第13話 森の中の対決
夜の森の中で、イザドラとマナレスは武器を手にした村人たちに囲まれていた。
村人たちの中央に立つ神父様は、マナレスのことを「反英雄ではない偽者」だと呼んだのであった。
イザドラは驚きつつも、わき上がる不安を振り払うように首を横に振る。
「彼らが偽者なわけないじゃんか。私はあの恐ろしい伝説のクリキュラにも会ったんだよ――」
「確かにクリキュラは本物だ。だが元々反英雄たちは、吸血鬼や人喰いダークエルフやらの残虐な五人組だった。だけれどメデューサ以外は討伐されてしまったのだよ。まさに剣の騎士たちによって――
そこにいるエルフはその後に加わったのだろう。この国全土に悪名を轟かした本来の反英雄たちではない」
「まさかそんな……」
イザドラは狼狽えた表情でマナレスの顔を見上げる。
じゃあ彼らでは、剣の騎士に敵うはずないってことなのかよ!? 危険を冒してまで彼らに賭けたのにもかかわらず。
「別に隠すつもりはなかったんだけどね……。新参者には世間の風は冷たいねぇ」
マナレスが頭をかきながら飄々と呟いた。
今まで黙っていた村人たちも次々にがなりたてる。
「わかっただろう、イザドラ。彼らじゃ剣の騎士たちに敵うはずがない。余計に騎士様たちを怒らせるだけだ!」
「剣の騎士は竜殺騎士団だけじゃない。万一上手いこと騎士様を追い出せたところで、この国の上級騎士の二本剣や三本剣の騎士がやってくる。さらにその上には最強の『十二の剣』たちも控えているんだ。ずっと歯向かい続けてもいつかは負けちまうんだよ」
「我々みたいに力のない者は、長い物に巻かれた方がよいんじゃ。それが生き抜くすべなんじゃ」
村人たちが思い思いに言い放った。
けれど、そんなのはしみったれた考え方じゃないか。イザドラは憤りをぶつけるように叫んだ。
「じゃあ、私たち弱者はどんなに虐げられても我慢しろっていうのかよ!? 夢も希望も捨てて、奴隷のように生きるのが当然だっていうのかよ!」
「その通りだ」
神父様は感情のこもらない冷たい声音で答えた。
「『人捨て山』に流れ着いた者たちは、その時点で全て失ったのだよ。夢や希望どころか、涙も、人としての誇りさえも捨ててきたのだ。
捨てられた人が集まる場所だから『人捨て山』なんじゃない。人としての全てを捨てたから『人捨て山』なのだ――」
「そ、そんなのってあるかよ……」
「大人になるんだ、イザドラ。わがままを言って村のみんなを窮地に追い込んでいるのはお前さんの方なんだ。弱者としての生活を受け入れるのだ。我々は我々の平和を守る必要がある……。
そのためには、そこのエルフが邪魔者なのだ」
「そいつらを騎士様たちに差し出せば、全て丸くおさまるんじゃ!」
村人たちはそう声を上げると、手に持ったクワや斧を構えマナレスにジリジリと近寄っていく。
それに呼応するように、マナレスの方も腰に差した短剣に手をかける。
一触即発の事態に、イザドラは慌てて村人たちをなだめようとする。
「このエルフ――マナレスは私たちを助けてくれようとしたんだよ。それなのに恩を仇で返すような真似なんかして、恥ずかしくないのかよ!? いくら自分たちの生活を守るためだって――」
「この状況でそんな説得が届くハズもないさ……」
マナレスがあきらめ顔でイザドラを制すると、短剣を音もなくスラリと抜いた。
その短剣の刃は摩訶不思議な形をしていた。刃が欠けまくっているようにジグザグデコボコで、切っ先にはどうやって鞘から抜いたのか不思議なほど突起が横に張り出している。
それはまるで大きな鍵のように見えた。
マナレスの手にする短剣が、某かの魔法の品であることは間違いないだろう。
彼はやれやれと肩をすくめるが、その目はこのおちゃらけたエルフにしては珍しく鋭かったので、イザドラは背筋に悪寒を覚えた。
彼がたとえ本来の反英雄ではなかったとしても、本気になれば村人たちは一瞬で皆殺しにされてしまうに違いない……。
「まさか、その短剣で村人たちを手にかけるつもりなのか!? 待ってくれよ、必ず私が止めるから、村人を殺さないでくれよ! マナレス、あんたそんな人じゃないだろ」
「僕は人じゃなくドラゴンだからさ。それに目的のためには手段を選ばないのが反英雄のモットーでね。これは人間界で言うところの『降りかかる火の粉は払わねば』ってヤツさ」
「お願いだよ、やめてよ!」
自分勝手な理由でマナレスを襲ってきていても、人捨て山の人々はイザドラの恩人なのだ。
――呪いのせいで街から追い出された私と母さんを受け入れてくれた。陽光に包まれた部屋、ふかふかのベッド、温かいシチューもこの村で初めて感じたものだった。
母さんが亡くなった時もみんなで弔ってくれた。独りになった私を心配して、ことあるごとに手助けしてくれたのも神父様たちだった。
孤独だと思っていた自分が、初めて人間らしく生きる希望を持てたのも、彼らがいてくれたからだった――
