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反英雄  作者: AI
第1章 竜殺しの英雄
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第6話 騎士との戦い

 騎士たちの撃ち放った矢を、アルセストは盾さえ使わずに全て避けてしまったのだった。


「おいおい、こんな至近距離で外すなんて寝てんのか? ちゃんと狙えよ、寝坊助(ねぼすけ)が」


 アルセストの(たい)さばきは騎士たちをはるかに凌駕していたが、それよりさらに驚くべきはマナレスの身のこなしだった。

 マナレスはその一瞬の攻防の隙に、いつの間にか騎士たちの背後に回っていたのである。それは早業などという生やさしいものではなく、まるで姿が消えたようにしか見えなかった。


 そのマナレスが、アルセストに向かって文句をつける。


「なんで盾を使わないんだよ。もったいぶってんのか?」


「こいつらごときにプリウェンちゃんを使う必要はない。それよりそっちは首尾よくいったのか?」


「僕がミスるわけないでしょ。見よ、このドラゴンズクローを!」


 マナレスはニヤリと笑うと、両手に6本の騎士の剣を掲げる。

 それを見た騎士たちは慌てて自らの剣帯をまさぐるが、剣は見事にすり取られていたのである。


 ドラゴンズクローはスリの技かよ……とアルセストは内心あきれるものの、その神業には素直に舌を巻いた。マナレスがその6つの剣を放り投げると、騎士たちの頭上を越えてアルセストの足元に全て突き刺さる。


「貴様ら、騎士の命ともいえる剣を! 返さんか!」


 怒りでわなわなと震える騎士たちを尻目に、アルセストが勇ましい雄叫びとともに盾を一閃すると、6本の剣はひとつ残らずまっ二つに砕かれる。

 へし折れた剣を踏みつけながら、アルセストが吠えた。


「命より大切な剣がなんだって!? 本当なら弱者を守るべきその剣で、お前らは少女をいたぶってたんだぞ……汚れた剣じゃねーか。そのうえスラれた上に真っ二つになってんだ。切腹でもするか!?」


 激しい怒りと羞恥で顔を紅潮させた騎士たちは、多勢に無勢でアルセストにつかみかかろうとする。

 しかしそれを見透かしていたマナレスが捕縛用の網を投げると、騎士たちを一網打尽にしてしまうのだった。


 幾重にもロープが交差する網の中で、騎士たちは呻きと怒声を交えてもがくうちに、余計に絡み合ってしまっていた。


 マナレスはひと仕事終えたといった感じで、両手をぱんぱんとはたく。


「朝飯前の一丁あがりだな」


「貴様ら、我ら剣の騎士に楯突くとは、どうなるかわかっているのか!」


 網に捕らわれているこんな状況にもかかわらず、居丈高に怒鳴る騎士たちの頭上に、急に黒い影が覆いかぶさる。

 アルセストが仁王立ちになり、騎士たちを見下ろしたのである。これ以上はないというほどの極上の笑顔で……。けれど目はひと欠片も笑ってはいなかった。

 その不気味な笑顔に騎士たちは押し黙る。


「ところでさっき、このドラゴンスレイヤーのことをさ、盾にディープキスしまくってる妄想変態野郎だとか言ってなかったっけ?」


「そ、そこまでは言っとらん……!」


 その騎士の言葉を聞いた瞬間、アルセストは騎士たち六人をからめとっていた捕縛網の端をつかむと、500キロはあろうかというその重量をものともせずに振り回し、騎士の身体ごと教会の石壁に叩きつけた。


 なんという膂力(りょりょく)

 騎士たちの「うぎゃぁ」という悲鳴とともに、肉がぐちゃりとひしゃげる音が響く。


「誰がため口で喋っていいと言った? ああーん?」


「どう見てもアルセストの方が悪役の台詞だよ……」


 アルセストの恫喝行為を傍目(はため)に見やりながら、マナレスは騎士たちの身を案じて十字を切って祈ってやった。

 でもまぁ彼らは自業自得だからしょうがないね、と放っておくことにする。


「それよりもだ――」


 マナレスは倒れていたイザドラの前に悠然と片膝をつきひざまずくと、芝居がかった大仰な仕草でうやうやしく手を差し伸べる。


「助けに来たのが正義の騎士でなく、悪のドラゴンでも大丈夫だったかな、レディ」


 先ほどまで恐怖と絶望で張りつめていたイザドラは、そのマナレスの言葉に緊張の糸がほどけたのか、相好を崩しながら泣いていた。

 私にも助けてくれる人たちがいたんだと――


「あ、ありがとう」


 傍観者を決め込んでいた人々も、いつしか喝采の声を送っていた。その中には先ほどの赤子を抱いた母親の姿もあった。

 誰もが、本当は見て見ぬふりをしたかったわけではない。弱者をいたぶる騎士たちに立ち向かえればよいのにと、なにも出来ない自分たちを恥じていた。こんなゴミ溜めみたいな街でも、大半の人々は正しく生きたいと願っているのだ。

 だからこそ、反英雄たちの行動は彼らにも勇気と希望を与えてくれた。



 そんな人々が見守る中、マナレスがイザドラの手を取ろうとすると、彼女はその手を振り払うように引っこめた。


「わ、私の手は汚いからさ、握るもんじゃねーよ」


 それはマナレスを嫌って避けたわけではなかった。

 竜化症は感染するかもしれないと忌み嫌われる呪いだ。だから彼女は、触れられるのを躊躇(ためら)ったのだ。それはこの呪いが発症してから身に付いた、少女の悲しい習性だった。

 そんなイザドラの想いを察したマナレスは、優しく微笑みかける。


「大丈夫、こう見えても僕はドラゴンだからね」


 そう言うとかまわず手を取って、淑女に対してするように少女の手の甲に接吻した。

 驚きと共に頬を赤らめたイザドラは、マナレスの手をつかんで立ち上がろうとするのだが、先ほどまでの緊張のためか思わずよろめいてしまう。マナレスは倒れそうになる少女に腕を回すと、そのまま優しく抱きしめる。安堵感から涙を流すイザドラの方も、もはや避けることもなく、自然とすがりつくようにマナレスに抱きついていた。


 そこで終わっていればかっこよく決まったのだろうが……、マナレスはこれ以上ないというほど鼻の下を伸ばしながら呟く。


「キミ、意外と着痩(きや)せするタイプなんだね……」


「きゃぁ! どこさわってんだよ!?」


 少女の悲鳴を聞いたアルセストが、盾でマナレスの後頭部を思いっきり引っぱたいた。


「このエロドラゴンがっ! おまえ竜のくせに、なに人間の少女に欲情してんだよ!?」


「いや~、今は人間になったから人間界のこと研究してるんだって」


 マナレスが(はた)かれた頭をかきながら、しどろもどろに言い訳する。

 お前は人間じゃなくてエルフだろが、設定を間違えてるぞ! と思うアルセストだった。



 彼らはイザドラが探し求めた反英雄に違いなかったが、そのやり取りを呆然と見ていた彼女は、一抹どころではない不安に頭を抱え込むのであった。


「わたし助けを求める相手、失敗したかもしれない……」と。

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