第27話 エピローグ【第1章完結】
戦いの終わりを告げるかのように、東の空からオレンジ色の薄明が立ち上がり、見る間に暁をさし始める。
いつのまにか人捨て山の村人たちも、この戦場跡にやって来ていた。高台に立つ騎士たちの石像を見るとギョッとして、恐る恐る遠巻きに眺めている。その中にはあの司祭様だけでなく、女性や子供たちの姿もあった。
人捨て山での戦いは大団円を迎えたように見えた。
ところが、クリキュラが蛇で咥えた剣を引きずるようにしながら、倒れたギリエルモに近づいていく。眼帯に覆われていない方の右目は、すがめるように彼を見据えていた。
ギリエルモは剣を取り落とし、膝をつき立ちすくんでいた。最後の一滴まで力を振り絞ったため、もはや剣を拾う力さえ残っていない。
だが、まだ終わったわけではなかった。彼のやったことがそう簡単に許されるはずもないのだ。
「殺すなら殺せ……。俺は自分の犯した罪を償わなければならない。やったことが許されるはずもないのだから」
マナレスもイザドラも、緊張の面持ちでクリキュラを見守る。
蛇乙女は蛇の咥えていた魔剣をそのまま飲み込むと、逆に地面に落ちていたギリエルモの魔剣『龍舞』を蛇の顎で拾い上げる。
その流れで刃をギリエルモの腕に叩きつけると、魔剣を振るって突き刺した。だがそれはギリエルモの身体にではない、大地の上に突き立てたのだ。
そしてクリキュラは物静かな声で喋り始めた。
「お前さんはこの魔剣の力を勘違いしているようだな。これはかつて『至高王』に仕えた『十二の剣』の内のひとりが所持していたものだ。その騎士は竜に乗り空を駆け巡ったという」
その英雄譚はギリエルモも聞いたことがあった。だが、しょせん伝説上のおとぎ話だと思っていたのだ。
クリキュラはさらに続ける。
「彼は竜とともに数々の武勲を立てたが、決して竜を支配していたわけじゃない。この魔剣は竜を踊らすことができるほど支配するから、『龍舞』と呼ばれているのではない。竜と踊れるくらい友情をはぐくむことができるから、『龍舞』と呼ばれているんだ」
ギリエルモにとって、そんな話は初耳だった。だがもしそうだとするなら、あの巨竜が最後にギリエルモの願いを聞き届けてくれたのも辻褄が合う気がした。
「そしてもうひとつ、その英雄は竜化症になるどころか、その病魔を治してまわったそうだ。つまりどういうことかというと……お前さんの腕を見てみろ」
ギリエルモが己の鱗に覆われた腕を見てみると、先ほどこの蛇乙女が魔剣の刃を叩きつけたところから、竜化症の鱗が数枚抜け落ちていた。そこから彼本来の透き通るような白い肌が見えている。
「まさか、そんなことが――」
「お前さんが本当の英雄と呼ばれるほどに魔剣を使いこなせるようになれば、竜化症も治せるようになるだろうさね。もちろんあたしは、お前さんのような軟弱者には無理だと思っているがね。今のお前さんは英雄には程遠い、百年たっても無理だろうね。
だが、それでも挑むかどうかはお前さん次第さね」
そういうとクリキュラは地面に突き刺した魔剣からシュルリと蛇をほどいて、ギリエルモに促した。罪を償う覚悟があるのかと言わんばかりに。
ギリエルモはまぶたを閉じて、戦友との約束を思い出す。英雄でい続けるというのは生易しいことではないな……。
彼は手を伸ばして魔剣を握る。先ほどまでは剣を拾う力すら残っていなかったのに、今ではその腕に力がみなぎるのを感じていた。
「見せてやろう、本当の英雄の姿をな。十年経とうが、百年だろうが、必ず!」
その言葉を聞くと、クリキュラは踵を返し、黙って見守っていたイザドラへ近寄っていく。
「お前さんは『まっとうな人間に戻れなくていい』なんて言ってたが、あたしがそんな嘘も見抜けないと思っていたのかい? お前さんの竜化症も、あの英雄崩れに治してもらうんだな。それと、こいつも返しておく」
クリキュラは蛇の口から薄汚れた革袋を吐き出すと、イザドラに投げ渡した。それはこの少女が亡くなった母親と貯めた全財産、依頼の報酬として渡したあの銀貨銅貨の袋だった。
「なんで、これを!?」
「竜殺騎士団を追い出すって依頼は達成できなかったからな。契約不履行だ」
そのやり取りを眺めていたマナレスが、ニヤニヤしながら冷やかした。
「やれやれ、結局タダ働きかい。だったらいっそ、あの石像たちも片づけていった方がすっきりするんじゃないか?」
そう言って大仰に両手を広げると、高台の騎士たちの像を指し示す。
クリキュラは舌打ちすると、機械式の眼帯を開いて青い眼で石像を見やる。すると次々と彼らの石化が解かれ、生身の人間へと戻っていくのだった。
石像になっている間も意識が無くなるわけではない、石となりながらも一部始終を見守っていた騎士たちなら、石化を解かれても襲い掛かってくることもなかろう。
だが、騎士たちがこの村に残る以上、あたしら反英雄は邪魔者なのだ。
クリキュラは蛇を伸ばして、聖乙女の盾を抱いて幸せそうに寝ているアルセストを無理やり叩き起こすと、彼らを連れてそのまま広場を立ち去ろうとする。
クリキュラが遠巻きに見ていた村人たちの横を通り過ぎようとすると、その人垣は「ひぃっ」と叫んで恐れるように彼女を避けていく。その中にいたまだ幼い子供などは、大声で泣き出す始末だった。
「待ってくれよ、たいしたお礼はできないかもしれないけど、せめて村でゆっくり――」
そう呼びかけるイザドラに、振り返ることもなくクリキュラは語った。
