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湖賊とアジト

 ナバアル湖の真ん中に浮かぶ、名前さえない小さな島。5年前までは、人は近づく事すら出来なかった。

 この島を根城にする水龍の群れが、人間の接近を決して許さなかったからだ。

 だが、圧倒的な力を持つ水龍は、湖を侵そうとする者には容赦が無かったが、自ら湖の外域に出てきて人や村を襲う事は無かった。

 湖に住まう水龍と、その周辺に居住する人間達。二つの異なる生き物は、湖の中と外で、長年棲み分けて共存していたのだ。

 ――そう、5年前までは。



 「5年前、ひとりの男が、水龍の縄張りに侵入(はい)り込み、彼らを手なずけた。――それが、湖賊(オレたち)の頭領、ウィローモ様よ!」


 湖面を進む小舟の揺れに身を任せながら、アニキは目の前で震え続けている三人の娘達に、自慢げに演説を()っていた。


「頭領は、オレたち、傭兵崩れや盗賊の端くれどもを集めて、あの島にアジトを作り上げた。――湖という天然の水堀に囲まれ、その上、水龍どもが、優秀で強力な門番となるんだ。この世のどんな要塞よりも堅牢なんだぜ!」

「へ……へぇ~、凄いんですね、湖賊の皆様って……」


 一番年上の女が、愛想笑いを浮かべながら、お追従を述べる。

 アニキは、「そうだろうそうだろう!」と、上機嫌で大笑すると、小舟の脇の水面を指差した。


「――ほれ! 噂をすれば何とやら……オレらの城の門番達だぜ!」

「え? ……うわあああっ!」


 アニキの指の先を覗き込もうとした末の娘の鼻先に、巨大な蛇の様な(あぎと)が現れ、彼女は思わず悲鳴を上げた。


「がはははは! 驚えたか? まるで男みたいな悲鳴を上げちまいやがってよぉ!」

「お……オホホホホ! もう……この子はいつまでもガサツさが抜けなくて……困ってますわぁ」

「も――もう! いやねぇ……うふふふふ!」


 アニキの言葉に、慌てた様子で言い繕う姉ふたり。暗闇で、顔が見えないからいいものの、ふたりの顔は、湖の水を被ったかのように汗ダラダラだ。


「……で、でも、大丈夫なんですか? ――水龍達が間違えて襲ってきたりとか?」

「がははは! そんな心配は要らねえぜ! お前らが考えるより、ずっと頭が良いからよ、コイツらは!」


 アニキは豪快に笑うと、湖面から長い首を突き出した、水龍の顔の前に己の腕を差し出した。

 水龍の首がムクリと鎌首を上げる。


「あ――あぶな――!」


 三女が悲鳴を上げる――

 が、水龍は「キュルル」と甘えたような声を出すと、アニキの腕に首を絡ませて、頬を擦りつけた。


「……いや、ネコかよ! ……じゃない、ネコみたいで……カワイイデスネエ……オホホ」


 長女が目を剥いて口走り――慌ててお淑やかな口調に言い換え、笑って誤魔化した。

 幸い、アニキ達湖賊の耳には届かなかったようだ。湖賊達は、忙しく甲板を動き回っている。

 彼らを差配しながら、アニキは娘達に目配せして言った。


「――さて、そろそろ到着だ。揺れるから、気をつけろよ、お嬢ちゃん達」


 ◆ ◆ ◆ ◆


 湖賊達のアジトは、小島の湖岸から然程離れていない場所に建てられていた。

 板葺きの屋根に板張りの壁――言ってしまえば、ファジョーロの宿屋とそう変わらないレベルの荒ら屋だった。

 三人娘は、意外にも慎ましい湖賊の本拠地の有様に、困惑した顔を見合わせる。

 彼女たちは、周りを湖賊達に物々しく囲まれながら、建物の中に通される。

 だだっ広い部屋の中で床に直に座らされているものの、縄で縛られる事も無く、人質や生贄らしからぬ扱いに、三人娘は逆に気味の悪いものを感じていた。


「……じきに頭領が御出になるから、それまで、じっと待ってろ」


 ここまで彼女たちを連行してきたアニキは、それだけ言うと、さっさと部屋から出て行ってしまった。

 部屋には、三人の娘だけが取り残された。


「……何か、妙ね」


 と、二番目の姉――に扮したアザレアが囁いた。


「……確かにな。拘束もしないで、俺たちを部屋にほったらかしにしとくとか……。扱いが、普通の客人に対するそれみたいだよな」


 長女の変装のままだらしなく胡座をかくジャスミンが、そう言って首を傾げる。


「……でも、ここは孤立無援の小島ですから……。どうせ逃げられないから、とタカをくくっているのかもしれないですよ」


 三女に扮したパームが、キョロキョロと部屋の中を見回しながら言う。


「――どうする? 計画よりも早いけど……今からでも暴れ始める?」


 アザレアが、そう尋ね、ロングスカートの裏地に仕込んだ長鞭の柄をそっと握る。


「――いや」


 しかし、ジャスミンは首を横に振った。


「……折角だから、もう少し様子を見ようぜ。ここのボスがどういうヤツなのか、ちょっと興味が出てきた」

「『興味が出てきた』……って、面白がってる場合じゃ無いでしょう。遊びじゃないんですよ……」

「無駄よ、パームくん。この人がこうなったら、頑として他人(ひと)の言う事を聞かなくなるから……。昔っからそう」


 呆れ顔のパームと、諦め顔のアザレア。

 ジャスミンが、ふたりに反論しようと口を開こうとした時、

 アザレアの眉がピクリと跳ねた。


「――誰か来たわ! ほら、ジャス! 脚をちゃんとして! ――パームくんも、スカートを直して……!」


 ふたりに口早に注意すると、自分も衣服の乱れを調える。

 彼女たちの背後の扉が、ギイ……と軋む音を立てて開いたのが感じられた。

 三人達は、跪いたまま、床に前髪が付くくらいに深々と頭を下げる。

 彼らの傍らを、誰かが通り過ぎる衣擦れの音がした。――どうやら、部屋に入ってきたのは一人だけのようだ。

 そして、前に置かれていた椅子に誰かが腰掛けたような、スプリングの軋む音が、彼女たちの耳朶を打った。


「……ええと、どうぞ、頭を上げて下さい」


 そして、三人の予想とは全く異なる、細い男の声が、彼女らにかけられた。


「……?」


 胡乱げな表情を隠せないまま、三人は頭を上げ、眼前に腰掛ける男の顔を見た。

 椅子にちょこんと腰掛ける男は――、


「あ……初めまして。ぼ……僕……あ、いや――お、オレは――ウィローモと申します……ぜ」


 困り眉で、頬には青白いそばかすが浮いた、いかにも気弱そうな顔の痩せぎすの男だった。

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