第4話 少女イノーヴァの依頼
頭から世界を滅ぼす花を咲かすイノーヴァは、花が咲くのを止められないのなら自分を殺して欲しいと依頼してきたのだ。
しかしそんな願いを鵜呑みにできるほど、アルセストは物わかりの良い男ではなかった。
「馬鹿を言うな、そんなことできるわけがないだろうが! なにか、イノーヴァを救う方法があるはずだ……!」
アルセストはクリキュラに向き直ると、言い放った。
「またいつものようにお前がぶつくさ文句をつけようが、俺は助けると決めたぞ。クリキュラがこの依頼を引き受けなかろうが、俺ひとりでもこの少女を救ってみせる」
だがクリキュラの回答はアルセストにとって予想外のものだった。
「お前さんはなにか勘違いしているみたいだねぇ。あたしらがイノーヴァを預かったとしても、簡単に殺していいわけじゃないさね。むしろ彼女の花の呪いを解かない限り、あたしら自身の命も危ないのさ。世界が滅ぶという話を別にしてもね」
「どういうことだ?」
アルセストの疑問に対し、クリキュラは魔術師ザザンを細目で睨みつけながら語った。
「この娘は大義名分なのさね。この娘を預かった瞬間から、あたしらは隣国の貴族をさらった逆賊の汚名を着せられ追われることになるだろうよ。真実はどうであれだ。
その上あたしらがこの娘を殺せば、国の騎士団たちはこぞって反英雄を討伐するために立ち上がるってわけだ。だからあたしらに依頼を断る権利はなく、なおかつイノーヴァを救う以外に道はないのさね。それがこのいけ好かない魔術師の狙いだ。
この国の支配者たちは、あたしたちが前回『竜殺騎士団』に喧嘩を売ったことを、軽くは見ていないようさね」
「さすがクリキュラさん、話が早くて助かるっスよ。僕らが直接手を下すのは躊躇われるので、こういう汚れ仕事はみなさんのような人たちに押し付ける――いえ、お願いするのが一番だと思いまして」
魔術師ザザンはまるで商売の話でも切り出すように、愛想笑いを浮かべて喋り出す。けれどその瞳の奥には毒気が充満していた。
「万一イノーヴァ嬢を救えれば万々歳。残念ながらイノーヴァ嬢を殺してしまっても、騎士団があなたたち反英雄を退治する。魔王子も反英雄もいっぺんに排除できて一石二鳥ってわけっスね。
だけれどみなさん、というか特にアルセストさんにはメリットもあるんですよ」
「メリットだと!?」
「ええ、僕、言ったでしょ。例え花が咲いてイノーヴァ嬢が死んだとしても、『世界を滅ぼしたその後にひとりの命が救われる』ってね。百年百合の花が咲いた後にできる種には、死んだ人間を生き返らす力があるんすよ」
それを聞いたアルセストはしばらく言葉を失っていたが、ぎこちなく強張った笑顔を浮かべて反論した。
「お、俺の彼女は死んでないから。プリウェンちゃんは盾の中に封印されているだけだから……。
それに種を手に入れるってことは、魔王子が復活して世界が滅びた後ってわけで、それじゃあ元も子もないだろうが」
「もちろん魔王子の復活は脅威ですが、再封印するなどの対処方法がないわけじゃない。
それよりも……アルセストさん、あなたが現実から逃げて妄想世界に引きこもるのは勝手っスよ。でもせっかくの千載一遇のチャンスまでみすみす逃して、プリウェンさんを生き返らせなくて良いんすか?」
「言っとくが俺のは妄想じゃない。封印を解いてプリウェンを人間に戻すのが俺の超目標なんだ。それに他人の命を奪ってまでプリウェンを取り戻したとして、彼女が喜ぶわけがないだろうが」
そうやって言い切るアルセストだったが、その声がかすかに震えていることにザザンは気付いていた。他人の人間率を見ることができるという魔術師は、灰色の瞳で妄想戦士を見定めるように眺める。
「へぇ、あくまで妄想ではないと言い張るわけっすか。ならば余計にアルセストさんはイノーヴァ嬢を見殺しにして、百年百合の種を手に入れようとするでしょうね。竜から逃げ、現実からも逃げてるんだから、また楽な方へ逃げて恋人を生き返らそうとするんじゃないっスか?」
鼻で笑うザザンをギロリと睨みつけたアルセストは、静かに腰の剣に手をかけた。柄を持つ拳はぎりぎりと音を立てそうなほど握り締められ、今にも刃を抜き放ちそうな勢いだ。アルセストはプリウェンのことになると、簡単にキレてしまう狂戦士なのだ。
しかしそれまで静観していたマナレスが重い腰を上げるように、寄りかかっていた壁から離れてアルセストの腕を止めた。
「待てよ、安い挑発に乗る必要はないだろ。それにイノーヴァちゃんもみすみす殺されるつもりはなさそうだよ。助ける方法はあるってことさ」
「なぜそんなことがわかる?」
「彼女が本当に死を覚悟しているなら、誰にも迷惑をかけることなく自殺しているだろうからね。それに彼女の眼を見れば、指をくわえて黙ってるタイプじゃないってわかるさ。僕はドラゴンだけど、人間の女性を見る目は確かだからね。
せっかくの可愛らしい少女を見殺しにするなんてとんでもない、イノーヴァちゃんを救うためなら僕も手を貸すよ」
マナレスはアルセストの質問に答えると、イノーヴァに向かって微笑みながらウィンクする。けれど少女はどう返答してよいのかわからず、戸惑いながらも素っ気なく頷いただけだった。とはいえどうしても気になることがあったようで、一つだけ疑問を口にする。
「手助けはありがたい限りだ。しかし、そなたはドラゴンではなくエルフにしか見えないのだが……」
「いやいや、これは世を忍ぶ仮の姿だからさ。いざとなれば僕がドラゴンに変身して、その魔王子とやらもイチコロよ。だからイノーヴァちゃんも安心して大丈夫さ」
眉根を寄せるイノーヴァをよそに、マナレスは大口を叩いてみせる。そんなマナレスのおどけた姿を見て、アルセストも少し落ち着いたようだ。イノーヴァとザザンに宣言するように告げた。
「なら話が早い。俺たちはイノーヴァを殺す依頼は引き受けられない。だがこの少女が呪いを解くために覚悟を決めるなら、俺たちも一緒に戦う」
アルセストとマナレスの熱意が伝わったのだろうか。イノーヴァもそれまでの沈黙を破って、わずかに上気した顔を向ける。
「私もむざむざ無駄死にしたいわけではない。だが果たして、こんな私が生きたいと願ってよいのだろうか? 生きたいと望むことすら罪なのではないかと思うのだ。ましてやそなたたちを危険に巻き込んでしまうのだぞ」
そんな少女の懊悩を、マナレスは吹き飛ばすように答えた。
「さあねぇ、でもイノーヴァちゃんひとりで背負い込まなくても良いんじゃないか。それに僕らは正義の英雄じゃないからね。世の中の人々を危険にさらそうが、自分たちのやりたいことをやるだけさ。だからイノーヴァちゃんも自分の生きたいように生きればいいのさ」
その言葉にイノーヴァは震えるように深呼吸すると、ほんの少しだけ瞳をにじませて頷いた。