「やめてくれよ!」
しかし、今まさに村人たちが襲いかかって来ようとした瞬間――涙声で叫ぶイザトラの制止を振り払い、マナレスは短剣を持つ手を振り下ろした。
だがその短剣は村人たちに触れることなく、空を切る。
その瞬間、雄叫びを上げて飛びかかる村人たちは、突如地面から跳ね上がり空中へと投げ出される。
「いったい何が起こったんだよ!?」
村人たちと一緒に舞い上がった木の葉がバサバサと舞い落ちる中、イザドラが目を凝らすと、村人たちは木々の間に張り巡らされた捕縛用の網に捕らわれて、宙吊りになっていたのである。
先ほどまで落ち葉で巧妙に隠されていた網の罠が、マナレスの合図で解除されて、村人を一人残らず捕縛したのだった。
網の中でもがき呻く村人を尻目に、マナレスはまるで奇術師のコインロールのように短剣をクルクルと手の中で回転させると、スポッと鞘に納めた。
「この魔法の短剣『大泥棒』はさ、どんな物にもロックを掛けたり、逆に解錠したりできるのさ。例えば木の枝に結び付けた捕縛用の網を地面にロックしたり、それを村人たちが乗った丁度いいタイミングで解錠したりね」
「すげーじゃん。マナレスも魔剣使いだったのか」
イザドラは素直に感心する。とにかく、そのおかげで村人たちを誰一人傷つけずに済んだのだ。
彼女はほっと胸を撫でおろすと、知らない内にまなじりに浮かんでいた涙の粒に気づき、マナレスに見とがめられないように手の甲で振り払った。
「ただし、どんな頑丈な鍵でも開けて盗み出せるすごい魔法の剣なんだが、ひとつだけ欠点があってね……。カワイ子ちゃんの心だけは盗み出せないんだよねぇ」
「うげぇ……」
自信満々の笑みでキザったらしいセリフを吐いたマナレスに、心底気持ち悪いと思うイザドラだった……のだが。
そんな彼女の態度にもめげずに近寄ったマナレスは、懐から取り出したハンカチで彼女の目尻に残っていた涙を優しく拭きとって上げるのだった。
「相手のために涙を流してあげられるような、優しい人の心にも鍵をかけることができないのと同じようにね」
気づかれていた……。その恥ずかしさで頬を染めたイザドラは、そっぽを向くと話を逸らした。
「そういえばあんたこの森に来た時に魔法を使ってたけど――あれは足跡を消すだけじゃなくて、もしかして捕縛網を隠してたのか!?」
「まあね、念には念をってヤツさ」
だが、そう答えたマナレスは腑に落ちない様子であたりを見回す。
この罠は本来、騎士たちに襲撃された時のために用意していたものだったからだ。
村人たちの襲撃は予想外だった。そもそも彼ら素人集団をけしかけたところで、反英雄たちを退けることなどできるはずがない。
単純な仲間割れを狙ったにしては、手が込み過ぎている。
だとすればなぜ、騎士たちは村人にマナレスたちを襲撃させたのか――こんな嫌らしい搦め手を使ってくる奴らなら、まさしく『念には念を』入れてくるはずではないか。
だがそんなマナレスの疑問はすぐに解決するのだった――最悪の形で。
夜行性のフクロウの鳴き声が止むと、鳥たちの羽ばたく音が森に響く。それと共に突如、月夜の闇空から十数個もの火の玉が飛来して、風切る羽音をまき散らしながらマナレスたちのいる場所に落ちてきたのである。
マナレスはとっさに少女を抱きかかえるように庇う。その腕の中で、火の玉におののくイザドラが叫んだ。
「ひ、人魂?」
「違う、これは火矢だ。騎士たちが放っているんだ」
言うが早いか、追撃の火矢がさらに撃ち込まれていき、徐々にそこかしこで火が立ち上ってくる。
マナレスが遥か遠くを見やると、森の入り口あたりから赤い壁が立ち上がり始めていた。赤くそそり立つ炎の壁――騎士たちはこの森ごと彼らを焼き尽くすつもりだ。
「やれやれ……完全に裏をかかれたよ。相手の方が一枚上手だったみたいだね」
マナレスが魔法の短剣を抜き出し捕縛網を解除すると、空中の網に捕まっていた村人たちが地面に投げ落とされる。
もがいて立ち上がろうとしている村人たちに向かって、マナレスが叫んだ。
「今はいがみ合ってる場合じゃない。この火事場から逃げるのが先決だよ」
したたかに腰を打ち付けたのか、痛そうに立ち上がった神父様が尋ねる。
「なぜ我々を助けた? 私たちは君を排除しようとしたんだぞ」
「僕たちは反英雄だ、疎まれるのはいつものことさ。それにまだ助かっちゃいない。感謝するなら、こっから助け出してからだよ」
そうは言ったものの、どうやって逃げ出せばよいのか。
彼ら15人の村人は騎士たちの『人質』だったのだ。
村人を見殺しにすればマナレスとイザドラだけなら助かることができるだろう。だが大勢の村人を抱えたまま騎士の追撃をかいくぐり、この炎の森から逃げ出すことができるだろうか。
まだ火に覆われているわけでもない。むしろ夜の森の冷気が肌をさすくらいなのにもかかわらず、マナレスは額に汗が噴き出してくるのを感じていた――




