第12話 偽者の反英雄
アルセストたち三人は、森の中で夜襲の計画を練る。
村の地図を前に、マナレスの偵察した内容とイザドラの情報をすり合わせ、騎士団長の天幕の位置や、侵入経路、逃走経路を次々と決めていく。
あらかた計画が決まると、あとは襲撃時間の深夜まで休むことになった。ところがアルセストは魔法の盾と寝袋を抱きかかえると、茂みの奥に移動しようとする。
「俺はこれからプリウェンちゃんと夜のランデブーだから。のぞくなよ」
「ああ、いってらっしゃい……」
「プリウェンちゃん、今夜は寝かさないよ~」
茂みに消える妄想戦士に対して、マナレスは慣れきっているのか素っ気なく返答しただけだった。けれどもイザドラは違った。
「わたしもうイヤだぁーっ!」
さすがに耐えきれなくなったのか、イザドラの不満が爆発した。苦虫を噛み潰したような顔でアルセストの背中をにらむ。それを慰めるようにマナレスが彼女の肩を叩く。
「そろそろ慣れなよ」
「誰が慣れるか!」
マナレスが「まぁまぁ」となだめる感じで彼女の肩を抱いてすり寄る。その目は思いっきり垂れ下がっていた。
「まぁアルセストも夜の営みに励んでるみたいだし、こっちはこっちで楽しもうよ」
「ぐわしっ」とマナレスの顔面に無言の拳をお見舞いするイザドラ。彼女も妄想戦士には慣れなくとも、マナレスの扱いにはだいぶ慣れてきているようであった。
殴られた頬を痛そうにさすりながら、マナレスがつぶやく。
「――まぁアイツのことはほっといてあげてくれないか。アルセストも見られたくないんだよ。自分の弱さをさ……」
「ひとかけらも見たくねーよ!」
そう言い返したイザドラだったが、思いのほかマナレスの眼が物悲しそうだったので、その先の言葉を継ぐことができなかった。
それから数分もしないうちに茂みの奥からアルセストのいびきが聞こえてくる。こんな状況なのに随分と豪胆なことだった。
マナレスはこの妄想戦士のことを「弱さを抱えている」と言ったが、いったいどこが弱いというのだろうか――そう、イザドラは少し不思議に思うのだった。
残された二人も休むことにした。
水をはじく塗料の上から、虫よけのハッカ油を混ぜ込んだ寝袋にくるまる。
イザドラは薪のはぜる音を聞きながら、少しでも身体を休めようと努めるのだが、これから戦いが始まるのだと思うと気が立って眠れない。焦る気持ちを落ち着けようと、かたわらのマナレスに話しかけた。
「ところでさ、なんでマナレスたちは反英雄なんて呼ばれてるんだよ。クリキュラはともかく、あんたやアルセストは、そんだけの力があれば真っ当な英雄として戦うことだってできるんじゃないのか?」
マナレスはいつものように茶化すことなく、遠い眼をして静かに答えた。
「僕たちは罪を背負ったならず者さ。一度犯した罪は決して許しちゃもらえない。ましてや自分自身が、最も自分のことを許せないのさ。だから永久に戦い続けるしかないんだよ――」
「マナレス、あんたも罪を背負ってるっていうのかい? いったいどんな罪を犯したってんだよ?」
「さぁね、ご想像にお任せするよ。と言っても僕はドラゴンだから、人間界で言うところの罪はたくさん犯しているけどね」
そう言ってマナレスはあからさまにお茶を濁したので、イザドラは少しすねて口を尖らせた。
「そうやっていつも冗談で逃げるけど、ドラゴンって嘘なんだろ? せっかくここまで一緒に来たんだから、本当のところを教えてくれたっていいのにさ」
「ドラゴンってのは本当さ。むしろ隠し事をしているのはイザドラちゃんの方じゃないのかい? 本当は騎士団を追い出したいわけじゃないんだろう?」
マナレスは、イザドラの頭の竜の髪飾りを見つめながら笑いかける。その眼はクリキュラとは別の意味で全てを見透かしているようで、イザドラは罪悪感で胸が痛んだ。
だが本当のことを伝えたとしたら、彼らが助けてくれることはないだろう。いや、竜化症の呪いを治す方法はないのだから、誰にも救うことはできないのだ。でも、それでも話すべきじゃないのか――
けれど、イザドラが決意して開きかけた口を、マナレスが手でふさいだ。
「誰か来たみたいだね」
イザドラには森の暗闇の奥は見通せず、物音も全く聞こえなかったが、森の妖精であるこのエルフには、はっきりと聞こえているようだった。
「人数は15人ほど。すでに彼らは武器を抜いてるようだ。間違いなくやる気だ。だけど相手は騎士じゃない――」
「え? それってどういうこと……?」
「――足音は戦士のものじゃない。完全な素人だよ」
マナレスはことの成り行きを悟る。竜殺騎士団を、想定していたより手ごわい相手だと考え直していた。単純な戦闘力の話ではなく、まさかこんなからめ手を使ってくるとは思わなかったからだ。
とりあえずイザドラは何者かが来る前にアルセストを起こそうと藪の方へ声をかけるが、全く起きてくる気配がない。この状況で寝ているのは豪胆すぎるどころか、もはやバカではないのか?
彼女が起こしに行こうと茂みに向かおうとすると、マナレスがこの場を離れるべきではないと手で制した。
すぐに侵入者たちの正体は分かった。
暗闇の中から浮かび上がる複数の松明の明かりと、それに照らされた人影は、イザドラの見知った顔だったからだ。
それは人捨て山の村人たちだった。手に手にクワや斧を持ち、けわしい形相で近づいてくる。
「みんな、なんでこんな所に……?」
しかし村人たちはイザドラの問いに答えはしなかった。マナレスたちを取り囲むように半円状に広がると、その群れの中央からあの神父様が進み出てくる。
彼はゆっくりと口を開き諫言する。
「イザドラ、騎士に歯向かうのはやめなさい。今のうちなら謝ればすむ。騎士団長からも『不問に付す』と約束を取り付けている。今ならまだ間に合うのですよ」
神父様は提案するかのごとく話しているが、実際には選択の余地はない。有無を言わさぬ命令であることが、強い口調からもうかがえた。だいたい、本当に説得だけが目的なら武器をたずさえてくる必要はない。
イザドラは怒気を含めて言い返す。
「なにが謝ればだよ……。あいつらは私の腕を切り落とそうとしたんだよ!? それにここであきらめたら、また支配される生活に逆戻りじゃねーか。やっと反英雄の力を借りることができたんだ。今なら騎士たちを追い出すことができるんだよ!」
だが神父様はイザドラの説得に応じない。それどころか、衝撃的な言葉を彼女に告げた。
「その者たちで剣の騎士たちに敵うはずがないだろう。そいつらは本当の反英雄じゃない。偽物なのだ!」




