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反英雄  作者: AI
第1章 竜殺しの英雄
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第26話 復活の魔竜

 人捨て山の奈落の穴は、実は石化していた竜の頭部だった。


 その頭部は生き物というより、さながら宙に浮かぶ城だった。頭からは尖塔のように伸びた角がいくつも生えており、口の端からのぞく白い牙は、一本一本が巨大な石柱のようだ。

 月明りに照らされた竜の頭部は、それだけで数十メートルはあろう……ならばまだ地面の中に埋まっている胴体を含めれば、体長は100メートルではきかないはずだ。まさしく化物じみた巨大さだった。


 イザドラは人捨て山に伝わる伝説を思い出していた。その昔、炎の髪を持つ魔法使いがあらわれ、竜を地中深くに封じ込めたという話を。


 今のクリキュラは、蛇の覚醒毒のせいで真っ赤な髪になっていた。それはまるで伝承に伝わる魔法使いのようにも見える。だが、だとしたら、彼女はいったいどのくらい生きているのだろうか……?


 赤い髪を踊るように揺らしながらクリキュラは笑った。


「安心しろ、石化を解除したのは頭部だけ、しかも三分間だけさね。たった三分間耐え抜けば自動的に石の塊に戻る、お前さんの勝ちだ。さぁ、竜殺騎士団のお手並み拝見といこうか」


 ギリエルモは魔剣の力で竜を支配下に置いていた。だがこの天に届くほどの巨大な頭部を持った巨竜からすれば、彼の手にした竜などまるで赤子同然だ。

 巨竜が軽くいななくだけで大地は震え、今すぐ逃げ出したくなるほどの恐怖がギリエルモの全身をむしばむ。

 こんな巨大な魔竜にどうやって立ち向かえばいいというのだ……!?


 巨竜がまるで息でも吐くかのように、軽く炎を吐き出すと、紅蓮の業火がギリエルモに襲いかかる。

 彼は恐怖に耐え魔剣を握りしめると、支配下の竜を使ってその炎を防ごうとした。


 だが、巨竜のたったひと吹きで、彼の竜は鉄板のような固い鱗を溶かされ、肉を焼かれ、見る間に骨まで燃えつくされる。

 上半身を失った竜は浮力を失い、轟音を立てて地面に落ちる。


「そんなバカな……、竜が火炎で焼かれるなんて――」


 ギリエルモの半分火傷に覆われた顔は、血の気を失い絶望の色を浮かべていた。魔剣を持つ手もガクガクと震え、今にも取り落としそうな勢いだ。


 巨竜が落雷のように喉を鳴らすと、大きく口を開き再びギリエルモに向かって炎を吐こうとする。


「うわぁぁぁぁー!」


 ギリエルモは動転し、金切り声を上げる。尻もちをつきながら後ずさるが、恐怖で身体がいうことを聞かない。


 クリキュラは冷酷な眼でそれを眺めていた。

 こいつが死ぬのは自業自得さ。悪逆非道を尽くした挙句、あたしたち反英雄に逆らったのだ。自らの命でそのカタをつければいい。


 『覚醒疾走(アドレナライズド・ドライブ)』の時間が終わり、蛇乙女の髪はシュルシュルと黒髪に戻っていく。こうなるとしばらくはまともに戦うことさえできなくなる。安易に使うことの出来ない諸刃の力だ。だが勝利は確定したのだ。


 クリキュラは人捨て山に来ると決めたときに、こうなることまで予測していた。すべては彼女の推察の範囲内だった。

 しかし蛇乙女は気づいていなかった。人間ではないからこそ、人間として生きられなかったからこそ、人間の私利私欲ではない純粋な感情までは読み取ることができなかったのだ。


 怯えて死を覚悟したギリエルモの前に、ひとりの人影が走り出る。まるで竜の炎からギリエルモを守ろうとするように、銀髪の少女が両手を広げて立ちふさがる。

 その髪には竜をかたどった銀の髪飾りが揺れている。


「な、なにをやっているんだ……!?」


 予想外の行動にクリキュラは慌てるが、今からではどうすることもできない。イザドラを助けるには間に合わない。そもそもなぜこんな男を助ける必要があるんだ!? 混乱が彼女の脳を渦巻く。


