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見送りと餞別

 「……意外でした、ジャスミンさん」


 バルサ王の来訪に沸く、サンクトル中心部から外れた裏通りを歩きながら、若葉色の略式神官服のパームが、前を歩くジャスミンに言った。


「へ? 何が?」


 ジャスミンは、振り返って首を傾げた。


「いえ……てっきり、今夜のバルサ王歓迎晩餐会にも出席されるのかと思ってました」

「え? やーだよ、んなモン」


 パームの言葉を、鼻で笑って一蹴するジャスミン。


「おエライさん方がズラッと面を並べる中で食う飯なんか、格式ばっかり高くて、味気ないだけさ。それに、ご馳走は散々食い尽くしたしな」

「……まあ、そうですけど」


 パームは、ジャスミンの言葉に苦笑する。


「でも、トレニア様は、そんなに堅苦しい方ではありませんよ。下々の者に対しても、気さくに接して下さる、仁慈に溢れたお方です」

「……おや? その言い方……坊っちゃんは、王様と面識でもあるのかい?」


 パームの言葉に、後ろを歩くヒースが、興味深そうに訊いた。


「あ……いえ、まあ……昔に、多少……」


 パームは、何故か言葉を濁す。それをうかうかと聞き逃すジャスミンではない。


「おやぁ? 『昔に多少』って、気になるなぁ〜? 何やらかしたの、キミィ?」

「な……何もやらかしてませんって! 人聞きが悪い事を言わないで下さいッ!」

「……そういえば、バルサ王家って、姫が一人居たよな。プリ……プリム何とかって名前の……」

「プリムローズ姫……です」

「そうそう、そんな名前!」


 ジャスミンは頷くと、ゲス顔になった。


「パームさあ、ひょっとして、そのお姫様と何かやらかしちゃった……とか?」

「は――はああっ?」


 あまりの言葉に、パームの声がひっくり返った。


「そ――そんな訳無いに決まってるでしょ! じゃ……ジャスミンさんっ! 人聞きの悪い事を言わないで下さいッ!」

「――そうよ、ジャス! パームくんを、アナタなんかと一緒にしないでよ」


 パームの肩を持って、ジャスミンを口撃したのは、アザレアだ。


「ジョーダンだよ、冗談! 何だよ、アザリーまで……」

「冗談にも、言っていい事と悪い事があるわよ」


 辟易とするジャスミンを睨むアザレアは、パームを指差しながら言葉を続けた。


「パームくんが、女の子相手に、そんな事する訳無いじゃない! ……多分逆よ」

「……はい? ――あの、アザレアさん……?」

「きっと、パームくんの()()にクラっときたバルサ二世に言い寄られてしまったから、逃げてきたんでしょ?」

「あ――、ソッチかぁ! なるほどねぇ……」

「おぉおいっ! な……何とんでもない事言ってるんですか、アザレアさぁんッ!」

「ごめんごめん、冗談よ、パームくん」


 絶叫するパームを横目に、くすくす笑うアザレア。

 ――その様子を見て、ジャスミンは内心で胸を撫で下ろしていた。

 ――と、


「……おいおい、これから敵の本拠に殴り込もうってのに、随分和気藹々としてるな、お前ら」

「――!」


 突然、道の脇から声を掛けられて、一行は緊張した。

 特に、ジャスミンの顔が一気に青ざめた。


「そ――その声は……!」

「――よぉ、久し振りだなぁ、ジャス公!」


 咄嗟に逃げにかかろうとするジャスミンの襟首をガッチリ掴んで、街路樹の陰から出てきたのは――、


「お、誰かと思えば、鍵師じゃねえか。あの日以来、面ァ見ねえから、てっきり捕まったか逃げたかしたんだと思ってたぜ」

「……何で、サンクトル解放の功労者にして、この軽薄男の恩人でもあるこのジザス様が、捕まったり逃げたりしなきゃいけねえんだよ」


 ヒースの言葉に、不満顔を隠せないジザス。


「オレは、金庫の修理と再調整の為に、地下の金庫室にずーっと詰めっぱなしだったんだよ。もう、モグラにでもなった気分だったぜ」

「そ! 俺がギルド長に推薦したんだよ。ギルド庁の『完全絶対無敵安全金庫室 あんしんくん』の()()()()()としてね!」


