第17話 マナレスの追走
炎に巻かれた森の中、三騎の騎士たちがイザドラを抱えて連れ去っていく。一方マナレスは、それを自らの足だけで追いかけなければならなかった。
こんな木々の入り組んだ森の中だというのに、騎士たちは鮮やかな手綱さばきで駆け抜けていく。
マナレスも火にまみれたオークの木々をかいくぐり何とか追いすがろうとするが、騎士たちとの距離は縮まるどころかどんどん差がひらくばかりだ。この調子では、森を抜けた途端に一気に引き離されてしまうに違いない。
「マナレス、来ちゃダメだ! これは罠だよ!」
馬上に担ぎ上げられているイザドラが、マナレスに向かって叫んだ。彼女はあらがい暴れるものの、手足の自由が利かない状態では逃げられそうもない。
「たとえ罠でも追わないわけにはいかないって」
騎士たちは人捨て山の駐屯地に戻ろうとしているのだ。そこには数十騎の騎士が待ち構えているはずであり、まさしく飛んで火にいる夏の虫となることは明らかだ。
騎士たちがむやみにイザドラを殺す可能性は低いが、ゼロではない。だとすればその前に何とかイザドラを奪い返すしかない。
マナレスは走りながら魔法の短剣を抜くと、イザドラを抱える馬に向かって投げつけた。
しかし、この距離では命中したところで馬を止めるほどの致命傷は与えられない。案の定、短剣は馬の尻に刺さるものの、傷は浅くそのまま逃げられそうになる。
だがマナレスはそれも承知の上だった。こういう時のために短剣に頑丈なワイヤーロープを取り付けていたのだ。
「ロック」――そうマナレスが念じると、魔法の短剣は馬とマナレスをしっかりと結び付ける。あとはマナレスがワイヤーを手放さない限り、馬から振りほどかれることはない。
しかしそれはマナレスが馬ほどの速度で走れればのことだ。彼はエルフ特有の身軽さで疾風のように駆けることができたが、それでも馬に追いすがることはできない。
騎士たちが燃える森を飛び出した瞬間、当然のごとくマナレスは引きずり倒される。
倒れたマナレスは疾走する馬に引っ張られ、獣道を転がるように引きずられる。馬が馬蹄を踏みしだくたびに、鞠のようにはずんで地面に叩きつけられた。
騎士たちは止まることなく駆け続ける。止まってマナレスを袋叩きにするより、引きずり殺すことに決めたようだ。
「マナレス、死んじゃうよ! 手を放すんだよ!」
「大丈夫、ドラゴンがこんなことくらいで死ぬわけないでしょ」
「こんな時に冗談言ってる場合じゃないって」
「冗談じゃないって、本当のことさ」
自分の身の危険よりマナレスの身を案ずるイザドラに対し、マナレスは心配させまいと軽口を叩く。
だが全身が泥にまみれ、長い金髪も褐色に染まり、露出した肌の部分が擦過で傷だらけになっていた。
しかしズタボロになりながらも、マナレスはあきらめたわけではなかった。引きずられながらもワイヤーを手繰り寄せ、馬との距離を縮めていく。あと3馬身差、これでイザドラを助けられると思った矢先――
「なにがドラゴンだ、妄想も大概にしておけ。死ね!」
二人の騎士たちがマナレスに弩を向けると、容赦なく撃ち放つ。マナレスの左腕はワイヤーでふさがっていたうえ、この至近距離では右腕一本で避けられるはずがない。
だがマナレスは一瞬のうちにワイヤーを緩めると馬との距離をあけて、寸でのところで矢を避けた。
「キミら騎士のくせにえげつない攻撃するね」
騎士たちはたじろぐことなく、次の矢を発射しようと構える。それを見たイザドラは、並走していた騎士が近寄った瞬間を狙ってキックをかます。
「これでも食らえっ!」
弩を構えていた騎士は落馬こそしなかったものの、よろけてスピードを落としてしまう。
マナレスはその一瞬を逃さなかった。横倒しに引きずられた態勢からやにわに地面をけって立ち上がると、緩んだワイヤーを巧みに騎士に引っかけて引きずり倒す。
