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反英雄  作者: AI
第1章 竜殺しの英雄
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第25話 復活の竜

 奈落の穴から飛び出した竜が、翼を羽ばたかせながら空中を浮遊し、ギリエルモの頭上までやってくる。


 巨大な翼をあおぐたびに旋風が巻き起こり、クリキュラたちに打ちつける。

 その赤黒く燃える双眸ににらまれ、マナレス、アルセスト、そしてイザドラも、身動きができずその場に立ち尽くしていた。


「俺が昔戦ったドラゴンに比べれば、小せえ小せえ」


 アルセストはそう大口を叩いてみせるが、顔にはびっしりと大粒の汗が浮かんでいた。竜自体の脅威はもちろんのこと、そのうえ彼がかつて経験した恐怖が再び襲いかかってくる。

 そんな中、勝ち誇ったギリエルモの哄笑が響く。


「これで貴様らは終わりだ。竜の炎にまみれ這いつくばって死ぬがいい」


 竜を完全に支配できるかどうかは賭けだった。だがギリエルモは(いち)(ばち)かの賭けに勝ったのだ。

 彼は手にする魔剣『龍舞(ドラゴンダンス)』を強く握りしめると、竜に向かって命令する。


 竜は目元まで裂けたその口を大きく開くと、グルグルと喉をならし始める。喉奥に種火のような小さな火が(とも)ると、それが一気に吹き上がり業火が吐き出される。


 アルセストはとっさにイザドラと怪我したマナレスを抱きかかえると、横に飛びしりぞいて転がるように炎を避ける。


 しかしクリキュラは避けるには間に合わず、真正面から炎を浴びてしまう。

 蛇の咥えた刀を回転させるように振るって竜の炎を斬り払うが、防ぎきれるものではない。竜が火炎を吐き終わるころには、彼女は片膝をつきくずおれていた。


 不思議なことに黒いレザースーツ自体には焦げ目ひとつ無かったものの……、全身からはジュウジュウと激しい煙が吹き上がっていた。切り揃えられた黒髪の一部はちぢれており、顔はわずかに火傷でただれている。


「クリキュラ!?」


「いちいち心配しなくても大丈夫だ」


 声をかけるアルセストに対しそう返したものの、クリキュラの表情は曇ったままだ。


「最悪の状況だな」


 マナレスは手負いで戦える状態じゃない。アルセストは剣も砕かれ、竜の攻撃を防げるはずの聖乙女の盾は、遥か後方に投げ飛ばされてしまっている。再び拾い上げるためには、この竜と騎士団長ギリエルモの攻撃をかいくぐる必要があった。それはあまりに無謀な賭け過ぎる。


 こちらの戦力は自分だけ。しかし魔剣も石化の魔眼も今のままでは、この竜に及ぶものではない。

 こうなったら最後の切り札を使うしかないのだ。残念ながら、それによる犠牲は払わねばなるまい……。


 クリキュラは蛇の首を左手でつかみ、その(あご)から剣をもぎ取ると、(こわ)い口調で命令する。


「ピスタス、『覚醒疾走(アドレナライズド・ドライブ)』を使うぞ」


「馬鹿な、わしがそれを許すと思うのか……? こいつらを見捨てて逃げれば済むことではないか。あの時と同じように!」


 黄金蛇は鎌首をもたげて異を唱える。しかし彼女はそれを聞くと、取り上げた剣の刃を蛇の根元に押し当てて脅迫した。


「お前が言うことを聞かないなら、あたしの頭から切り落とす! お前ひとりでどこまで生き続けられるか試してみるか?」


 クリキュラと蛇の間に緊張が走る。蛇乙女の覚悟に、ピスタスは「やれやれ」と言わんばかりにこうべを下げて身を落とした。


「これもあやつら妄想コンビの悪影響かの……。一分間だけじゃ、それ以上は許さん」


「それだけあれば充分だ。こんな状況になったのは竜の封印が解けかけていたからだ。憂いごとは全て排除しておかねばな。根こそぎやるぞ――噛みつけ、ピスタス!」


 クリキュラがそう号令すると、黄金蛇は鋭い歯をむき出しにして彼女の首筋に噛みついた。その毒牙から毒液を彼女の血管へ流し込む。すると血液が膨張し、首筋に破裂しそうなほど太い血管が浮き上がる。


 クリキュラの全身を激痛がむしばむ。しかしそれと同時に恍惚としたアドレナリンが脳内を駆け巡り、彼女は甘い吐息を漏らした。


 毒蛇のピスタスはあまたの毒液を吐き出すことができた。中でも覚醒毒は一時的に脳を活性化させ、人間以上の力を引き出すほど強力だったのだが……、使われた人間はみな脳がとろけて廃人と化してしまうのだ。


