第23話 アルセストとイザドラ
聖乙女の盾を失い、呆然と立ち尽くすアルセスト。その彼に向かって、ギリエルモが嘲りの声を浴びせる。
「貴様は魔法の盾に守られていただけなのだ。あの盾さえなければ恐れるに足らず、よく吠えるただの負け犬なんだよ!
そして、貴様が助けようと思っていた者から裏切られて、後悔しながら死ぬがいい!」
ギリエルモが片手を高々と上げると、高台の上で静観していた騎士たちの一人が、イザドラに向かって剣を投げ渡す。
彼女は放物線を描き飛んできた剣を受け取ると、スラリと鞘から抜き放ちアルセストに斬りかかる。
「やめろ、やめるんだ、イザドラ!」
不意打ちの一撃をかわしながら、アルセストは制止の声を張り上げる。しかしその声も届かず、彼女は顔を歪ませながら、それでも斬りつけてくるのだった。
イザドラは剣についてはド素人のはずだった。なのに連撃を繰り出すその太刀筋は歴戦の戦士のように強くしなやかで、時折その白刃がアルセストの喉元をかすめる。
まさか……剣技すらも隠し通していたというのか!?
突然のイザドラの裏切りに狼狽えたアルセストは、防戦一方で手も足も出ない。いや、相手はただの少女なのだ、だからこそアルセストには手を出すことができなかった。
なぜ、なぜなんだ――
「狼狽えるな、アルセスト! イザドラは裏切ってなんかいない、操られてるだけなんだ!」
傷だらけで倒れたままのマナレスが絞り出すように伝えると、アルセストが驚いて聞き返す。
「どういうことだ!?」
「騎士団長の持つ『龍舞』は竜を支配する魔剣だ。奴はそれを使いこなし、竜化症の人間すら操っているんだ」
魔法を使えるマナレスには、ギリエルモからイザドラへ向かう魔力の流れがうっすらと見えていたのだ。
「その通りだ、だがそれを知ったところでどうする。お前にイザドラを殺せるのか? この小娘を倒さぬ限り俺には近づけんぞ!」
攻撃の手をゆるめたギリエルモが、火傷の顔を歪めてせせら笑う。
一方のイザドラは一言も発せず、ただガクガクと全身を震わせ、悲痛な表情でアルセストを見つめている。その瞳には大粒の涙が浮かんでいたが、彼女はそれをぬぐうことさえできないようだった……。
その姿を見たアルセストは元々逆立っている髪をさらに振り乱し、怒髪天をつく形相で吠えた。
「お前は、お前たち竜殺騎士団は、今まで人々を守って戦ってきた英雄じゃないのかよ! その男がこんな卑劣な手を使ってまで勝ちたいのか!?」
「貴様にはわかるまい。どんな傷を負おうが、どんなに命を削ろうが、勝ち続けなくてはならない宿命を背負った、我ら竜殺騎士団の想いなど」
「その顔の傷のことを言ってるのか……? だとしたらお前は間違ってる。竜の吐く炎でできた火傷のキズは、ドラゴンスレイヤーの勲章じゃねーか。その誇りを捨て去るんじゃねーよ!」
だが、ギリエルモは指先で火傷の痕に触れると、恐ろしい形相でアルセストをにらみつけた。
「戯言は地獄で叫んでいろ、死ね!」
ギリエルモは魔剣を振りかざすと、イザドラをアルセストに向かって突撃させる。しょせん操られるだけの傀儡であれば、防御のことを考える必要もない。
いわば捨て身の攻撃だった。イザドラは人間離れした跳躍をすると、人間の持つ力以上の動きでアルセストに白刃を振り下ろす。
だがアルセストは今度は避けようとせず、その刃を両の手のひらで受け止めた。
夜の闇の中、かがり火を反射する白銀の刃をつたい、アルセストの手から噴き出た血がボタボタと落ちていく。
それを見たイザドラは、苦悶の表情で涙を流し、声にならない声で叫んでいた。「ごめんなさい」――と。
この少女は、いつも自分が傷つくことさえいとわず、他人の痛みのことを想って泣いている。もうこれ以上、彼女を悲しませるわけにはいかない。
「イザドラ、いま止めてやる」
アルセストは血が流れ出ることも気にせずに、握る刃に力をこめるとイザドラから剣を取り上げようとする。だが尋常ならざる力で彼女はそれを阻止する。
拮抗する二人の姿を見たギリエルモは、高台の騎士たちに向かって檄を飛ばして命令する。
「これで最後だ、まだ動けるものは弓を取れ! かまわん、イザドラごとこいつらを射殺してしまえ!」
