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金庫室と鍵師

 ジャスミンとジザスは、一旦、螺旋階段を登って、地上階に出た。

 狙いの『完全絶対無敵安全金庫室 あんしんくん』へ続くルートは、二種類ある。

 一つは、謁見の間の奥にある隠し扉から。だが、そこは、


「謁見の間には、団長が居るから無理だろう……」

「そだね。この騒ぎで傭兵の指揮に出る事は……無さそうだな。そもそも、扉でつっかえて、謁見の間から出てこられなさそうだ……」


 ――そうなると、


「もう一つのルート……、旧ギルド長の寝室の裏から入るルートだな。侵入するとなると」

「――寝室には誰も居ないのか?」


 心配そうな表情を浮かべるジザスに頷くジャスミン。


「うん。チャーは、『動くのが面倒くさいのよん』って言って、謁見の間にベッド持ち込んで、そこで寝起きしてるからね。寝室は、高確率で無人だ。――ま、施錠はしっかりされてるだろうけど、偉大なる鍵師ジザス様の手にかかれば、トイレの鍵と同義だろ?」

「……いきなり持ち上げやがって、気持ち悪ぃな。――ま、その通りだけどよ」


 満更でもない顔で、シケモクを吹かせるジザス。

 意見の一致を見た二人は、周囲の様子に注意しながら、寝室へと向かう。

 途中で、何人かの傭兵とすれ違ったが、いずれも泡を食った様子で右往左往するばかりで、二人の事は気にもかけない。

 ――どうやら、住人達の作戦は順調に推移しているようだ。

 そして二人は、無事に寝室に辿り着いた。


「さー、ジザス先生、お願いします!」

「……何か、急に恐ろしくなってきた……。これって、裏切り行為だよな……。団長にバレたら……」


 扉の前で、青ざめて怖じ気づくジザスに、ジャスミンは冷ややかな目で、冷たく言い放つ。


「なーにをビビッちゃってんの? 今更躊躇しても、牢番ボコって神官解放してる時点で裏切り確定してるからね。もう立派な傭兵団の敵よ、アンタ」

「う……うう、そうだった……」


 ジャスミンの追い打ちに、頭を抱えるジザス。ジャスミンは、そんな彼の肩を叩いて言う。


「まあまあ、そう深刻な顔をしないの! 逆に考えれば、アンタはサンクトル解放の立役者の一人だよっ!」

「……分かったよ。やりゃいいんだろ? クソッタレが!」


 ジザスは舌打ちをして、シケモクの火を壁に押し付けて消すとじ、懐から針金を取り出し、豪奢な扉の鍵穴に挿し込む。

 扉に耳を当てながら、手元を細かに動かす事3分……。


 ――ガチリ


 という重い金属音が、静まりかえった廊下に響く。

 ジザスは、顔を上げ、大きく息を吐く。


「――ほらよ。開いたぞ」

「さっすが! ジザス先生、鮮やかな手口ですねっ!」


 満面の笑みを浮かべて、扉に手をかけるジャスミン。ギギ……と微かに軋む音を立てて、重い扉がゆっくりと開いた。


「……さて、行くか――って。……どうしたの、ジザスセンセ?」

「なあ、ジャス公……。やっぱり、オレはここで降りるぜ……」

「はああああああっ?」


 ジザスの言葉に、目を剥くジャスミン。


「何を今更怖じ気づいてんだよ、おっさん! アンタが居ないと、金庫の鍵を誰が破るんだよ!」

「……いや、だって、最初は神官を解放するだけの話だったじゃねえかよ。――あの頭おかしい金庫室を相手にしろとか、どう考えても割に合った仕事じゃねえ。すまねえが、オレはここでオサラバさせてもらうぜ」

