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宝具と持ち主

 「――あああああっ!」


 シレネは、絶叫と共に跳ね起きた。


「おやおや……! 怖い夢でも見たのかい、シレネちゃんや?」


 傍らに座っていたファミルデトンが、驚きながらも優しい声で話しかける。

 シレネは、紫色の瞳を見開いたまま、茫然と周りを見回す。


「ここは……?」

「ここは、ギルド庁の、来訪者宿舎だよ。あんたは、傭兵団を退治している最中に気を喪って、今まで寝ていたんだよ、シレネちゃん」


 ファミルデトンの言葉にも、混乱しているのか、シレネは不安げな顔で毛布を引き寄せる。


「……し、シレネ……シレネって……?」

「え? そりゃ、アンタの事に決まっているじゃないかえ。――本当に、大丈夫かい?」

「わ――私? ち……ちが――私は――」


 怯えた顔をしていたシレネは、だんだんと頭がハッキリしてきたようで、虚ろな瞳の焦点が定まった。


「あ……シレネ……は、私の……事よね……。うん。――ごめんなさい、何か、頭がボーッとしてて……」

「――大丈夫かい? ほら、冷たいお水でも飲んで」


 ファミルデトンは、ベッド脇のテーブルから水差しを取って、木のコップに注ぐと、シレネに渡した。

 シレネは、かすれた声でお礼を言いながらコップを受け取り、一気に飲み干す。


「――そう、よね。私は、傭兵団からこの街を解放しようと、戦ったのよね……」

「そうだよ――」


 ファミルデトンは、優しい眼差しでシレネを見つめながら言った。


「シレネちゃんやフェーンちゃん、あとはジャスミンちゃんのおかげで、街を取り戻せたんだよ。――ありがとうねえ」

「……団長は! 傭兵団の団長はどうなったの?」


 シレネは、お礼の言葉と共に、頭を下げたファミルデトンの肩を掴んで、鋭い声で尋ねる。その目はギラギラと、熱病に浮かされているように輝いている。


「あ……だ、団長さんは――ギルド庁の地下牢に……て、あ」


 ファミルデトンは、彼女の剣幕に圧されて、思わず答えてしまった後、ハッとして口を押さえた。

 大教主に、「彼女には、団長の消息の事は伝えないで下さい」と口止めされていた事を思い出したのだ。

 だが、遅かった。


「……地下牢。――そう」


 彼女は低い声で呟いた。茶色い前髪で覆われた両眼には、仄暗い炎が瞬いているように見えた。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 「いやはや……さすがですなあ。ぶっつけ本番で、この『無ジンノヤイバ』を遣いこなせたというのですか?」


 大教主が、黒い剣の柄を握りながら、驚きの声を上げた。


「あ? やっぱり? 俺って凄いヤツ?」


 一方のジャスミンは、鼻高々。ベッドの上でふんぞり返っている。パームは、そんな彼の様子を呆れた顔で見ている。

 だが、大教主は福々しい顔を綻ばせて、大きく頷いた。


「凄いですな。この宝具は、莫大な生氣を必要とするので、普通の人間では生氣が足りず、起動する事すら難しいのですが……。修練もせずに起動し、それどころか形態変化までやってのけるとは……。いや、感服しましたぞ!」

「いやぁ~、照れるなあ。そんな事……あるけどさ♪」

「……謙遜と言う言葉をご存知ですか、ジャスミンさん?」

「ケンソン? 何それ美味しいの?」


 パームのジト目を涼しい顔で受け流すジャスミンは、大教主に尋ねる。


「――大教主サマさ……。ひょっとして、チュプリで『取ってきて下さい』って、俺たちに命令した“宝具”って、これの事じゃない?」

「――ご名答。実は、コレは私が若かった時の()()でしてな。来たるべき傭兵団との戦いに必要になるかと思って、手許に置いておこうと思ったのですじゃ」


 大教主は、顎髭をしごきながら、ニッコリと笑って頷いた。


「やっぱり……じゃあ、それはアンタに返した方がいいかな……?」

「……いえ。貴方にお譲り致しますぞ」


 そうキッパリと言うと、大教主は、無ジンノヤイバをジャスミンの手に握らせる。


「……いいの?」

「ホッホッホ。老いた私の生氣でも、起動くらいは出来るかもしれませんが……。昔のように遣いこなすのは難しいでしょう。私よりも貴方が持っていた方が、無ジンノヤイバの力を引き出せると思いますのでのう……」


 大教主は穏やかに微笑む。少し、その表情が寂しそうに見えるのは、気のせいだろうか……?

 ――と、


「……あれ、この流れ……ひょっとして――俺が、ダリア傭兵団の方も潰さなきゃならない流れ……?」

「ホッホッホッホッホ」

「あー……やっぱり。……って!」


 ジャスミンは、目を剥いて、(こうべ)を横にブンブンと振る。


「ホッホッホッホッホじゃねえよ! 俺はしがない色事師だぞ! あの豚まんじゅう相手でもギリギリだったのに……、大元のダリア傭兵団も相手にしろとか、無茶ぶりが過ぎるだろ! しかも、ダリア傭兵団(あそこ)には、『(しろがね)の死神』まで居るじゃねえかよ! 無理! ゼッタイ!」

「ちょっと……! ジャスミンさん……落ち着いて!」

「……おやおや。それは困りましたなあ」


 食ってかかってくるジャスミンに胸倉を掴まれながら、然程困った様子も無く、ホクホク顔で顎髭をしごく大教主。


「……てっきり快諾して頂けると思って、サンクトルの街の皆さんに、『ジャスミンさんがダリア傭兵団を討伐しに行きまーす』と、大々的にアナウンスしてしまいましたぞ」

「は? は? はああああああ~?」


 大教主の言葉に、飛び出さんばかりに目を剥き出すジャスミン。


「ちょ――おまっ! 何を勝手な事を触れ回ってくれちゃって――」

「――しょうがないですなぁ。ここは改めて、『天下無敵の色事師ジャスミンさんが、やっぱりビビってしまって、ダリア傭兵団を倒すのを諦めました~』と告げないといけませんなぁ~」

「な――? い、いや……それは……ちょっと――」


 大教主の言葉に、狼狽えるジャスミン。大教主の胸倉から手を離し、難しい顔で考え込む。


「……ダサいよね……やっぱソレって……。――いや、でも、相手はあのダリア傭兵団……やり合おうとしたら、ほぼほぼ死亡確定……でも、ココで逃げたら……『天下無敵の色事師』の名が……いや……でも――」

「――だ、大教主様!」


 その時、扉を勢いよく開けられた。

 ドタドタと足音を立てながら、室内に雪崩れ込んできたのは――、


「これはボークガンダ神官長。そんなに慌てて、どうかなされましたかな?」

「……大教主様、申し訳ございませぬ……。監視を仰せつかっておりました、あの娘ですが……」

「……シレネ殿ですかの?」

「は、はい……」

「……シレネさんが、どうかしたんですか?」


 大教主の問いに頷く神官長。パームは、軽い胸騒ぎを覚えた。


「……顔見知りの老婆を、側に付けていたのですが……。先程、私が様子を見に行ったところ、老婆が眠りこけており……娘の姿が、その……消えておりまして……!」

「――!」


 その言葉を聞いた途端、ジャスミンの顔色が変わる。


「あ――! じゃ、ジャスミンさんっ! ちょっと……!」


 パームが止める間もなく、彼はベッドを飛び降り、放たれた矢の勢いで部屋の外へと飛びだしていった――。

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