 イザドラの顔には恐怖とともに、それを上回る覚悟の表情があった。

 反英雄たちに村を救ってくれと依頼した。けれども本当はもう一つ、ギリエルモを止めて欲しかったのだ。彼にはずっと英雄でいて欲しかったのだ。


 死の間際には走馬灯のように過去を思い出すというが、イザドラはギリエルモと初めて会った時のことを追想していた。


 彼女が竜化症の鱗のせいで村の少年少女たちに虐められていた時に、たまたま通りかかった彼が助けてくれたのだ。「この少女の病気を差別するな、人の痛みを知らないままに容易(たやす)く傷つけてはいけない」と。

 そして泣いて倒れ込んでいたイザドラを抱きかかえて、竜をかたどった銀の髪飾りをくれたのだ。

 亡くなった母親以外に、初めて呪われた自分を助けてくれて、温もりを感じた人だったのだ。


 そしてギリエルモのことを気にするうちに、彼女はこの騎士の秘密を知ってしまうのだった。彼自身も竜化症を患っているということを。しかも、この騎士はその呪いに耐えて戦い続けている――


 彼女はずっと自らの呪いを悲しんでいたからこそ、余計にこの騎士の呪いを可哀想だと感じた。そしてそれでも強く生きようとするギリエルモに憧れてしまったのだ。

 その感情は共感と呼ぶにはあまりに深く、恋心と呼ぶにはあまりに淡かった。


 それに――イザドラは神様のことが嫌いだった。いくら祈っても願いを叶えてはくれないからだ。だけど本当に嫌いだったのは、母親が病気で死んだときも、呪いのせいで自分が虐められたときも、なにもできずにただ守られてばかりの自分自身だったんじゃないのか? 今ここで立ち向かわなければ、一生神様のせいにして逃げ続ける人生なんじゃないのか?

 アルセストも言っていたじゃないか……「本当に大切なのは守り抜くことだ」と。

 あの虐められた時にギリエルモに助けてもらったのと同じように、今度は私が守る番だ。

 イザドラは震える歯を食いしばり、毅然と竜に立ち向かう。


 クリキュラは少女の愚行に舌打ちし、焦りの色を浮かべる。だが今更(いまさら)助ける(すべ)はない……。

 巨竜が(あぎと)を大きく開き、今まさに灼熱の業火を吐き出そうとしたときに、もうひとつの人影がギリエルモとイザドラの前に走り寄るのだった。


「お前の覚悟は受け取った」


 真紅のマントをひるがえし、アルセストが竜に立ちふさがる。


 クリキュラには理解できなかった。

 そもそもどうして駆け付けることができたのか、始めからイザドラがしゃしゃり出ることを予想していなければ、間に合うはずがないのだ。


 おまけにクリキュラの眼に映るこの男は、無手ではないか。聖乙女の盾すら持っていない。それは命知らずどころか、ただの自殺行為だ。


 クリキュラが魔法の盾のありかを確かめようと後ろを振り返ると、先ほどまで近くにいたマナレスが盾に向かって全力疾走しているのが目に映った。こいつもイザドラの行動を予測していたというのか!?


「ドラゴンからのプレゼントだ、受け取れ!」


 マナレスは怪我の痛みを押し殺し、最後の力を振り絞って盾に駆け寄ると、アルセストに向かって力いっぱい投げ渡す。丸い盾がブーメランのように回転しながら滑空し、狙いたがわずアルセストの左腕に受け渡されるのだった。


「待ってたぜ、プリウェンちゃん」


 アルセストはまるで、始めからマナレスが盾を投げてくれるのが分かっていたかのようにその愛する盾を受け取ると、即座に竜に向かって構える。

 そして間一髪で、巨竜から吐き出された(たけ)り狂う炎を受け止める。


 紅蓮の炎があたり一面を焼き尽くすが、魔法の盾に包まれたアルセストたちには届かない。だが、さすがに盾一つで三人を守りきるのは至難の業だった。徐々にアルセストの服が燃え始め、火傷にむしばまれていく。