落馬した騎士はうめき声を上げながら転げ落ちていき、そのまま遥か後方へ消えていく。
「あと二匹!」
けれどマナレスの反撃もそこまでだった。騎士たちが勢いを上げて馬を飛ばすと、マナレスは再び地面に引きずられてしまう。
夜の月明かりの中を駆ける馬は、いつのまにかデコボコの獣道から、やせた田畑の広がるあぜ道を走り抜けていた。ここから人捨て山までは目と鼻の先だ。
イザドラが抱えられながらも前方を見上げると、ドワーフたちの住む黒煙地方の山脈を背景に不気味なあの奈落の穴が見え始め、どんどん近づいてくる。
あそこは騎士たちの駐屯地だ。このまま連れ去られたら自分だけじゃなくて、マナレスまで危険にさらされてしまう。今なら彼らだけなら逃げられるはずだ。そう考えたイザドラはマナレスに向かって叫んだ。
「マナレス、もういいから手を放すんだよ! 始めはあんたらのこと弱っちいヤツだと思ってたけど、今ではマナレスたちが人から頼られる理由がわかったんだ。
でもこんな状況になっちまったら勝てるわけない。私が間違ってたんだ……。せめてあんたたちだけでも逃げてくれよ!」
しかしマナレスは決してワイヤーから手を放さなかった。この少女はいつも自分を犠牲にして人のことばかり心配している。こんな悲しい顔をした少女を見捨てられるわけがなかった。マナレスは傷だらけの笑顔をイザドラに向ける。
「放すわけないだろ、まだイザドラちゃんからキスの一つもしてもらってないからね。ほらよくあるだろ、美しい少女の接吻で呪いが解けて元の姿に戻れるパターンがさ」
「バカバカバカ、もっと自分の命を大事にしろよ!」
「そっくりそのまま返すさ」
そうこうするうちに騎士たちは人捨て山にたどり着く。騎士たちの天幕の横、数十メートルの奈落の洞穴を目の前にした開けた場所だった。
そこに馬が急停止すると、マナレスは投げ出されるようにズザザと転がって横たわった。傷だらけの身体だが手足が動くことを確認すると、目だけですぐにあたりを見回す。
そこはすり鉢状になっており、周りは高台に囲まれている。かがり火が立ち並ぶその高台の上には、円形に取り囲むように50人ほどの騎士たちが弓を構えて立っていた。
逃げ場はない、おまけにイザドラは二人の騎士に捕まったまま……まさに万事休すだ。そんな倒れ込んでいるマナレスに向かって、頭上から声が降り注ぐ。
「貴様が反英雄のマナレスか。こんなところまでのこのこやってくるとは、噂にたがわぬ間抜けのようだな」
高台に待ち受ける騎士たちの中央、奈落の穴を背景にするように団長であるギリエルモが泰然と構えていた。端正な顔立ちの左側はひどい火傷のあとに覆われている。
いつもの白の陣羽織の下には、戦いに備えた白銀の甲冑がのぞく。そして腰には竜のレリーフが施された魔剣を佩いていた。
「おいおい、ずいぶんと手荒い招待の仕方じゃないか。せっかくの色男が台無しになっちまったよ」
マナレスはそう言いながら、鍵穴のような額の穴に詰まった泥をかき出すと、ゆっくりと立ち上がった。
その姿を傲然と見下ろすギリエルモが、まるで理解できぬと言った表情で疑問を呈した。
「そんな小娘など捨ておけばいいものを。我々と敵対し、たったひとりの小娘を助けたところで、危険ばかりで何の足しにもならんではないか。誰からも感謝されず、無駄に命を賭ける価値がどこにある!?」
「こう見えても僕はドラゴンでね。人間どものくだらない損得勘定で僕を測らないでくれないか。空を飛ぶ竜のように、誰にも支配されず自由気ままに生きることに決めてるんでね」
マナレスはおどけるように肩の横で手のひらを広げ、バタバタ羽ばたかせるような手ぶりをする。それを見たギリエルモは腰の剣に手をかけると哄笑した。
「ならばその自由の翼ごと叩き落としてやろうではないか。我ら竜殺騎士団と、この魔剣『龍舞』でな!」




