第3話 ババ抜き【挿絵あり】
反英雄たちのアジトに訪れた宮廷魔術師ザザンと、頭に花の蕾を生やした少女イノーヴァ。
ザザンが言うには、イノーヴァの頭から生えた花が咲いてしまうと、魔王子が復活してこの島が滅びるということだった。
椅子の肘かけに頬杖をつくクリキュラにうながされ、ザザンとイノーヴァは長椅子に座る。それに向かい合うようにマナレスとアルセストは立ったままで話を聞くことにした。
魔術師の唐突すぎる話に、アルセストが尋ねる。
「ちょっと待てや、話が飛びすぎてよくわからないんだが。頭から花が生えているのもおかしな話だが、そもそも何でその少女の花が咲くと、魔王子とやらが復活するんだよ?」
ところがザザンはそれに回答せずに、逆に質問で返した。
「百年百合という花を知っていますか?」
アルセストもマナレスも答えられずにいると、代わりにクリキュラが口を開く。
「聞いたことがある。百年に一度しか咲かない伝説の花だとね。だが伝承では、その花が咲くときには地上に平和が訪れるという話さね。決して世界が滅びるような、物騒なものではなかったと思うがね」
クリキュラが興味なさげに答えると、それを受けてザザンが続ける。
「さすがクリキュラさん、博識っスね。その伝承は半分正解ですが、正しくはこう続くんスよ。
『百年百合が咲くときには九人の魔王子の一人がこの世にあらわれ、絶対正義の下に悪を滅ぼし平和が訪れる。その後にひとりの命が救われる』とね」
「悪が滅びる……。それならやっぱり平和が訪れるんじゃねーのか?」
そんなアルセストの問いに、ザザンが待ってましたとばかりに話し出す。
「確かにそうなんですけどね、悪ってのがその魔王子基準でしてね。盗みを働いた奴は悪、犬を虐めても悪、花を摘んでも悪、おまけに心の中で悪態ついても悪。つまりおおよそ生きてる人間はすべて悪人って判断されてしまうわけなんスよ。結果人間は滅びて自然だけが残るって感じですかね」
とんでもない話だった。
さらにザザンが語った内容では、百年百合は魔力の高い選ばれし者に芽吹き、その生物の魂を吸って育つ。そして花を咲かせる時には、その宿主の命を奪ってしまうとのことだった。だとすれば、すでにイノーヴァの命も予断を許さぬ、危険な状態にさらされていることになる。
戦士であるアルセストにはおよそ簡単には信じられない話だが、この軽薄そうな笑みを浮かべている魔術師も眼だけは笑ってはいない。魔力を見極められるクリキュラもマナレスもいたって真剣な表情で聞いているところをみると、真実に違いないのだ。
だとすれば別の疑問が浮かんでくる。
「その話が本当だとするなら、今回の依頼は、その『百年百合』とかいう花が咲くのを防いで、魔王子の復活を阻止すればいいわけか。だがそれならなぜ騎士団やお前ら国が直接動かないんだ? 俺たちみたいなはぐれ者にいちいち頼むような話じゃないだろう?」
「そこが難しいところでしてね。僕らが直接手をくだすと角が立つと言いますか……」
ザザンは頭をかきながら、言いにくそうに語尾を濁す。その姿を見たクリキュラが鬱陶しそうに話し出した。
「別に花が咲くのを防ぐこと自体は、難しい話じゃないだろう。なんなら今すぐこの部屋で出来るさね」
「……どういうことだ?」
アルセストが驚いて聞き返すのだが、蛇乙女はそれに答えることなく舌打ちすると、いきなり機械仕掛けの眼帯をシャッター式にカチャリと開いて、その奥にのぞく赤い眼でイノーヴァを睨みつけた。
少女が声を押し殺しながらも「うあぁ!」という短い悲鳴を漏らすと、見る見るうちに彼女は石化してしまうのだった。あとにはソファに腰掛けた、精巧な少女の石像が出来上がる。
「お、お前なにやってんだ!?」
慌てるアルセストを無視して、クリキュラが言い放つ。
「これにて一件落着だな。石化してしまえば永久に花が咲くことは無い。とはいえ、そんなことくらい魔術師たちが考えつかないはずは無いんだがねぇ……」
どこか釈然としない蛇乙女に向かい、ザザンは演技じみた大仰さで答えた。
「さすがクリキュラさん、容赦ないっスねぇ。まぁ僕たちも石化とか色々やってみたわけですが――」
その言葉を言い終える前に、石化しているイノーヴァから石が砕けるような奇妙な音が鳴り始めたかと思うと、花冠の石化が徐々に解除されていく。そして見る間に彼女の身体全体も、元の生気のある肌に戻っていくのだった。
どうやら百年百合は、クリキュラの石化の力を弾いてしまったようだ。多分それ以外の魔法も効かないに違いない。
石から元の姿に戻ったイノーヴァは叫び声を上げることもなく、ひとつ深呼吸をしただけで再び黙り込んでしまう。
さすがにここまで喋らないのは奇妙だ。アルセストがそう思って尋ねようとしたとき、クリキュラが口を開いた。