 ジザスに首を締め上げられながら、ジャスミンが叫んだ。


「お……おい、ジザスのおっさん! ()()()()を斡旋してやった()()相手に、この扱いは酷いんじゃないのかい! 早く……離して――」

「――ああ。もちろん、推薦してくれた事には感謝してるぜ。――だから!」


 ジザスは、ニヤリと笑うと、次の瞬間、ジャスミンの腹に重い拳を叩き込んだ。


「グフゥッ!」

「――ホントなら十発のトコを、特別に腹パン一発で勘弁してやるよ」

「……そ、そりゃどーも……」


 そう、くの字に折れて蹲ったジャスミンに言うと、腕を掴んで助け起こしてやるジザス。

 そして、懐から取り出したシケモクに火を点けると、心配そうな顔で言った。


「……本当に行くのか、お前ら?」

「……ま、ね。ちょっと団長さんに聞きたい事があってね」

「俺は、(しろがね)の死神に貸しが出来てな。ちょいとブチのめしにな」


 ジザスの問いに、ジャスミンとヒースは答える。

 それを聞いたジザスは、興味無さ気な様子で手をプルプル振る。


「いや、別にお前らはどうでもいいわ。勝手に行ってこい。――でも」


 そこで言葉を切ると、ジザスは、金髪碧眼の小柄な神官をジッと見つめて、口を開いた。


「――キミは行く必要は無いんじゃないのかい……フェーンちゃん……」

「……あの、僕、パームって言うんですけど……この前お伝えした様に……」


 戸惑った様子で、ジザスの言葉を訂正するパーム。ジザスは、その言葉に頷く。


「あ……そうだったね。……済まないな。正直、まだ信じられなくてよ……キミが男だったなんて……」

「……は、はあ……すみません」

「いや……いいんだ。悪いのは、全部コイツ(ジャスミン)だって事は知ってるから」


 そう言うと、ジザスはパームの肩を掴んで、真剣な顔で訴えた。


「な、考え直せ! 俺はアソコに居たから、ダリア傭兵団の……特に団長のヤバさを良く知ってる。キミみたいな、か弱い子の手に負える相手じゃない! だから――!」

「……心配して頂いてありがとうございます。ジザスさん」

「……!」


 パームは、柔和に微笑むと、自分の肩に乗せられたジザスの手を退()かし、決意を決めた目で、彼の目を見つめ返した。


「――でも、僕は行きます。ダリア傭兵団は、野放しには出来ませんし、僕も黙って見ている訳にもいきません。――それに」


 パームは、フッと表情を緩めると続けた。


「――ジャスミンさんこそ、野放しにしたら何をするか分かったものではないので……僕が、この人のストッパーにならないといけないんです」

「おいおい……この人、まるで俺の保護者気取りだよ」

「しょうがないでしょ。だって事実じゃない?」


 パームの言葉に口を尖らせるジャスミンと、クスリと微笑むアザレア。

 ジザスは、彼らの様子を見ると、苦笑して頷いた。


「……分かった。キミの決意は固いようだね。……なら」


 そう言うと、ジザスは腰から提げていた小さな袋を手に取り、パームに差し出した。


「これを持っていけ。……きっと役に立つ……らしい」

「……これは……」


 差し出された袋を受け取りながら、パームは首を傾げた。


「オレにも良く分からん。……大教主の爺様がそう言ってたから、そうなんだろうぜ……多分」

「……大教主様が?」


 パームは、ハッとして頷くと、ニッコリと微笑って、受け取った袋を荷物のポケットに仕舞った。


「頂戴します。――ありがとうございます、ジザスさん」

「……無理はするなよ、フェー……パーム君」


 そして、ジャスミン達の方を向いて、ジザスは険しい顔で言った。


「――お前ら、この子を頼むぞ。……ついでに、お前らも死ぬなよ!」

「やれやれ……俺たちは、ついでかい」


 ジャスミンは、苦笑いを浮かべてそう言うと、親指を立てて、片目を瞑ってみせた。


「大丈夫だよ。俺たちは死ぬ気は無いし、死なないからさ!」

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