 くそ、このままではマズい――

 業火の音にかき消されまいと、アルセストが声を張り上げクリキュラに尋ねる。


「あと何分だ!?」


「残り一分間だけだ!」


 『覚醒疾走(アドレナライズド・ドライブ)』の力を使ったせいで憔悴していた上に、炎の渦で近づくことさえできないクリキュラが叫び返す。


 あと一分間も耐え続けられるのか!? ジュウジュウと焼ける左腕の痛みに耐えながら、アルセストは聖乙女が描かれた盾を見つめる。

 いや、例えこの身を焼き尽くされようと、今度こそ絶対に逃げるわけにはいかない。あのとき守れなかったものを、守り抜くのだ……。

 なぁに、たかが左腕一本失っても、残った右腕で守り切ってやるさ、そう盾に誓うのだった。


 ギリエルモは猛火の中で瞠目(どうもく)していた。

 なぜ、アルセストもイザドラも、自分をかばってくれるのか、こんな巨竜に対峙することができるのか。

 ましてやアルセストは一度竜と戦い(やぶ)れている。剣での傷と違い、竜の炎は全身を蝕み、まるで身体中の皮膚の中に毒液を流し込まれたような激痛に襲われるのだ。

 一度その痛みを経験し、全てを失ったというのに、なぜ再び立ち向かうことができるのだ!?

 アルセストの背を凝視しながら、ギリエルモが嗚咽にも似た叫びを上げる。


「俺はお前たちを殺そうとしていたというのに、なぜこんな俺を守ろうとするんだ!? お前たちだけでも逃げればいいだろう!?」


「ドラゴンスレイヤーが竜から逃げてたまるかよ。それに俺は守るべきもののために、二度と逃げないと誓ったんだよ。

 お前もそうじゃなかったのか?」


 見下していた相手から痛いところを突かれ、こんな状況だというのにギリエルモは苦笑した。まさか一度も竜を倒したことのない妄想戦士に教わるとはな。だがこのままでは、三人とも焼き尽くされるのは時間の問題だ。

 彼は手にした魔剣を力いっぱい握りしめると、絶叫した。


 それは絶望の叫びではない、魂の雄叫びだった。

 「お前はずっと英雄でい続けてくれ」――戦死した友人の最後の言葉を噛みしめる。その約束を守らねば……と思い返す。


 可能性はほとんどないに違いない、だが全精力を傾けて、命を賭してでもこの巨竜を(あやつ)るのだ。一瞬でもいいから支配する……いや、このちっぽけな願いを聞き届けてくれるだけでもいい――どうか彼らを守ってくれ。


 すると、まるで巨竜がその願いを聞き届けたのだろうか。その獣は首を徐々にめぐらすと、大きく開いた口をアルセストたちから外し、空に向けたのだ。

 (あぎと)から吐き出された炎が噴火のように天を突きあげると、夜空が昼間のように明るく輝く。


 そして一瞬の花火が上がったあとのように炎がやむと、再び夜のとばりが降り、徐々に竜の頭部が固まっていく。そして轟音と共に地中に沈んでいき、再び巨大な洞穴のように石化してしまうのだった。


 後に残ったのは、ひび割れた大地と満身創痍の5人だった。焼き尽くされた大地からは焦げた臭いが立ち込めている。

 アルセストは構えていた盾を下ろすとギルエルモに振り返った。


「結局最後はお前に助けられちまったってことか……やっぱりお前は英雄だよ。こっちはたったひとつ守るだけでも精いっぱいさ」


 そう呟くと聖乙女が描かれた盾を抱きしめ地面に突っ伏した。よほど疲れていたのか、焼け焦げた地面に横になると、そのまま寝息を立てて寝てしまうのだった。いくらなんでも安心し過ぎだと思うのだが、その寝顔はどこか満足気だった。


 ギリエルモはこの戦士を見つめながら呟いた。


「逆に助けられたのは俺の方だよ。お前は俺の生き様まで守ってくれたのだから」

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