 ただひとり、メデューサと人間の合いの子であるクリキュラだけがそれに耐え、力を発揮することができたのである。


 覚醒毒が全身を巡ると、黒かったクリキュラの髪が見る見るうちに赤髪へと変わっていく。

 その姿を見たアルセストが恐れおののき、巻き込まれないように蛇乙女から遠ざかる。


「馬鹿野郎、あいつ石像都市でも作りだすつもりか!?」


 クリキュラはギリエルモに向かって忠告の声を上げる。


「最後の警告だ。あたしがこの力を使った以上、お前の敗北は確定した。今から魔眼を使うから大人しく石化されるんだ。お前さんが石の中で十年か百年か、散々反省したころに石化を解いてやるさね。

 だが、もし抵抗するようなら地獄の業火に焼かれて絶命することになるぞ!」


「変身して強くなったつもりか? たかが髪の色が変わっただけではないか。貴様の方こそ、この状況が分かっているのか? 貴様らに勝つ見込みなど、ひと欠片もないわ!」


 ギリエルモは場違いなクリキュラの忠告を笑い飛ばすと、魔剣を高々とかかげて竜に命令する。

 だがそれよりも早く、クリキュラは機械式の眼帯を開くと赤く輝く瞳で彼を睨みつける。


 激しい魔眼の力がギリエルモの瞳に突き刺さり、身体を奪い取ろうと全身の神経を駆け巡る。だが彼は全精力を傾けそれに耐えて、抵抗する。

 死んでいった仲間たちのためにも絶対に負けることはできないのだ――その強い思いにすがり、魔眼の力をはねのける。


 たった一瞬のことなのに、ギリエルモは全身から汗が吹き出し、ガクリとうなだれるほど力を奪われていた。

 だが、蛇乙女の魔眼の力に打ち勝ったのだ。竜も石化されてはいない。これでもはや邪魔者はいないのだ――ギリエルモがそう勝利を確信したときだった。


「やはり抵抗したのか、バカな奴だ。竜に焼き殺されて死ぬんだな」


 クリキュラは魔眼が効かなかったのにもかかわらずニヤリと笑う。そして再び機械式の眼帯をシャッター式に開くと、今度は青く光る眼で見つめる。

 だがその視線はギリエルモに注がれたものではなかった。


 不適な笑みを浮かべるクリキュラに対し、ギリエルモの心中に言いしれぬ不安が沸き起こる。

 魔眼の力は弾き返した、何度やっても同じことだ……。しかし、騎士たちを石化したときも、先ほどの石化攻撃も赤い眼ではなかったか? だとしたら今の青い瞳はいったい何をしようとしていたんだ。竜に焼き殺されるだと? 竜を操っているのは俺なのだ。なのに、なぜ蛇女は笑っているんだ?

 いくつもの疑問がギリエルモの脳裏に浮かんでは消える。


 そのやりとりを見守っていたイザドラは、思い出していた……あの青い瞳を。昨日混沌街で反英雄たちのアジトに行ったとき、クリキュラは蛇の口から石のティーカップを吐き出し、あの青い眼で石化を解除していたのだ。

 でも、だとしたら今はいったい何の石化を解除しているというのだろうか?


 突然地面が揺れだすと、先ほど竜が復活した時よりも激しく大地が波打ち始める。地響きとともに地面に亀裂が入り、ギリエルモもアルセストたちも立っていられなくなり膝をつく。


「いったい何が起こっているんだ!?」


 慌てふためくギリエルモに対し、クリキュラは嘲り笑う。


「お前さんたちは奈落の洞穴の地質も調べなかったのかい? この人捨て山にいったい誰が竜を封印したのか、疑問にさえ思わなかったのかい? ここに封印されたのは、竜を丸呑みするほどの巨竜だったのさね。お前がもう少し(さと)い頭を持っていたら真実にたどり着いていただろうに――」


 ギリエルモが背後で起こった轟音に振り向くと、岩肌に開いた数十メートルの穴の入り口が徐々に閉じていくのだった。いや、まるで地面から噴火するようにその穴の入り口が盛り上がり、噴き出し始める。

 その穴から岩土を空にまき散らしながら、山々にこだまするほどの大きな咆哮が吐き出される。


「バカな、バカな……!?」


 それはギリエルモのよく知る声だった。だが今まで聞いたことがないほどの巨大な獣の雄叫びだった。

 それは巨竜の咆哮だったのだ――


 奈落の入り口が地面から突き出していき、巨大な影で辺り一面を覆う。その影は竜の頭部を形作る。そして大きく割れた口の両端の上に、溶岩のように燃える双眸があらわれる。


 人捨て山の住人たち、騎士たちがみな奈落の洞穴だと勘違いしていたもの、それこそが実は竜の(あぎと)だったのだ――

 クリキュラは百年もの間、石と化していた竜の石化を解除したのである。

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