第一話 若きバルドゥールの悩み
バルドゥールは悩んでいた。
赤、青、黄。目の前で三原色が陳列していた。
ためつすがめつ。
じっくり何度も視線を走らせ、しばし瞑目し妄想の世界に飛び立つ。
それから「いや、しかし……」などとぶつぶつ。顎に手をやる。
本当は頭を掻きむしりたいところなのだが、品行方正に育てられたこれまでの教育がそれを彼に許さない。
「参った……。アーニャはどの色が好きなんだろう」
はあっと物憂げな溜息をつく姿は、妙な色香に溢れている。
側で様子を眺めていた侍従は、うっかり主の色香に当てられそうになった。
いかん俺は男色の気はない。と気を取り直し、侍従は気になっていることを主に問う。
「……畏れながら殿下。アンナ王女殿下にお渡しになるご予定はあるのでしょうか……?」
恐ろしいほどの目力の持ち主であるバルドゥールは、カッ! と目をかっぴらいて侍従に顔を寄せた。
侍従は目からビームを放つバルドゥールを予測して、既に瞑目している。
「それなんだよ! そうそれ! そもそもそこだよね! 僕は一体いつになったら、アーニャとの再会が叶うんだ……?」
勢いよく侍従に詰め寄ったかと思うと、最後は項垂れるバルドゥール。
主が少々気の毒になった侍従は、力強く瞑っていた目を薄っすら開けた。半目ちょい手前くらいまで。
「アンナ王女殿下の女王ご即位のためですからねえ……」
バルドゥールは侍従の言葉にがっくりと項垂れた。
「うん……。そう……そうなんだよね……」
◇
ゲルプ王国の第三王子であるバルドゥールは恋をしていた。
そのお相手はガルボーイ王国の第一王女アンナ。
アンナは二年前まで、ゲルプ王国王弟であるグリューンドルフ公爵の元に、身を預けていた。
というのも、ガルボーイ王国国内では反国王派の貴族が反乱を企てており、政情が大変不安定だったのである。
そこでガルボーイ王国国王は唯一の嫡子である第一王女アンナを、友好国であるゲルプ王国を頼って亡命させることにした。
生まれたばかりのアンナは、ガルボーイ王国で過ごすこと僅か半年。信頼のおける家臣の手により、ゲルプ王国へ連れられていった。
アンナは公爵家の養女として屋敷でひっそりと育てられる。
ガルボーイ王国の第一王女であることは、アンナ本人とゲルプ王国国王夫妻、グリューンドルフ公爵のみが知る事実であった。
グリューンドルフ公爵令息フルトブラントも、アンナについて遠い親戚の娘を引き取ったのだと教えられることとなる。
公爵夫妻がアンナをガルボーイ王国風にアーニャ、と呼ぶ理由について、フルトブラントが深く考えることはなかった。
第三王子バルドゥールに指摘されるまでは。
フルトブラントの学友であり従弟であり将来の主となるであろう第三王子バルドゥールが、グリューンドルフ公爵王都屋敷に足を運んだときのこと。
バルドゥールとフルトブラントは王立学園の長期休暇中にあった。
徐々に公務を課せられるようになっていたバルドゥールは、休息を求め、息詰まる王城から抜け出し、学友フルトブラントの元へ訪ねていた。
そしてそこで天使に出会う。
バルドゥール、運命の日であった。




