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戦果と犠牲

 「……う……ん?」


 ジャスミンは、唸りながら目を開けた。

 低い天井の木目が目に入る。


「え……?」


 戸惑って、頭を巡らし、周囲の状況を確認する。

 右側には、小さな窓があり、柔らかい日射しが部屋を明るくしていた。

 ぼーっと、窓の外の景色を見ている内に、ぼんやりとした頭が、霧が晴れていくように徐々にハッキリと冴えてくる。

 ――どうやら、自分はベッドの上で横になっているようだ。


「あ! ジャスミンさん、気が付きましたか!」


 左側から、聞き覚えのある声が聞こえた。ジャスミンは、右を向いたまま微かに笑みを浮かべると、右を向いたまま、大袈裟に溜息を吐いてみせる。


「何だよ~……。寝起きに男から声をかけられるなんて、ツイてないなぁ……」

「悪かったですね……男で。お生憎様でした」


 咎めるような口調で、笑いながら答えるパーム。

 ジャスミンは、顔を左側へ向ける。

 そこには、久々に若草色の神官服を着たパームが座っていた。


「――どうせだったら、メイド姿の方が良かったですか?」

「――言うようになったねぇ、堅物神官サマが」

()()()()のおかげで、すっかり世俗に揉まれましたからね!」


 ふたりは顔を見合わせて同時に吹き出し、一緒に愉快そうに笑う。

 ひとしきり笑い合うと、ジャスミンはパームに尋ねた。


「で――、何で俺はココで寝てるんだ? チャーの奴の脳天をぶっ叩いた事までは覚えてるんだけど、その先の記憶が無い――」

「その直後に、気を喪ってしまったらしいです。――で、あの鍵師さんがジャスミンさんを介抱したり、色々してくれたようで……」

「鍵師……ジザスのおっさんか……あ」


 ジャスミンは、冴えない中年鍵師の顔を思い出し、パームにおずおずと尋ねる。


「……あのさあ、パーム。ひょっとして、その姿でジザスと会ったの?」

「え? ――ええ。何かすごくビックリしてて、その後ものすごく落ち込んでましたけど……?」

「あ……会っちゃったんだ。……何か言ってた?」


 ジャスミンの問いに、パームは首を傾げ、自分の右手を見ながら答える。


「あ……何故か握手を求められました。『これだけでいいや……』って言いながら。あと、ジャスミンさんへの伝言も預かってます」

「え? 伝言? 俺に?」


 嫌な予感。青ざめるジャスミンに、小さく頷くパーム。


「ええ。『今度会ったら、10発殴らせろ』……だそうです」

「あ…………はい……」

「……何やったんですか、アナタ……」

「あ……いやぁ、ははは――」


 ジト目でジャスミンを見るパーム。ジャスミンは笑って誤魔化し、


「あ! そういや、チャーの奴はどうなったの?」


 全力で話題を逸らす。

 パームは、はあ、と溜息を吐き、問いに答える。


「チャー団長は、貴方の一撃で昏倒して、その後無事に捕らえられました。今は、拘束した上で、地下牢に収監されています」

「そうかぁ……そりゃ良かった。――で、シレネは……ついでにお前は、大丈夫だったのか?」

「……ついで、って……」


 パームは、ジャスミンの言葉に、頬を膨らませる。


「――シレネさんは無事です。大教主様が保護なされて、鎮静剤を飲ませたという事で、まだ眠ってらっしゃるんじゃないでしょうか……。大教主様が側に付いていらっしゃいます」

()()()、ねえ……」


 ジャスミンは、何となく、()()()の正体を察した。

 しかし、シレネが無事で良かった――と、ジャスミンは内心で胸を撫で下ろす。

 

「……僕は……すみません。お酒を運んだ先で、大きな傭兵の方に押し倒されてからの記憶が無くて……。目を覚ましたのも、ついさっきでして……」

「……いや、お前は元気に暴れてたよ。酒に酔って……」

「……すみません……」


 顔を真っ赤にして俯くパームの肩を、ニヤニヤ笑いながらポンポン叩くジャスミン。


「……で、大教主の爺さんは、何か言ってたかい?」

「…………『メイド姿もよく似合いますね』って……」

「ブッ! クフフフフッ……あ痛ててて」

「笑い事じゃ無いですよ~……」


 痛みに顔を(しか)めつつ、腹を抱えて笑うジャスミンを、涙目で恨めしげに睨みつけるパーム。

 ジャスミンは、ひとしきり笑った後、つと顔を引き締めてパームに尋ねた。


「……で、結局、今回の損害というか……犠牲になった人数はどの位か、分かる……?」

「あ……いえ……」


 パームは、表情を曇らせて(かぶり)を振る。

 と、


「ホッホッホ。それは、私がお答えしましょう」


 ドアを開けて、大教主がニコニコと柔らかな笑みを浮かべて室内へ入ってきた。


「あ! だ、大教主様!」

「お! 大教主のジイさん、お疲れチャ~ン! 助っ人、サンクスだよ~! アンタが居なかったら、今回の作戦は上手くいかなかったよ」

「じゃ、ジャスミンさんっ! 大教主様に、何て口のきき方を!」


 ジャスミンの無礼な口調を、顔色を変えて嗜めるパーム。

 だが、当の大教主は鷹揚に笑って、ひらひらと手を振る。


「ホッホッホ。別に構いませんよ。私も、久々に羽目を外せて、実に楽しかったですぞ」

「だ……大教主様?」


 呆気に取られた顔のパームを尻目に、大教主は懐から四つ折りにした紙を取り出し、記された内容に目を通す。


「で……今回の件での被害についてでしたな……。えーとですね……傭兵団側は、重傷が269人、軽傷が528人です。何割かは、街の外に逃げていったようですのぉ。――で、住民(こちら)側は……重傷が34人、軽傷が284人ですな」

「……結構、重傷者が多いな……」


 ジャスミンは、少し表情を曇らせる。

 大教主は、柔らかな笑みを浮かべ、言葉を続ける。


「……とはいえ、重傷者は、傭兵も住民も問わず、私とラバッテリア布教所の神官達が、ハラエでの治癒と、外科的な治療をしておりますからのぉ。命に関わる様な容態の者は居りませぬ。ちなみに」


 大教主は、意味深に言葉を切ると、

「傭兵側・住民側、共に死者はゼロ。――犠牲者を出す事無く、サンクトルは傭兵団の手から解放されたのですな……素晴らしい結果です。よく頑張りましたな、おふたりとも」


 眉尻を下げ、しわくちゃの顔に満面の笑みを浮かべた。

 ジャスミンとパームは、顔を見合わせ、


「――やったな」

「……はい」


 笑顔で、お互いの握り拳を突き合わせた。

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