その14 アルバイトと新ヒロインとカスハラと
更新できるように、なってます! よろしくお願いいたします!
「らっしゃいしゃい!」
来店されたお客様に対して、俺は大声で歓迎の言葉を投げかけた。いや、もちろん分かってるよ? 普通はいらっしゃいませだよね!
「これくださいな」
「はい、ハンバーグの生魚弁当ですね! 合計1200円です!」
どんな弁当だよ。ハンバーグと生魚は絶対合わないだろ?
そんなツッコミを頭でしつつ、現在俺はアルバイトをしていた。弁当をレジ袋にいれ、割りばしも瞬時に入れ込む高速の手さばき。単純作業ながらも綺麗に梱包することを求められる作業となっている。
あっ、アルバイトをしている事情はまぁ、前回の番外編を読んで! お願い、読んでくれ! 本当読んでください! お願いします!
「はい、1500円おあずかりします! 300円のおかえしです!」
「ありがとねー」
そしてお客様からもらったお金をレジにいれ、代わりに釣銭とお弁当をお渡しする。するとお客様は満足そうに、レジから背を向けて歩き出すのだった。
さて、ここまで読めば、今俺がどこで働いているかが分かるのではないだろうか?
そう、何を隠そうアルバイト先は弁当屋だ。
しかもただの弁当屋じゃないぞ? ド級の弁当屋。【ド弁当屋 むらさき】だ!
・・・・どんな店名だよ?
「ありがとうございました!」
「うーん、違うよはじめくん。ありが10サンタクロースだ」
「あっ、はい・・・」
すると、お礼の言葉が即座に訂正されてしまう。どんな挨拶だよとツッコミしたくなるのを堪えつつ、俺は声のした裏手に目を向ける。
そしてそこには膝まで伸びる紫色の長い髪をポニーテールにまとめ、黒縁の丸メガネをかける女性が立っているのだった。またその女性は非常に凛々しいお顔をしており、老若男女問わずかっこいいという印象を持つことだろう。
そう、彼女こそ──
「すみません、店長。もっと頑張りますので!」
「ふっ、謝らなくて大丈夫だ。誰しも失敗はある! そう、この紫さんもねっ! がっははは!」
失敗を責めることなく豪快に笑う姿に思わず心の広さを覚える。彼女こそが俺の働くアルバイト先、ド弁当屋 むらさきの店長。紫 由香、年齢23歳にして、弁当屋を経営する敏腕店長だ。
ちなみに店は裏手に厨房があるものの、非常にこじんまりとしており、弁当が売られている部分は10坪もないほどである。しかしそこに並べられている弁当は全て手作りであり、店長一人で毎回作っているというのだ。そのため陳列されている数々の弁当を見るたびに、思わず彼女の人知れぬ努力を感じてしまう。
そんなド弁当屋 むらさきで俺が働き始めたのはちょうど一週間ほど前のこと。さらにこうして働けているのは、本当に偶然が重なった結果である。
アルバイト先を探していた時、たまたま近所に弁当屋があることに気づいた俺。そしてアルバイトをしたいと言うと即採用してもらったという経緯があり、意図してこの店で働き始めたわけではないのだ。
なんでも、人手が一切足りていなかったらしい・・・というのも──
「さぁ、もうすぐお昼の時間! ふたりでお弁当を作るよ。最初はスイカと天ぷらのセット弁当! そしてからあげのレモン漬け弁当! 最後に黒蜜ソースたっぷりたこ焼きセットを作っていくぞ! お客様を笑顔にさせよう!」
「は、はーい・・・」
そう、この弁当屋。メニューが変。
まじで味覚がどうなってんだよと言いたくなるような弁当ばかりを作っているのだ。一部の人にはウケているものの、大半の人は食べたくないようなものばかりだろう。
「あっ、あとはじめくんには今日も試食してもらう。今日はデザートメニューの鶏肉のはちみつケーキだ! きっと女性が喜んでくれるかな?」
「わ、わーいウレシイなぁ・・・」
さらにこの店で働く人間には激やばメニューを強制的に試食させられるというおまけつきだ。当たり前だが、人手不足になるのも納得といえるだろう・・・
だって、鶏肉のはちみつケーキって何!? はちみつケーキ単体で美味しいデザートだよ!
「店長の試作品を食べれるなんて、幸せです」
「がっははは! 嬉しいこと言ってくれるじゃないか! よし、そしたら今日はドリンクメニューのコーラ麦茶もあげよう」
「わ、わーい・・・!」
それでも、こんな激やばな環境で俺が働いているのには理由がある。
何故なら──
[紫由香 23歳・親愛度30%]
俺から見て紫さんの右上に表示されているマーク。
みんな覚えているか? エロゲ―ヒロインの好感度が見えてくるというあの、設定だ。
つまり紫さんは攻略対象ということ。
まるでなびに誘導されるようにアルバイトを始めたものの、偶然にもバイト先にヒロインがいたという運命の出会いがあったのだ。
うーん、なんらかの強制力が隠れてるだろ、これ。アルバイトしたら、攻略開始とか、そんなバナナだろ!?
