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宝具と光明

 「おい! ジャス公、しっかりしろ!」


 グッタリしたままのジャスミンを、何とか金庫扉の裏側まで引き摺ったジザスは、彼の襟首を掴んで、ブンブンと乱暴に揺らす。

 低い唸り声を上げて、ジャスミンがうっすら目を開ける。


「お! 気が付いたか――?」

「――ん……あと……5分……」

「おいっ! こんな状況で寝惚けてる場合か!」


 ジザスはジャスミンの脳天に拳骨を落とす。


「いッ――いってぇっ! な……何をしや――」

「目ぇ醒めたか、このボケ! おら、背中向けろ!」


 ジザスは、悪態をつきながら、ジャスミンの背中に突き立つ氷の矢を抜こうとするが、


「つ――冷てえっ!」


 顔を顰めて手を放す。見ると、掌が真っ赤になっている。凄まじい冷たさだ。素手で触れると、氷に掌が張り付いて、放したくても放せなくなってしまうだろう……。

 しかし、このまま氷の矢を背中に刺したままでは、ジャスミンの身体が内部から凍え切ってしまう……。

 そうだ――彼は、腰に提げた道具入れから巨大なペンチを取り出し、持ち手にボロ布を巻き付けてから氷の矢を挟み込み、一気に引き抜いた。


「いでででででッ! 痛い痛い痛いッ!」

「死にたくなけりゃガマンしろ! あと4本!」

「――! いっでででででッ……あれ? 意外と痛くない?」

「……そりゃ、お前、凍え切って、感覚が麻痺してるんだよ……ま、逆に好都合だけどな……」


 そう言いながら、ジザスは手早く刺さった矢を、次々と抜いていく。冷気で血管も収縮している為か、出血も思ったよりも無い。


「――ほら、これで終いだ!」


 最後の矢を抜き放ち、ジザスは大きく息をつく。


「ふぅ……助かったよ、ジザスのダンナ……この借りは、フェーンとハグ権10分でも足りないなぁ」

「……いや、それよりも……。――そ……そ……」

「そ? そ……なに?」


 顔を真っ赤にしてモゴモゴ言うジザスに、ジャスミンは聞き直す。

 ジザスは、意を決した顔つきで口を動かした。


「そ……添い寝! ……とか、あ、いや、例えばの話で……その……」

「……………………」

「……………………」


 二人の間に気まずい沈黙が流れる……。


「…………あ、あー……そ、そうだね……。正直、そこまではどうかなぁ……一応、フェーンには頼んでみよう……うん」


 ジザスの要望に、目を逸らして言葉を濁すジャスミン。

 が、その言葉を聞いたジザスは、喜色満面。

 その表情を見たジャスミンの顔が紙のように白いのは、凍えているからだけではない。


(……あ、これ、本当の事知ったら、確実に殺されるわ……俺)




 一方――。


「なかなかやるじゃねえか、団長殿よぉ」


 ヒースは、石壁に凭れかかりながら、ニヤリと笑ってチャーに声をかけた。


「まさか、アンタが氷術士の能力持ちだとは思いもしなかったぜ……能あるブタは牙を隠す……ってか?」

「舐めた口を叩いてたら、アンタも凍らすわよん!」

「おお怖い」


 ヒースは、戯けた顔で肩を竦める。

 チャーは、苛立ちの表情を隠しもせずに、金庫の扉を睨みつけながら、呟いた。


「……隠してた訳じゃないわ。あまり使いたくなかったのよん、この能力……」


 チャーは、視線を落として、右手に握る氷の大刀を見る。


「……氷を見ると、どうしても思い出ちゃうのよん……あの、氷と雪しかない忌々しい街の事を……」




 「……で、これからどうするんだよ、ジャス公」


 半開きの金庫扉の裏側に張り付いて、隙間から外の様子を窺いながら、ジザスは訊いた。


「今更ごめんなさいしても赦してくれないだろうなぁ……」

「当たり前だ、アホ。――正味のハナシ、二択しか無えだろ。……逃げるか、戦うか」

「いっそ、このまま金庫室に籠城するって手も……」

「あ、その手もあるな……いや」


 ジザスは、ジャスミンの言葉に頷きかけて、首を横に振る。

 彼は、ジャスミンの背中を指差した。


「今は凍えきってるから血が止まってるけど、血が通い始めたら、その傷口から血が流れ始めて、お前は出血多量でお陀仏だぜ。――長期戦は無理だ」

「……あ、そうか」


 ポンと手を叩くジャスミン。


「そうなると……戦うしかないかぁ」

「……オレには期待するなよ。タダのしがない鍵師だからな。多分、潜ってきた修羅場は色事師(おまえ)より少ない……」

「はいはい……分かってますよ」


 そう言って舌を出すと、ジャスミンは金庫の奥へと視線を向け――ヒュウッと口笛を吹いた。


「……いやはや……コレは聞きしに優る絶景だねェ……!」


 巨大な金庫の中には、内壁材に照明代わりの夜光石を混ぜ込んでいる為、仄かに青白い光を放っている。

 その心許ない光の中で、拳大のダイヤモンドの首飾り、金の装飾を施された燭台、様々な宝石が嵌め込まれた王冠、金貨がギュウギュウに詰め込まれた宝箱……正に宝の山々が、燦然と光り輝いていた。


「こりゃ、あの豚まんじゅう団長も欲目を出して一人占めしたくなるわ……」


 そう呟きながら、ジャスミンは宝の山を掻き分け、色々物色し始める。


「お……おい、ジャス公! んな事してる場合じゃねえだろッ!」


 慌てて、ジザスがジャスミンを咎める。

 ジャスミンは顔を上げると、心外だと言わんばかりに口を尖らせる。


「ち――違うよぉ! 俺は、何か武器になるものは無いかなぁ……って探してただけだよ……他人(ヒト)を盗賊呼ばわりとは……失礼だな!」

「…………じゃあ、その尻ポケットから覗いてるソレは何なんだよ」


 ジザスは、呆れ顔でジャスミンの尻を指差す。そこからは、真っ赤なルビーを嵌め込んだペンダントが垂れ下がっていた――。


「――テヘペロ♪」

「テヘペロ♪……じゃあねえよ! マジメにやれよッ!」

「何だよぉ……ちょっと位いいじゃんかよ……ケチ!」

「ケチじゃねえ! オレ達の生命がかかってるの、分かってるのかよ!」

「へいへーい……」


 ジャスミンは、不満を顔いっぱいに表しながら、しぶしぶポケットの中身を取り出して宝の山に戻し始める。

 ――と、


「……おや?」


 ジャスミンの目が一つの古ぼけた木箱に留まる。何だろう……妙に気になる。

 彼は、無意識に箱を手に取っていた。

 細長い箱だ。表面にはかすれた字で『宝具 無ジンノヤイバ』と記載してある。


「無ジンノヤイバ……? 宝具だって……?」

「……多分、そりゃ、ラバッテリア布教所から収奪してきたお宝だったハズ……でも、今はそんな骨董品に――」

「いや! コレだ!」


 ジザスの言葉を遮り、ジャスミンは振り返った。その黒い目は、希望に満ち溢れて、黒曜石の如くキラキラと輝いている。


「コレが、切り札になる! 俺の勘だけどな……俺の勘と運は、頼りになるんだ!」


 そう叫ぶと、ジャスミンは箱の中から取り出した宝具を掲げた。

 彼の手にあったのは――、

 金象嵌で幾何学的な模様が施された、円筒形の剣の柄だった。

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