数人の騎士が立ち上がり、苦痛に顔を歪めながらも弓を手にとり構える。アルセストにもマナレスにも、もはやそれを止める手立てはなかった。襲いくるイザドラまで守りながら、これらの攻撃をかいくぐることは不可能だ。
もはやこれまでか――
そうあきらめかけたとき、ひとつの人馬の影が高台に囲まれた広場に飛び込んできたのだ。
恐ろしいスピードで広場の中央に突っ込むと、黒いレザースーツの女が馬上から回転しながら飛び降りる。
左目には機械仕掛けの眼帯、そして後頭部から生えた黄金色の蛇――それは蛇乙女クリキュラだった。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
「ままごとは終わりだ」
クリキュラはそう吐き捨てると、シャッター式の眼帯を開いて、高台の騎士たちに赤い視線を巡らす。彼女が赤い瞳で睨みつけると彼らは次々に石の塊と化していき、ついには恐怖の表情を浮かべる50体の石像が出来上がってしまうのだった。
有無を言わさぬ石化攻撃にギリエルモはおののく。こいつが最後の反英雄、クリキュラか――
百騎の騎士たちを一瞬で石像の群に変えてしまったという恐怖の伝説を、彼はいま目の当たりにしていた。
最後の反英雄、真打ち登場に驚くとともに安堵するアルセストたち。
だがそんな喜びを分かち合う暇もなく、クリキュラは蛇をブルンとカマのように振るってイザドラの首根っこを咥えると、彼女を思いっきりぶん投げた。
小さいうめき声とともに、イザドラは後方の地面にドサリと落ちる。
それを見たアルセストが、慌ててクリキュラを問いただした。
「イザドラが怪我しちゃうじゃねーか!?」
「知ったことかよ。それよりこっちは毎回同じパターンで、お前らの尻拭いをさせられてんだぞ!」
クリキュラは、いい加減うんざりだとばかりに辟易した顔をアルセストに向ける。
「それよりもだ……、大問題が発生した」
「どうした、炎の森で何かあったのか!?」
もしかして村人を救えなかったのか? それとも無傷のようにみえるがクリキュラは怪我でもしたのだろうか? アルセストが心配そうに蛇乙女を見つめると、彼女は悔やんでも悔やみきれないとばかりに、うつむきながら額を手で覆った。
「イザドラは裏切ったわけではなく、単に操られてただけなんだろう……。残念至極なことに、あたしの推理がはずれちまった――」
「そ、そっちぃ~!?」
さすがにあきれ果てるアルセストだった。
「まぁいい、そろそろ正義の騎士様退治としゃれこもうか」
クリキュラは「お前は下がってろ」とばかりにアルセストの一歩前に進み出ると、竜殺騎士団団長ギリエルモと対峙した。二人はにらみ合い、視線の火花を散らす。
それまで黙っていたギリエルモが口を開く。
「貴様が悪名高い蛇女か……ずいぶんと化物じみた姿じゃないか」
「お前さんの方こそずいぶんと色男じゃないかね」
蛇乙女がやり返すようにギリエルモの顔の火傷を揶揄すると、彼はそれを侮蔑されたことに激高した。
「粋がってるが、貴様は剣すら持っていない丸腰ではないか。俺には稚拙な石化の魔眼など効かぬぞ。魔剣を持った剣の騎士に、徒手空拳で本気でかなうと思っているのか!?」
「たいそうな自信家だな。魔剣を持っているのが自分だけだと思っているのか?」
クリキュラはそう嘲り笑うと、己から生える蛇の鎌首をつかんで叫ぶ。
「ピスタス、吐けよ魔剣を!」
「まったく蛇使いが荒すぎるわい」
そう小声でぼそりと不平を呟くと、ピスタスは「グエェッ」とえづきながら細長い刀を勢いよく空中に吐き出す。まっすぐ落ちてきた剣を蛇の顎で咥え取ると、ギリエルモに剣の切っ先を向けて構えるのだった。
クリキュラが口の端を歪ませてニヤリと笑う。
「こちらこそ見せてやろう。魔剣『貸借天』の力をな!」
それは鍔のない片刃の剣だった。飾り気のない素っ気ない形をしているが、そこから放たれる魔力はまぎれもない魔剣のものだ。
ギリエルモはその魔剣の名を知っていた。他人の能力を奪い取る、まるで盗賊のようなその魔剣の力を。
彼は額から冷たい汗が流れるのを感じていた。




