7 閨講義と猥談と予定変更
「で。結局閨講義どうすんの?」
ぐでーっとソファに身を沈ませ、興味なさそう声色で問うコーエンに、バルドゥールは今度こそ自信を持ってはっきりと答えた。
「はい。やはり閨講義は今後一切不要です。しかしこれまでのように逃げ回るのではなく、不要であり終了することを正式に下すことにします」
「そっ。じゃー俺、バルの閨のセンセ、妾に誘っちゃおっかなー。タイプだったんだよね! あの未亡人!」
「うんうん。バルとアーニャちゃんでゆっくり育めばいいと思うよー! バルはアーニャちゃん以外の女に触れたくないっていうのが、結論だもんね?」
「お前が納得して出した答えならば、それでよい。私からも折を見て講師には謝辞を伝えよう。……が、コーエン! お前は幾人囲えば気が済むのだ!」
丸く収まったような場面でコーエンがまたもや問題発言をかまし、リヒャードが憤然とする。
コーエンはそんなリヒャードから離れて、「わー。兄貴が怒ったー」とエーベルの後ろに隠れる。
「だいたい、抱きもせぬ女とその夫やら親族やらを囲うほど、お前の資産はそれほど豊富ではないだろう!」
「ちょちょちょ! ちょっと! 兄貴、ストォォォォォォーップ!!!! 待って? ねぇ待って? それ言っちゃダメなやつだからね?」
あからさまに狼狽してリヒャードの口を塞ごうとするコーエン。
その二人にポカン、とするエーベルとバルドゥール。
コーエンは「マジでやめてっ!」と泣きそうだ。
「……は? コーエンあんた、あんだけあたしに猥談しといて、妾に手ぇ出してないっていうの? え? まさかヘクセはまだ抱いて……」
「ヘクセなら毎晩抱いてるわ!」
半泣きで逆ギレしているコーエンは真っ赤な顔でエーベルに噛み付いた。
「え、ええ……? 何……? なんなの、あんた達は……」
リヒャードがふんっと鼻を鳴らす。
「私が間に入れば事態が悪化するかと黙っていたが、いい加減に辛抱ならん」
ギロリと睨みつけてくるリヒャードに、コーエンは柄にもなくビクリと体を震わせる。
コーエンの常にない青ざめて自信のない様子。頼りなさげに怯えたような表情を見せるコーエンに目にし、リヒャードは顔を顰めた。
「コーエン、お前は我が弟なのだからな。国を第一に考えはするが、お前の幸福も願っている」
コーエンは息を呑むが、途端にフニャリ、と笑み崩れた。
「だっからぁぁ〜! 兄貴はこう、さぁ! なんつーかカッコつけすぎだっつーの! なんなの! ホントに! 大好き! 愛してるぅ!」
両手を広げて大袈裟にリヒャードに迫るコーエン。リヒャードは珍しくそれを拒否せず、口の端を歪めた。
「知っている」
コーエンはピタリ、とリヒャードの目の前で踏み止まると、まじまじとリヒャードの顔を見た。リヒャードが「何だ」とコーエンを見下ろす。
厳しく冷たく鋭い眼差し。いつものリヒャードだ。コーエンはフッと吐息を漏らすように微かに笑むと、再びリヒャードに突進する。
「きゃぁぁぁ! マジで! 抱いて!」
「断る」
リヒャードが今度こそ、コーエンの額に自身の骨ばって大きな手を置き、ぐぐぐ、と距離を取る。
「……じゃれ合いが始まっちゃった。こうなったらしばらく放っておくか。コーエン嬉しそうだし」
仕方ないなーと腰に手を当てるエーベルこそ、幸せそうに微笑んでいた。
「バル。あんたにはお兄様もコーエンもあたしもついてる。悩んだら今日みたいに相談してくれたらいいよ。あたし達はバルの幸せを願ってるんだから」
「姉上……。ありがとうございます」
胸が熱くなり、バルドゥールはエーベルに頭を下げる。エーベルは不敵に笑った。
「女心がわかんなくなったらあたしに聞きな。コーエンはあれでヘクセにはてんでバカだから。女の扱いだのなんだの、偉そうに吹聴してるけど、聞いて呆れるわ。バルはコーエンみたいになっちゃダメだよ!」
言われなくても、コーエンのようにあちこちの女性に手を出す予定は一切なかったバルドゥールだが、どうもそのコーエンの好色っぷりには理由がありそうだ。
バルドゥールもニヤリと笑い返した。
「はい。コーエン兄上は意外と不器用なお方のようですね」
エーベルが苦笑する。
「うーん……。ま、コーエンの場合は相手も悪かったんだけど……」
未だにじゃれ合っているリヒャードとコーエンに目を向ける。
エーベルはリヒャードとコーエンに視線を定めたまま、バルドゥールに問いかけた。
「バル、あんたこの後、閨講義の他に予定ある? ちょっくらここでコーエン締め上げようかと思うんだけど」
「ええ。姉上。閨講義以外の予定はございません」
エーベルはバルドゥールに向き直ると、ぱんっと手を叩いた。
「じゃあ決まりね! バルは予定変更! 講師も呼んできて。弟の不始末について、あたし達からも一言入れなくちゃいけないしね」
「はい。行って参ります!」
そしてバルドゥールは意気揚々と王太子応接室を出て行った。
開け放たれた応接室の扉。出てきたバルドゥールの背中から聞こえる王子達の声。
「今日のこと、バッチーに報告してもいい? いいよな!」
「やめろ! バチルダには言うな!」
「え〜。なんでよ〜。美しい兄弟愛じゃん?」
「……わかっているくせに白々しい……!」
「何が? 知らねぇよ? バッチーが兄貴と俺とで、いかがわしい想像してるなんてこと……」
「貴様! それ以上抜かすなら、斬り捨てるぞ!」
「やだぁ〜! お兄様ったら、こわぁぁい!」
「……覚悟はいいな。コーエン……」
「えっ。ちょっ。ちょっと待って? 冗談じゃん? ねぇ、可愛い弟の軽ぅぅぅ〜いジョークだから!」
ぱたり、と閉まる扉の向こうでは、兄王子達の喧騒と姉王女の笑い声が響く。
バルドゥールは王太子応接室外に控えている騎士の一人に声をかける。
「お疲れ様。僕は一度、自室に戻るけど、また戻ってくるから」
「はっ。かしこまりました」
バルドゥールはニコリ、と微笑むと、自室目指して歩を進めた。まずは侍従に閨講師を呼んでもらおう。それから逃げ回っていたことを謝罪する。
その上で今後は一切不要だと告げよう。
――ああ。それから先生にコーエン兄上との仲も聞かなくちゃ。
あの様子だと、思わせぶりなことを言いながら、艶っぽい関係ではないのだろう。
いつも飄々として掴みどころがなく、よくわからないコーエン。もしかしたら初めて、そのコーエンの弱りきった姿が見られるかもしれない。
――だって仕方がないよね。愛する女性の前では、男は皆無力だ。
バルドゥールは弾むような足取りで自室に向かった。
(番外編2 「閨講義と猥談と」 了)




