秋の夏。
「夏は死んだよ」
そう言って彼女は、唐突に僕の前に現れた。
「え......? 何を言ってるんだい。夏なんて概念なんだから、生きるも死ぬもないじゃないか」
ひとの前に現れて早々、何を言い出すかと思えば。しかし僕は、彼女の幼い口から発せられようもない言葉に疑問を抱くことなく、悠長に返答した。
「......」
「......?」
果たして僕は、何かとんでもなく的外れなことを言ってしまったのだろうか。思い当たる節もなく、しばらく無音の時が流れた。
蜩の音を背に、かすかな麦の薫りが鼻腔を刺激する。
しばらくして彼女は不意に僕の前から姿を消すと、次の瞬間にはもう僕の座るベンチの隣に、ちょこんと座っていた。その姿を不思議と思うこともなく、僕は月光に照らされる彼女の顔を見やる。
「......見て。お日さまも、お月さまも、お花も、お空も。みんな秋になっちゃったの。今、わたしを見てるのはあなただけ。今、わたしを覚えてるのはあたなだけ。覚えてる人がいなければ、それは死ぬことと同じなの。......ねぇ、夏は好き?」
そう聞かれて、僕は俯いた。僕は夏が好きだ。少し家を出るだけで溢れる生命を、この身体いっぱいに感じ取ることのできる季節。だから僕は、彼女の問答にはすぐに答えられるはずだった。
だがなぜだろう。僕は口を開けぬまま、またしばらくの無音が流れる。
「......」
そうして、彼女は消え入るように訊ねた。
「夏は......嫌いなの?」
「......そうじゃない。ただ、僕も進まなきゃいけないんだ。春の次に夏が来るように、夏の次には秋が来て、秋の次には冬が来て、そして冬の次にはまた春が来る。僕はそういう時間の下に生きているんだ」
自分でも何を言っているのか理解できなかった。ただこれが僕の言いたかったことであろうことは、この身の軽さから実感できた。
「......」
「......」
「......ふぅん、むずかしいことはよくわかんないや」
そういう彼女を横目に、僕はそっと立ち上がった。
「......どこか、行くの?」
「もう、起きなきゃ。彼女が、呼んでる」
僕がそう言うと、彼女はどこか諦めるような顔をした。そんな気がして口を開いたが、何を言えばいいのか分からず、結局何も言わないまま口を閉じた。
その代わりに、彼女も立ち上がって、口角をほんの少しだけ釣り上げて言った。
「また会える?」
「一年が過ぎたら、また会えるよ」
それを聞いた彼女の表情は、やっと、幾分か和らいで見えた。
「そっか。じゃぁ来年はいっぱい遊んでね!それまで忘れちゃだめだよ!」
「あぁ、約束する。忘れないさ。来年はいっぱい、いっぱい遊ぼうな」
「うん......。それじゃぁねー、わたしばいばいしたげる!ばいばい!」
満面の笑みを浮かべた彼女が、その短くて細い腕をいっぱいに広げて、ぶんぶんと振って見せる。僕もそれに応えようと、顔の横辺りで右手をひらひらと振った。
くるりと背を向け、一歩、また一歩と歩を進める。
君はどこか寂し気な茜色に染まっていた。見上げながら、僕は独り言のように呟く。
「あぁ、ばいばい。僕の夏」