踏んでしまったことを、言った後で気づきマルスに助けを求めた。
「マ、マルスっ!」
こうなってしまったヘラは誰にも止められることができない。マルスは主人の命令を無視して静かに後ろに数歩下がった。
「なんでマルスなの?今、私が話してる途中じゃない」
ヘラの足元に黒い魔法陣と共に、そこから様々な拷問器具が現れた。
「ま、待て、ヘラ!これは、言葉の綾というか・・・その・・・・」
「そうねー、これなんかスッパリとゼウスのうるさい舌を切れるんじゃないかしら」
選ばれたのは大きなハサミでした。
マルスは、仕方がないとその部屋を出ていった。
「や、やめろ、ヘラ!」
ゼウスはこの天魔会で最強にして絶対的な神である。その存在は全ての宇宙にも知れ渡っているが、妻であるヘラに対してはこの有様。
「悪かった!ワシが悪かったから許してくれ!」
自分よりも圧倒的に小さいヘラに脳天を見せるほど頭を下げた。しかし、それを見たヘラは頬を染めながら下卑た笑みを浮かべた。
「むーり。とりあえず、あなたの舌を切ってから言い訳を聞くわ」
ハサミの刃を何度も何度も閉じる。その音はまるで死ぬ前に聞こえる音楽だ。
「し、舌を切ったらしゃべれんだろうが!」
そう叫ぶゼウスにお構いなしに、ヘラはハサミを持ってゼウスの顔に飛び込もうとした。その時だった。
「ととさまぁー、かかさまぁー」
切る寸前で空中で動きを止めて、ヘラはその声がする方に素早く振り返った。そこには、マルスの袖を掴んでいる小さな少女が片手にリモコンを持って立っていた。ヘラはハサミを魔法陣に放り投げ、すぐさまその少女を抱き上げた。
「どうしたの、ドラちゃん?」
『ドラちゃん』とは、ゼウスとヘラの娘である『ぱんドラ』のことである。毛先が少し青紫がかかった金色の長髪につぶらな青い瞳には人は愚か神をも釘付けにするほどの威力を持つ。そして、この喧嘩という名の一方的なヘラの暴力を止めために、マルスはぱんドラを使ったということだ。
ぱんドラに夢中のヘラを尻目に、急いでゼウスの元に駆け寄り傷の手当てをした。
「あのね、あのね!ぱんドラ、かかさまと、ととさまにお願いがあるの」
「なにかなー?」
ヘラはぱんドラの髪に頬をすりすりしながら聞いた。
「大丈夫ですか、ゼウス様」
「助かったぞ、マルス。危うく、あの女に舌を切られるところだった」
頭の上にのっているトラバサミをこれ以上刺激しないようにゆっくりと持ち上げていると、不意にぱんドラの声が聞こえてきた。
「ぱんドラ・・・・・にほんに行きたい!」
「へ・・・・?」
その言葉にヘラは首を傾げ、マルスは驚きのあまり誤ってトラバサミの引き金を引いてしまい、ゼウスは悶絶した。
動揺する三人を見て、ぱんドラはニコニコと母親譲りの可愛らしい笑顔を浮かべていた。