「あたしは半分メデューサさ、何も知らない村人たちにとっては恐怖の化け物でしかない。しょせん人間の世では生きられないのさ。
おまけに、お前さんたちの呪いと違って治るなんてこともない……」
「そ、そんなことって」
イザドラは想像したこともなかった。今の今まで、目の前の蛇乙女は恐ろしい化け物みたいな存在だと思っていたのに、本当はイザドラより多くの差別と孤独を味わった『人間』だったのかもしれない……。
蛇乙女を呼び止めようとしたイザドラの肩を、マナレスがポンポンと叩いて引き止める。
「まぁ今生の別れってわけじゃあるまいし、なんかあったらまた混沌街に遊びにくりゃーいいさ。それに、今はクリキュラも独りってわけじゃない」
「でも、あんたたちは村を、私たちを救ってくれた英雄なんだよ!?」
「僕らは英雄じゃないさ。それよりもっと弱いヤツらさ――」
クリキュラとアルセストはかたわらに休んでいた馬たちの背に乗ると、そのまま駆け出していく。マナレスもそれを追うように広場を後にしようとする。
「待って」
そういうと、イザドラはマナレスに駆け寄り、その頬に軽く触れるように口づけした。
照れたようにマナレスは、軽く頬をさすりながら苦笑する。
「ははは、でも呪いは解けなかったようだねぇ」
「バカ……」
そう言って頬を染める少女は、初めて会ったときよりも愛らしく見えた。
そこには人から触れられるのを避けていた少女の姿はもう無い。彼女の呪いが解けるかどうかはわからないが、きっと彼女はそれを乗り越えていくだろう。本当の意味で、たったひとりの少女を救えたのかもしれない――マナレスはそのことが、なにより嬉しかった。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
反英雄たち三人組は人捨て山をあとにすると、混沌街への帰路についた。
途中、焼け落ちた森に寄ると、あの騎士隊長たちまで石化を解いてやったのだが……。彼らはクリキュラの姿を見ると、恐れをなして一目散に逃げ出してしまったのだった。
馬上の三人は朝日の指す街道を歩いていく。アルセストが楽しそうに盾と会話しながら先行し、少し離れてマナレスとクリキュラが続く。
「しかし、あの残忍な蛇女なんて言われたクリキュラが、全員助けて回るなんて随分と大盤振る舞いじゃないか」
「あたしだって救える命まで、無理やり殺したいわけじゃないさね」
クリキュラはそっぽを向くと、ぶっきらぼうに吐き捨てた。
「そんなことより、あたしはお前に問いただしたいことがあったんだよ。『イザドラは絶対に裏切らない、それには明確な理由がある』って言ってたよな。それにお前さんたち二人は、イザドラが巨竜の前に飛び出るのも気づいてたみたいだしな。何故わかったんだ!?」
「なんだ、そんなことか。……むしろそんなこともわからないのかい?」
マナレスがそう揶揄うと、クリキュラは苛立ちを隠すことなく、歯ぎしりしながら問い詰めてくる。
「だから、さっさと喋れよ!」
「たいした話じゃないさ。イザドラがあの竜の髪飾りをしてるのはおかしな話だったってだけだよ。
彼女は自分の鱗に覆われた肌を見られたくないから、部屋の中で上着まで着て隠していた。そりゃ年頃の少女だもんな、当たり前の話さ。彼女は自分の竜の呪いを心底恨んでたに違いない。だからこそ、そんな竜をかたどった髪飾りなんて自ら選ぶわけがないんだよ」
「あっ……」とクリキュラは声を漏らしていた。彼女にはイザドラのそんな気持ちが微塵もわかっていなかったのだ。
「そんな髪飾りをつけたくなる理由は一つしかない。好きな相手にプレゼントされたからだ。その相手がギリエルモだったってわけさ。だから彼女が助けに入るのもいち早く気が付いたんだよ」
「馬鹿な、たかがそんなことくらいで人が命を賭けたりするのかよ!?」
クリキュラはそうは言ったものの、何とも言えない悔しさが込み上げてくるのだった。
自分の推理の及ばないところでマナレスに負けたからというのもあるだろう。けれども何よりクリキュラには、「そんな想いだけで人が命を賭ける」こと自体が理解できなかったからだ。
人間でない自分には、その感情は理解できないのだろうか――
クリキュラは前を歩く妄想戦士を見つめると、さらにマナレスに食い下がる。
「アルセストもそれを見抜いてたっていうのか? あの何も考えてなさそうなボンクラ野郎が!?」
「さあね、ただ人を愛することにかけちゃ、あの妄想戦士の方が僕らより一枚上手なんじゃないかねぇ」
マナレスが目を細めてそう言ったものの、クリキュラはどこか釈然としないようだった。
そんな二人の会話に急にアルセストが割って入る。
「お前ら、さっきから黙って聞いてりゃ言いたい放題だな。俺のは妄想じゃないから、プリウェンちゃんは生きてるんだからな。次こそ封印を解いて人間に戻してあげるからね」
そう言ってアルセストは盾を強く抱きしめると、プリウェンの瞳と同じ色の、真紅のマントをひるがえし駆けだした。
うららかな春の日差しの中、反英雄たち三人に春一番の風が吹くのだった。
<第一章 完>
作者より:
第1章完結しました。楽しく読んでいただけたら幸いです。
これを機に感想やレビューなどをもらえたら励みになります。もちろん批判や叱咤激励のお言葉でもありがたいです。
第2章は挿絵が間に合わないことや作成が遅れているのですが、夏頃に再開予定です。よろしくお願い致します。