『そんなわけないじゃろ・・・たまたまじゃ。偶然じゃ! さぁ働け&エロゲー攻略!』
『怪しいな・・・』
と、なびを疑いつつも、俺はアルバイトを行わなければならない。
というか俺は葉山桃といったヒロインを全員攻略しなければいけないわけで・・・
「ほーら、コーラ麦茶だぞ。いっぱいのめ」
「わ、わ~い、ウレシイなー」
ということで覚悟を決めた俺は、さっそくもらったコーラ麦茶(なんかこの世のものとはいえない色してる・・・)を飲もうと──「おいコラッ! 店長はイネェカ!?」
したのだが、中年の男の怒号が店内に響き渡る。
急いでレジまで向かうと、そこには弁当を持って怒りの怒髪天。怒りの頂点に達したらしい、小太りの中年男性が立っていた。
「どうされましたか?」
さすがに店長に対応させるのも申し訳ないため、中年男性に話しかける。すると男は、食べかけの弁当を叩きつけ、怒りの形相で睨みつけてくるのだった。え、何? 歌舞伎の見得ですか?!
「今日の朝に買った、このかつ丼弁当がクソほどまずいんだが!?」
あっ違う。クレームだったわ。
どうやら購入した弁当の味が気に入らなかったらしい。叩きつけられた弁当の中身は一切減っておらず、口に合わなかった様子が見て取れた。
「申し訳ありません。お代をお返しいたしますので・・・」
ということで俺は頭を深々と下げ、マニュアル通りに対応をしていく。
「あ? そういう問題じゃねぇだろ?」
だがしかし、マニュアルは所詮マニュアル。本当に人と対峙する時に活用できるわけではないらしい。
その証拠に中年男性の怒りはさらに天元突破してしまったらしい。顔はまるで悪鬼のようだ・・・
「俺が買った弁当なークッソ不味かったんだよーなんだよ、このかつ丼? 卵がチョコレートみたいに甘かったぞ!」
「はい・・・? チョコレート?」
「そうなんだよ! 卵が甘いし、カツはシロップでビチョビチョだし! どんな味覚してんだよ!?」
どんな弁当だよ、それ!? かつ丼が甘いのは確かに、不味いだろ!?? そりゃあクレーマーみたいに怒るのも分かるわ!
「つぅわけでよぉ。店長呼べよ。土下座しろ。ど・げ・ざ!」
「はっ???」
しかしクレームに納得できたのも束の間。突然中年男性が理不尽な要求を入れてきてしまう。
どうやら返金に納得せず、店長に誠意の土下座をしてほしいらしい。
「ほらーはやく呼べよースマホで撮ってやるよー!」
いつの間にか、中年男性は持ち前のスマホを出しており、カメラを出していた。あぁ、これはかの有名なカスハラというやつじゃないか・・・
だめだ、そんなの・・・・・・・・・・・・・・・・・
「お、おい、何してる!??!」
そしていつの間にか俺は、地面に顔を擦り付けていた。
そう、土下座だ。俺は全力で土下座をしていた。
「本当に申し訳ありません。お金はしっかり返却させていただきます。今回はこれで許してもらえませんでしょうか!」
「・・・! あ、あぁ分かったから! 分かったから、もういい!」
どうやらまじで土下座をさせる気はなかったらしい。店の周囲を歩いている人の目を気にしたのか、いつの間にか中年男性は焦って、店からいなくなっていた。
「・・・? ええっと解決したのか・・・?」
とりあえず問題が解決したらしいため、俺はひとまず土下座を解除。そして一息ついて、安堵してしまう。
すると──
「はじめ・・・どうして・・・」
そこには悲痛な表情を浮かべた、紫さんが裏手から出てきた。
「いいんですよ。俺がしたくてしただけですから」
そう、実は彼女は中年男性が土下座を強要した時、裏手から出てこようとしていたのだ。しかしそれよりも前に俺は土下座を行った。彼女に謝らせないようにするために・・・
「でも、店長は私だ・・・私がしないと・・・」
だが彼女は俺の行動に納得していない。
自分がしなければならなかった謝罪を、アルバイトである高校生の自分にやらせたことに申し訳なさを感じているらしい。彼女の顔はどんどん暗くなっており、自らの非を強く後悔してしまっている様子が見て取れた。
でもそんな彼女に、俺は言いたい。
「あんなカスハラ相手にする必要なんてないです。確かにこちらに非があったけど、土下座の強要はやりすぎです」
「だ、だったらなおさら!」
「それでもです」
そう、俺は言いたいんだ──
「紫さんの努力を無下にはしたくありません」
「え・・・?」
だって、俺は知っている。
「俺はここで働き始めて、一生懸命にお弁当をつくってきた紫さんの姿を知っています。誰かのために全力で働いている紫さんの姿を俺は間近に何度も見てきたんです。そんな紫さんの努力が裏切られて、土下座なんてするなんて、俺は耐えられないんです!」
「・・・・・・・・!!!!!!!!!!!!!!!」
俺の言葉に、紫さんの悲しい顔が一気に変化する。
そう、俺が働き始めて、数日。
俺は何度も紫さんがお弁当を作り続ける姿を見てきた。ヤバそうな弁当ばかりを作っている紫さんだが、一点だけ輝かしい部分が存在している。
それが、誰かのためにという部分。
彼女は誰かに美味しく食べてほしいと、何度も。何度も一生懸命、愛情を込めてお弁当を作っているのだ。
そんな彼女の努力が無視され、土下座をする姿。そんな悲しい姿を俺は絶対見たくない!!
「そ、そうか・・・は、はじめ・・・ありがとう・・・」
「あ、は、はい・・・」
するといつの間にか紫さんの顔は恥ずかしそうに赤くなっており、体をもじもじさせていた。
そして──
[紫由香 23歳・親愛度80%]
「なぁ、はじめ。今日時間あるか・・・? もし、よければ・・・一緒にごはんたべないか?」
「ほぁ?」
え????????????????????????????????????
お弁当何が好き? チョコミント弁当よりもあなた~(by 紫由香)