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宿と老人

 ファジョーロの村は、サンクトルから70ケイムほど東にある、名産のサチモ豆くらいしか取り柄の無い、寂れた農村である。

 旅人向けの施設といえば、村の中央部にポツンと存在する、一階部分が二階の重さによって押し潰されそうな、廃墟寸前の居酒屋兼宿屋『レムの揺り籠亭』くらいしか無い。


「うへぇ……」


 ジャスミンは、夜闇の中では幽霊屋敷かと見紛う佇まいの『レムの揺り籠亭』を見上げて、ウンザリした声を上げた。


「……『レムの揺り籠亭』とかいう、ご立派なお名前だから、どんな豪華旅館なんだと思ったら……。こりゃ、今すぐ『レムの揺り籠亭』から『ダレム(冥神)の棺桶亭』に改名した方がいいぜ……」

「……贅沢言える立場じゃ無いでしょ。『3日連続野宿は嫌だ』って、ひとりで我が儘言って、こんな夜更けまで私達を歩かせたのはアナタよ、ジャス……」


 呆れ顔でジャスミンを睨むアザレア。パームも、彼女の言葉に大きく頷く。


「そうですよ。この村には、他の宿屋も無いみたいですし……。屋根があるだけマシと思わないと」

「……さり気に酷い事言うよね、キミ」


 ドン引き顔でパームを見るジャスミン。


「つうかよ、そもそもこんな(こん)まい建物に、俺は入れるのかねぇ?」


 ヒースは、顎髭を抜きながら、苦笑して言う。


「……入る事は入ると思いますけど……」

「朝起きたら、二階建てが平屋建てになってた――とか、ありそうだなぁ」


 ジャスミンの冗談が冗談に聞こえない。


「……とにかく、お腹が空いたから、早く入りましょう。嫌だったら、村外れででもテントを張って、夜露を凌ぎなさい」

「ヘイヘイ……。メシと酒くらいは、俺の抱く予想を裏切って欲しいモンだけどねぇ……」


 ジャスミンは、疲れた顔を皮肉笑いで歪めながら、背中の背嚢を担ぎ直して、目の前の宿屋へ向かって歩を進めるのだった。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 「予想通りだったなぁ……悪い意味で」


 ジャスミンは、粗末な木のテーブルの皿の山を前にして、全く膨らまない腹をさすりながらボヤいた。


「いっくら、この村の特産が豆だって言ってもよぉ……。前菜からメインから、果てはデザートまで豆、豆、豆の豆づくしって……どうなのよ」

「――そうかしら? 私は、結構いいと思ったわよ。特に、メインで出てきた、『山羊肉()豆ステーキ』なんかは、結構味付けも頑張ってたと思うけど……」

「――でも、結局豆じゃん! 肉じゃ無いじゃん! 物足りないんだよぉっ!」


 ジャスミンは、アザレアの言葉に対して、断固とした抗議の声を上げる。


「……充分じゃないですかね……。少なくとも、神殿で饗される午餐よりはマシ……あ、いや」

「アレと一緒にするなよ……神殿(アソコ)のメシは、もはやメシじゃねえ。小麦を固めて焼いた()()と、芋をぶち込んで水で煮ただけの()()だよ……」

「……でも、あれは修行の一環――」

「違えよ! アレは、修行という皮を被った拷問……いや、もはや人権侵害です!」

「ぐ……」


 パーム、ジャスミンの言葉に言い返せず。


「ヒースは、一目見ただけで、ウンザリ顔でさっさと出て行っちゃったからね……」


 アザレアは、遠い目で思い返す。


「ああ……『こんなモン食うヒマがあるなら、自分で蛇でも獲って、蒲焼きにして食った方がまだマシだわ』とか言ってたな……」

「まあ確かに、あの人には物足りないどころじゃないでしょうからねぇ……味も量も」


 パームは、苦笑しながら言う。

 ジャスミンは、興味なさげに立ち上がった。


「まあ、いいんじゃね。あのオッサンのデカさじゃ、どっちみちこんな宿屋の部屋に収まらないだろうし……。外で腹出して寝てても、獣に襲われるような心配も無いだろうしさ……」

「――もし、旅のお方……。少々、宜しいですかな……?」

「へ?」


 部屋に戻ろうとしたジャスミンは、突然背後から声をかけられて、振り返った。

 そこには、腰の曲がった老人が、杖をついて立っていた。


「あの……おじいさん……私達に何か用ですか?」


 アザレアは、怪訝な顔をして、老人に問いかけた。

 と、老人は、おもむろに膝をつき、深々と頭を下げた。


「皆様の佇まい……、さぞや腕の立つ方々だとお見受け致しました……! ――お、お願い致しますじゃ! この村――この村を、ヤツらから――お救い下さいませぇっ!」

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