「なるほどね、やはりそうか……。だからあたしらに解決させようとこの娘を押し付けてきたわけか」
「国の魔術師たちにできないことを、俺たちにどうやって解決できるってんだよ? クリキュラ、お前はなにか解決方法を知ってるのか……!?」
アルセストの問いに、辟易したように蛇乙女が答える。
「だから花が咲かないようにするのは難しいことじゃないと言っている。お前さんはあたしの話をちゃんと聴いてたのか? この部屋の中でも解決できるだろうが」
アルセストにはまるで見当がつかない。だが、この化け物じみた蛇乙女は、炯々たる眼光を放ちながら、血の通ってなさそうな冷たい声で告げた。
「この少女を殺せば全て解決するさね――」と。
「馬鹿な……」
アルセストは絶句する。けれど彼を除いた部屋の住人はみな、その答えに気付いていたようだ。ザザンもいたって平然としている。アルセストが助けを求めるように見やったマナレスも、どうしようもないと言いたげに両手を上げて肩をすくめるだけだった。
当の少女イノーヴァも、蛇乙女の「殺す」という言葉を聞いた瞬間はビクッと身体を震わせたものの、今ではスカートの端を握りしめ、ギュっと口を結んで一言も喋らない。
アルセストが少女に抱いていた違和感は、今や確信に変わっていた。この少女は喋れないのではない、喋らないのだ。話して分かり合うことを諦めてしまっているのだ。どうすることもできない自分の悲しい運命を受け入れて、覚悟を決めてしまっているのだろう。彼女は殺されるとわかっていて、ここに連れてこられたのだ……。
しかしそれより許し難いのは、この魔術師ザザンはそれを知っているにもかかわらず、少女をここに連れてきていることだった。
アルセストの射るような視線に気付いたザザンが、おどけたように口を開いた。
「そんな睨まないでくださいよ~。これはいわばババ抜きですよ」
「ババ抜きだと!?」
「そうですよ、トランプのババ抜きやったことあるでしょ? 邪魔なカードは他人に押しつけて、自分は悠々と勝ち抜くゲームっスよ」
アルセストはザザンに詰め寄ると、彼の胸倉をつかんで怒りをぶつけた。
「ふざけんじゃねーぞ! お前は初めからこの少女を殺すつもりでここに連れてきたっていうのか!? なんの罪もない少女を見殺しにするってのか!? 彼女みたいな弱者を救うのがお前ら国や騎士たちの役目じゃないのかよ!」
だがアルセストの怒声にひるむこともなく、ザザンは何食わぬ顔で言い返す。
「よくわかんないことを言う人っスね、アルセストさんは。最大公約数の幸せのために、少数を犠牲にするのが、この世の中……まつりごとの基本じゃないっスか。誰かひとり犠牲にして世界が救われるなら、みんなそれを選択するでしょ。王様だろうが平民だろうがね。
イノーヴァ嬢を見殺しにするのは僕じゃない、この世の中全員なんすよ」
その端正な顔立ちにどこか人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべるザザンの態度は、アルセストの神経を逆なでするのに充分だった。
「なにが『まつりごと』だ! 全員見捨てるだと!? 俺は見捨てた覚えはないっ!」
考えるより先に手が出た。アルセストは胸倉をつかんでいた手を離すと、ザザンの左頬をおもいっきりぶん殴る。
鈍い音を立ててザザンはのけぞり、頬が切れて血がにじんだ。しかし彼が首から下げていた独楽が淡い光を発すると、その瞬間アルセストの頬も鈍い打撃音とともに皮膚が切れて血が吹き出す。
どうやらザザンの持つ独楽には、相手に攻撃を跳ね返す魔法がかかっているようだ。
いつもならいち早く仲裁に入るはずのマナレスも、今回は部屋の中での乱闘を止めるつもりはないようで、腕組みして壁にもたれたまま見守っている。クリキュラの方はというと、いつも通りまるで興味がなさそうだった。
ザザンが頬の血をぬぐいながら、アルセストに向かって喋り出す。
「喧嘩っぱやいですね……でも僕を殴れば殴るほどあなたも傷つくんすよ。無駄なことはしないことです」
「そんなことでひるむと思うのか!?」
「脅しじゃない、忠告ですよ。それとさっきも言ったように、ひとりを犠牲にして世界を救おうとしているのは僕じゃない、ほかでもないイノーヴァ嬢自身なんですよ……」
その言葉に驚いたアルセストがイノーヴァを見やると、彼女はそれまで伏せていた顔を上げてしっかりとアルセストを見つめ、静かにコクリとうなずいた。
ずっと黙り続けていたイノーヴァが、震えを隠すように絞り出した声で訴えた。
「私は生きていて良い存在じゃない。お前たちが見捨てられた人々を救ってくれる反英雄だというのなら、どうかひとつ願いを叶えて欲しいのだ。
この花が咲くのを止められないのなら、私を殺してくれ――」と。




