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国王と大臣、そして隠し財産

 サンクトルの南北を縦貫するメイン通りの両脇には、住民達の殆どが詰めかけ、埋め尽くしていた。

 彼らは、万雷の音のような拍手や歓声を以て、大通りをゆっくり行進する、煌びやかな甲冑を身に纏った騎士達を熱狂的に迎える。

 騎士達の中央で、一際豪奢な白銀の甲冑姿で、にこやかに沿道の人々に手を振るのは――

 バルサ王国国王・バルサ二世その人であった。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 「ホッホッホ。陛下、お久しゅうございますぞ」

「おう。本当に久しいな、大教主」


 ギルド庁本部のエントランスで、相変わらずの福々しい笑みで頭を深々と下げる大教主に、上機嫌で言葉をかけるバルサ二世の顔は、かつて無く晴れ晴れとしている。

 それもまあ、無理からぬ事であろう。

 ダリア傭兵団に、自由貿易都市サンクトルが攻め落とされ、いつ傭兵団が王都まで攻め寄せてくるか分からない――。そんな、喉の奥に魚の骨――しかも、それは古代の巨大魚セイガンスの肋骨――が刺さったままのような緊張状態をずっと強いられていたのだ。


「――負傷したと聞いているが、大丈夫か?」


 立ったまま、侍従の騎士から手渡されたカロ酒を一飲みで飲み干してから、バルサ二世は、顔を曇らせながら尋ねた。


「ホッホッホ。右手の事ですかの? いやはや、こんなかすり傷までもご心配頂きまして、恐悦至極に存じまするぞ」


 大教主は、ニッコリと微笑んで、包帯が巻かれた右手を振ってみせる。


「いや、何せ御老体だ。単なるかすり傷といえど安心できぬぞ。傷口から毒が入って、ひょんな事からポックリと……」

「何の! 私はまだまだ若い……とは、もう言えませぬな……。確かに、ハラエの効きが些か鈍くなっておるようで、傷の治りが遅いですな。……私の生氣も、もう僅かという事でしょうのぉ」

「おいおい……。今、大教主に居なくなられては堪らぬぞ」


 慌てる王の言葉に、偽りや誇張は無い。

 大教主は、単なるラバッテリア教の最高司祭者というだけでは無い。その卓越した政治感覚・戦略観は、バルサ王国の基幹を支えていると言っても過言では無いのだ。

 大教主は、王からかけられた言葉に、「勿体なきお言葉にございます」と深々と頭を下げる。


「――そ、それよりも! だ……大金庫室は……どうなっておる!」


 ふと、ふたりの間に、不躾に割り込んできたのは、テリバム国務大臣だ。

 彼は、口角泡を飛ばしながら、大教主に詰め寄る。


「あの……あの金庫室の中身は……無事か?」

「……ホッホッホ。ご心配召されるな。ギルド長より、()()無事だとの報告を受けておりま――」

「お……大方? ()()ではないのか? ええい、一体どれ程の被害だと言うのじゃ……!」


 テリバムは、そうヒステリックに叫びながら、キョロキョロと辺りを見回し、末席で膝をついて控えているギルド長を目敏く見付ける。


「おい、ギルド長! どうなのじゃ! 金庫室のワシの財宝は……」


 そう喚きながら、ギルド長の腕を掴んで、無理矢理立たせようとする。


「……『ワシの』? おい、大臣よ」

「……あ」


 バルサ王が、ボソリと呟いた一言に、テリバム国務大臣はハッと我に返った。

 冷や汗をダラダラ垂らしながら、恐る恐るといった感じで、ゆっくりと振り返る。

 王は、引き攣った笑いを浮かべながら、ジト目でテリバムの禿頭を見ていた。


「それは、あれか? いつぞやに、サーシェイルが言っておった『国務大臣の隠し財産』というヤツか?」

「あ……あの……いえ……その……」

「テリバムよ……それは、余や先王陛下の信頼を受けながら、隠れて私腹をこらしておった、という事か?」

「い……いえ、その――」

「お前の、王国への忠誠は偽りであったと――」

「め、滅相もございませぬ!」


 テリバムは、バルサ二世の言葉を、震えながらも毅然とした態度で、ハッキリ否定した。


「た……確かにワシは、密かに隠し財産をこしらえ、ここサンクトルのギルド庁の地下に厳重な金庫室を作って、保管しておりました! ……その事を、陛下が咎められるのであれば……甘んじて処刑台にも上りましょう! ――しかしながら!」


 テリバムは、顔を上気させ、目からは涙を滂沱と流しながら、言葉を続けた。


「ワシの、30年を超える、バルサ王国……バルサ一世陛下及びバルサ二世陛下への忠誠には、ただ一つの曇りも欠けもございませぬ! 他の事はともかく、それだけ……それだけは……お疑いになられぬ様に……何卒――!」

「――分かっているさ。大臣の、揺るぎなき忠誠はな」


 テリバムの言葉を遮るようにかけられた王の声は――とても優しい響きだった。

 バルサ王は、険しかった顔をフッと緩めると、はにかんだ様に微笑んで、頭を掻いた。


「……すまなかったな、テリバム。年甲斐も無くからかってみただけだ。――確かに財産の隠匿は、けしからんが、お前の、王国に対する長年の忠誠と精励に免じて、不問に伏そう……今回だけはな」

「……へ、陛下!」

「――もちろん、次は無い。また同じ件が発覚したら、その時には忠誠やこれまでの働きなどは関係無く、厳しく罰するぞ。――心しておけ!」

「は――ははあっ! このテリバム、肝に応じておきまする……!」


 テリバムは、感激で顔をグシャグシャにしながら、王に平伏し、禿頭を床に打ちつけた。


「も――勿体なき……有り難きお言葉……不肖このテリバム、改めて陛下とバルサ王国に対しての永久(とこしえ)の忠誠を誓いまする――!」


 そう絶叫すると、テリバムは顔を伏せたまま、時折嗚咽で嘔吐(えづ)きながら、号泣し続ける。

 そして、黙ってその様子を傍観していた大教主は、満面の笑みを浮かべながら、バルサ王に向かって大きく頷いたのだった。

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