頭領と三人娘
「ああ……ど、どうぞどうぞ、粗茶ですが。ご遠慮なさらず」
「あ……はあ……」
湖賊の頭領を名乗るウィローモという若者は、困惑顔の三人娘に対し、やたら謙りながら、部屋の中央に据えられた円卓に付くように勧める。
そして、自らの手で紅茶を淹れて、彼女たちの前に差し出した。
「いやあ……こ、こんな小島まで、よくぞおいで……おいで下さいました」
青白い顔に引き攣った笑みを浮かべて、どもりながら言葉を紡ぐ。
そんな彼に、二番目の姉に扮したアザレアが、椅子から跳ね上がるように立ち上がり、彼に食ってかかる。
「いや、『おいで下さいました』って……、貴方達が村を脅して、私達を無理矢理差し出させたんでしょうが!」
「あ……た、確かにその通りですね……スミマセン」
アザレアの言葉に、素直に謝り、頭を深々と下げるウィローモ。拍子抜けしたアザレアは、反論する言葉を失い、口をもごもごさせながら、椅子に座り直した。
「……で、お……アタシ達は、これから……どうなるんでしょうか? ――やっぱり、人買いに売られる……とか?」
長女に扮したジャスミンが、上目遣いでウィローモの瞳をジッと見つめながら、オズオズと尋ねた。
効果は覿面で、ウィローモは青白い顔を紅潮させ、呼吸を荒くしながら首を横に振る。
「い……いえいえ! ひ……人買いになんか売ったり……なんて、しませんよ!」
彼は、そう声を荒げて、紅茶をガブガブと一気に飲み干した。
カチャリと音を立てて、空になったティーカップをソーサーに置き、ゴホンと一つ咳払いをしてから、真剣な顔で口を開く。
「こ、今回……、貴方達をお……お招きしたのはですね……、ぼぼ、ボクと――その、おお、お、お、お……おミア……お、お見合いを、して――して欲しくてっ!」
「「「は――?」」」
顔をシューターアップルよりも真っ赤にして、俯いてしまったウィローモを前にして、三人は呆気に取られた。
「お……お見合い? それが……そんな事が目的なんですか?」
三女に扮したパームが、唖然とした顔で尋ねた。
ウィローモは、「ええ……」と頷くと、モジモジしながら口を開いた。
「お……お恥ずかしい話なのですが……実はボク……こ、こんな性格の上に、こんな職業なので、今まで女性とお付き合いした事が無くて――。もうこんな年齢なので……け、結婚――したいなあっと……思いまして」
「こんな年齢って……失礼ですが?」
「あ、ああ……今年で三十八になります……」
「さ、さんじゅうはちぃっ?」
ジャスミンが素っ頓狂な声を出した。
「って事は、三十八までど……童て――テテテテッ!」
「お姉様、興奮しすぎですわよ、オホホホホ」
テーブルの下で、ジャスミンの手の甲を思いっきり抓り上げながら、愛想笑いで誤魔化すアザレア。
「いえいえ……い……いいんですよ。そのおか、お陰で、今日、皆様のようなす――素晴らしい女性を手に入れる事が、でき……出来たのですから」
ウィローモはそう言うと、何とも粘っこい微笑みを浮かべ、三人はその不気味さに、思わず総毛立った。
湖賊の首領は席を立つと、値踏みするように、三人の顔を睨め回すように観察する。
「さて――。いや、こ、困りますねぇ……どなたを選びましょうか……さ、三人とも、とても美しくて……迷ってしまいますね……」
「……選ぶ必要、あるんですか?」
ジャスミンが、おずおずと彼に尋ねる。
「人買いに売るのでないのならば、てっきり、私達全員を手籠めにして、美味しくいただくおつもりなのかと思ってましたけど?」
「は? て、手籠め? 三人を一遍に? そ……そ……そんな事をする訳が無いだろうッ!」
「!」
突然、豹変し激昂したウィローモに、驚く三人。
だが、ウィローモは、すぐに冷静さを取り戻し、頭を深く下げた。
「あ、ああ――、し、失礼致しました! じょ、女性に対して言葉を荒げるなど……紳士としてあるまじき振る舞いでした。……ただ、あまりにあまりなお言葉だったので、つい我を忘れてしまいました」
ウィローモは、ポットから紅茶を自分のカップに注ぎ、一気に飲み干してから、言葉を続けた。
「ぼ、ボクはねぇ! け、けい、敬虔なラバッテリア教信者なんですよ! そ、その教えにこうあります。『汝、純潔を保つべし。生涯ただひとりにのみ操を捧げ、至誠を以て浄き血統を繋ぐべし』とね! だ、だから、ボクが初めてを捧げる相手は、生涯ただ一人なのですよ! 絶対に!」
「……ああ言ってるけど、実際はどうなの、神官さん?」
アザレアが、高説を打つウィローモの目を盗んで、隣のパームに耳打ちして尋ねる。
パームは、困惑顔で答える。
「……確かに、原書聖典の334小節に、あの文言はありますが。その戒律は既に否定されて、今では有名無実ですよ……」
「まあ、でも、どこかの誰かさんにとっては、耳の痛い戒律よねぇ……」
アザレアは、ジロリと逆側に座るジャスミンの顔をジト目で見る。
と、彼女は、気になって、自分の演説で悦に入っているウィローモに話しかける。
「あの……頭領様? ――私達三人の中から一人を選ぶとして、残った二人はどうなるのかしら……?」
「残りの……二人?」
「ひょっとして、大人しく村へ帰してくれる……は、無いですよねぇ、やっぱり」
「うふふふ。そ、そんな無駄な事をするわ、訳が無いでしょう?」
「無駄な事……? じゃあ、無駄じゃない事って……何?」
ウィローモは、熱に浮かされたような目でアザレアの顔を見て、ゾッとするような粘っこい薄笑みを浮かべた。
「そりゃあ……決まってます。残りの二人は――ボクの大事な友達――水龍達への贄になってもらいますよ……。うふふふふ!」