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酒宴と溶岩酒

 「サンクトル奪回を祝して〜ッ! カンパーイ!」


 累計何百回めかの乾杯の音頭と共に、そこかしこで杯が打ち合わされる。

 サンクトルギルド庁改めチャー傭兵団本部改めサンクトル()ギルド庁の中庭で開催されている「サンクトル解放記念祝賀祭」は、既に三日目に突入していた。

 あちこちで、死体……の様に眠りこける泥酔者達が転がる中、祭のボルテージは下がるどころか、ますます上がる一方だ。


「はいはいはーい! みんな〜、おめでと〜!」


 その祭の中心で見目麗しい美女達に囲まれながら、ジャスミンは、バルが並々と注がれたジョッキを一気に飲み干した。

 彼の左腕には、『実行委員長』と書かれた黄色の腕章が巻かれている。


「おう、ジャスミーン! 良い飲みっぷりだねぇ! どれ、もう一杯!」


 と、肉屋のセネルが真っ赤な顔でフラつきながら、空になったジョッキに新たなバルを注ぎ込む。


「おいおい、ヘタクソだなぁ! 殆ど泡だけじゃないの!」


 ジャスミンは苦笑しながらも、ジョッキを傾け、喉を鳴らしてグビグビと呷る。


「……ごっそさーん!」

「ヒューッ! 気持ちのいい飲みっぷりだなぁ! さすが『天下無敵の色事師』さんだ!」

「ジャスミン様、 ステキーッ!」


 何杯ものバルを飲み干しながら、顔色ひとつ変わらないジャスミンに、酔客達からやんやの歓声が浴びせられる。


「ホッホッホッ。楽しい酒宴でございますのぉ、ジャスミン殿」

「お! 大教主の爺さん、お疲れちゃーん!」


 背後からかけられた声に、ジャスミンは振り向きもせずに、杯を掲げて答える。

 もちろん、他の民衆達は、他ならぬ大教主様に対して、そんなぞんざいな態度を取れるはずもない。皆一斉に顔色を変え、跪こうとする――が、


「ホッホッホッ、どうか皆さんそのままで。無礼講と参りましょうぞ」


 そう、(おど)けた調子で、大教主直々から有難いお言葉を頂戴し、民衆の熱狂は最高潮に達した。


「大教主様に――カンパーイ!」


 また、乾杯の音頭が至るところで交わされる。

 大教主の前にも、バルを注がれたジョッキが差し出されるが、大教主は柔和な笑顔でそれを断った。


「あ! 失礼しやした……! やっぱり、聖職者様に酒はご法度でしたかね――?」

「いえいえ、そうではなくて――」


 ジョッキを差し出したセネルが恐縮するのに、ゆるゆると首を横に振る大教主。


「バルではなくて――私は溶岩酒をストレートで頂戴致します」

「よ――」

「溶岩酒――ッ!」

「――を、ストレートでだって……?」


 周囲の民衆達がどよめいた。

 無理もない。"溶岩酒"とは、一口飲むだけで、胃の腑に煮え滾った溶岩を流し込んだ様な痛みと熱さをもたらす、超高濃度の蒸留酒である。

 火を投げ込めば青く燃え上がる溶岩酒は、もはや酒と言うよりは、『申し訳程度の味が付いたアルコール』と言った方が近い。

 そんな“危険物”を、目の前のしわくちゃの老人が飲もうというのだ。しかも、ストレートで――。

 周囲を取り巻く住民達は、大教主への期待と不安で、お互いに顔を見合わせる。


「おいおい……ジイさん、マジで大丈夫かよ? 脳の血管トバして逝っちゃったら、実行委員長の俺の責任になるんだけどさぁ」


 さすがのジャスミンも、これには心配顔を隠せない。

 だが、当の大教主はニコニコ笑いを絶やさずに、溶岩酒が注がれたグラスを受け取り、クイッと一息に呷った。

 固唾を呑んで見守るジャスミンと住民達――。

 大教主は、空になったグラスを、ドヤ顔で掲げてみせる。


「お――オオオッ――!」


 どよめく民衆――を、大教主は掌を挙げて鎮める。

 大教主の静止を受けてシンと鎮まった会場を見回し、鷹揚に頷いてから、ジェスチャーで火を求める大教主。

 すぐに、火の点いた付け木がリレーで回され、大教主に手渡される。

 彼は、付け木の火と自身の口元を交互に指差し、観衆の注目を集めると――火を口元に近付ける。


「――ポッ」


 と、止めていた息を吐くと同時に、口元から青い炎が噴き出す。


「……マハルドユドラゴンのマネ……ですじゃ」

「…………」

「……あれま。……ウケない? ――50年前はドッカンドッカンウケまくったのですが……」


 狙いに反して、静寂が訪れた会場の雰囲気に、常時沈着冷静な大教主が、オロオロと狼狽える。


「……いやはや……参りましたな……。歳は取りたくな――」

「……お、おお……」

「オオオオオぉ――ッ!」

「大教主ッ! 大教主ッ! 大教主ッ! ウオオオオオッー!」


 一拍遅れて、会場はやんやの大喝采に包まれた。


「ホッホッホッ……いやはや……皆さんお人が悪い……。危うくスベったかと思って、何十年ぶりかで肝を冷やしましたぞ……」


 と、額に浮いた冷や汗を拭く大教主。

 その一方、


「な……何だよ、ジイさん……! そんな大道芸で、美味しいところ全部持っていきやがって……! く……悔しい〜ッ!」


 と、主役を完全に奪われた格好のジャスミンは、地団駄を踏んで悔しがるのだった……。

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