王国の災厄(願い)
現在 深緑の里
里の多重結界の外側に、懐かしく大切な存在の魔力を感知したルシアは、確かめる為に向かっていた。そして、距離が近づくにつれ確信した。
(この魔力、間違いない。ナディアね。嗚呼ナディア、帰って来たのね!)
ルシアは歓喜した。長年の願いが、ようやく叶ったと。
(あの時、ナディアが里を離れていってから、ずっと捜していた。やっと帰って来てくれた。ナディア、ナディア、私の大切なー)
「待って下さい、ルシア!その先は行かせません!」
エレナが上から降りて来て言った。
おそらく、木の枝を足場にして走り、戻って来たのだろう。
「エレナ?何を...?それよりナディアが、ナディアが帰って来たの!貴女も分かるでしょう?」
ルシアは小首を傾げて、そして嬉しそうにエレナの両肩を掴みながら答える。
「ルシア、ナディアは....もう昔のあの子じゃな.」
エレナは沈痛な表情で姉に答えたが、ルシアは遮って、やや興奮した様子で話し出した。
「良かった。やっと会えるわ。早く行ってあげないとね。私、迎えに..」
「ルシア、目を覚まして下さい!ナディアはもう駄目です!!彼女はこの里を攻めて来たんですよ、復讐の為に!!分かるでしょう!?」
自分の肩を掴む、ルシアの手を払ってたまらず叫んだ。
「何を言っているの?あの子は私の大切な娘よ?」
そう、あの日、あの時、ナディアの手を握った瞬間から、ルシアにとっては今も大切な我が子だ。
「もう違います。あの時からナディアは私達の、いえ、イクステリア王国の敵です!誰に何を吹き込まれたかは知りませんが、今のナディアは別人です!」
エレナも、勿論知っている。ルシアがナディアを保護したあの日、あの時からルシアとって、かけがえのない子だと、娘だということは。
しかし、今は違う。違いすぎる。イクステリア王国とダークエルフの約定、そしてダークエルフ族の立場を知り、家族を、一族を守れなかったエルフ達、イクステリア王国はナディアにとっては敵でしかない。
「違うわ、あの子は悪くない。あの子を守れず手を放してしまった私が、私達が悪いの。盟約の件もちゃんと私が話すべきだったのよ。ナディアは悪くないわ」
ルシアにとっては、そうかもしれない。だがそれでも今は、今だけは駄目だった。ルシアを、ナディアに会わせる事だけは...。
「駄目です!ナディアの狙いはルシア貴女です!行かせません!戻って下さい!」
ナディアにとっても、ルシアに救われた日からルシアは大切な母であり、姉でもあり、また魔術、武術の師でもあった。その筈だった。
しかし、今その愛は憎悪に変わっている。
「...嫌よ。ナディアに殺されるなら、それならそれで構わない。それであの子の気がはれるのなら、私は本望だわ」
そう言い切って微笑むルシアは正に母親の表情だった。
「ふざけるな、ルシア!戻れ!!!大切な姉をむざむざ殺されてたまるか!戻って響様達を守って避難指示をしろ!!」
エレナは激昂した。しかし、
「嫌よ。響様は貴女の主でしょう。貴女が響様達を守りなさい。通してエレナ、私はナディアに会いに行く」
ルシアはエレナの横を通り抜けようと進んだ。
「ルシア!この、わからず屋が!!!」
エレナは持っていた短槍をルシアに穿つ。交わせない角度とタイミングの筈だったが、ルシアはその瞬間上に飛び、エレナに向かって魔法を放った。
「エアルエクスプローション!」
「なっ!??」
対象の周りの大気を一瞬で圧縮し、真空状態にする。
更に対象者は身体が硬直し動けない。エレナも例外ではない。ルシアのみ使える魔法である。
ただ今回は真空状態ではなく、エレナが動けない様にしたのみだった。
「さようなら、エレナ。響様達を大切にね。幸せになりなさい」
少し寂しげに優しく伝えてルシアはナディアのもとに向かって行く。
「ルシ ア...ダ..メ」
エレナは必死に身体を動かそうとするが、動けない。
(ありがとう、エレナ)
ルシアは心で伝え、跳躍し行ってしまった。
(..ね.えさ..ま)
異変を感知したカイルが騎士団を率いて、アルフフレム外縁に向かう途中にルシアの魔法で動けないエレナを見つけ魔法を解いた。
「カイル、助かりました。すみません、ルシアを止めれませんでした」
呼吸を整えつつ謝罪する。
「そうか、仕方あるまい。どんな形であれ、娘が帰って来たのだ。今のルシアを説得など誰にも出来ないだろう」
「しかし、あの二人を会わせるわけにはいきません。きっとルシアはナディアに何をされても無抵抗です。危険すぎます」
「···確かに、それはあり得るな」
「詳しい事情はわかりませんが、ルシアさんが危ないのですね?」
するとカイルの背後から響が顔を覗かせて問う。
「なっ、響様⁉カイル、何をしているんですか!響様を連れて来るなんて!」
「いや、私ではない。いつの間に来られたのだ?」
カイルも響に気づいていなかったのか驚いていた。
「カイルさんを責めないで下さい。私が勝手についてきただけですから」
「だとしても、お戻り下さい。此処から先は戦場です。先日とは違います」
エレナが立ち上がりながら注意する。
「まだ僅かな時間とはいえ、暖かく私達を迎えてくれた方を見捨てるようなことは出来ません」
しかし、響に引く気は微塵も無い。
「響様、お願いします。どうか、戻っ、、、ゴホッ」
「エレナ、魔法を解いたとはいえ無理をするな。まだ体の回復は完全じゃない」
今も騎士団の魔法士が回復魔法をかけてはいるが、今しばらく掛かりそうだった。
「では、私が一足先に向かいます。エレナさんこそ無理をしないでくださいね」
響は言い終わると、神速の疾さでルシアのもとに向かう。
「響様⁉待っ....」
「は、疾い。なんだあの疾さは...」
カイルも驚愕する。
(魔力は殆ど感じない...。まさか先日の手合わせで魔力覚醒以外の事が⁉)
予想外すぎてエレナは困惑した。