 そう言い捨てると、ジザスは背を向けて立ち去ろうとする。


「ちょ、ちょっと待って……ジザスセンセーイッ!」


 その背中に慌てて声をかけて引き留めようとするジャスミン。


「――分かった分かった! じゃあ……『フェーンとの一日デート権』に、『1分間ハグ権』も付けよう! それならどうだ?」


 ぴくっ。ジザスの歩みが止まった。


「…………」

「……ど、どう?」

「…………3分」

「へ?」

「……ハグ。1分じゃ無くて3分……」

「……あー、オーケーオーケー! 『3分間ハグ権』ね! 全然ダイジョーブ! 俺からフェーンに話付けるから! お兄さんとの約束だ!」

「…………よっしゃあああっ!」


 向き直って、満面の笑みでガッツポーズを繰り返すジザス。

 小走りで、開いた扉を通り抜け、振り返ってジャスミンに手招きする。


「おら! ジャス公! ぼさっとすんな! チャッチャと終わらせて、フェーンちゃんとデートに行くんだから!」

「……あ、ハイ……」


 ジザスのテンションにドン引きしながら、(……これ、ホントの事がバレたら、俺殺されるんじゃないか……?)と、心中密かに青ざめるジャスミンであった。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 薄暗い石造りの通路を通り抜け、広い空間に出たふたりの前に、見上げるほど巨大な金属の扉が圧倒的威圧感を伴って立ち塞がった。


「……いやはや、実物を目にするのは初めてだけど……凄いね」


 ジャスミンは、その余りの威容に気圧される。


「……な、頭おかしいだろ?」


 ジザスは、また1本シケモクを口に咥えながら、皮肉げに嗤う。


「ま、こんなバケモノ金庫を、小細工無しの力業でこじ開けた奴も、大抵イカレ野郎だけどな……」

「ヒースのおっさんか……」


 ジャスミンの脳裏に、巨大な傭兵の傷だらけの魁偉な容貌が浮かんだ。


「ま、ジザス大先生なら、()()()で開けられるでしょ?」

「正攻法って一体……? ま、一回ぶっ壊れた錠の修復をしたのは他ならぬオレだからな……」


 持ち上げられて満更でもない笑みを浮かべるジザス。


「……どの位かかりそう?」

「――そうだな。第3種施錠呪文はオミットしてあるし、暗証番号は知ってるから……相互連結のフェルー式錠4つの解除だけだとしても……1時間半から2時間は見てくれ」

「……結構かかるモンだね。――オーケー。早速取りかかってくれ」


 一流の鍵師を以てしても、それだけの時間がかかるのか……。ジャスミンは、内心で舌打ちしながらも、表情には出さず、柔らかく微笑む。

 ジザスは軽く頷くと、巨大な回転錠の前に座り込んだ。腰のポーチから様々な道具を取り出し、次々と床に並べる。

 そして、その中から聴診器を選び、耳に嵌めると、真剣な表情になり、仕事に取りかかり始める。


「やれやれ……」


 ジャスミンは、息を吐いて、壁にもたれかかる。

 ――あとは、ジザスの仕事が終わるまで待つだけ。どうやって時間を潰そうか――?


「あらあん? アンタの言う通りだったわねええん。可愛いネズミと、それ程でも無いネズミが忍び込んできたわよん」

「――!」

「――!」


 突然、地下室に響いた野太い濁声に、ふたりは仰天した。

 ――ふたりが入ってきた扉の逆側……『謁見の間』に続く方の扉が開き、通路の壁面に腹をつかえさせながら、まん丸な肉の塊が入ってきた。


「――ちゃ、チャー……団長!」

「……どうして、ココに……?」


 愕然とするふたりに、にやぁりと醜悪極まる微笑を向けるチャー。


「いやあねえ。ここはアタシの金庫室よおん。アタシが出入りして、何か問題があるのぉん?」

「……」

「まぁ、ホントの事言うと、日雇いのアルバイトがしつこく言うから、様子を見に来たんだけどねぇん。来て良かったみたいねぇん」

「日雇いのアルバイト……?」

「――おう。俺の事を呼んだかい?」


 チャーの背後から聞こえてきた、新たな声に、ジャスミンとジザスの顔がみるみると青ざめる。

 ――初めて聞く声では無い。……この、腹の底まで響くような、重く低い声は――。


「クソッ、狭ぇな……出られなくなりそうだ」

「アンタがデカすぎるのよぉん……このでくの坊が」

「ガハハッ、違え無え!」


 豪放な笑いと共に、身を屈めながら通路から出てきた人物は、背筋を伸ばすと、顔を強ばらせるジャスミンとジザスに手を振った。


「どーも。今日一日限定日雇いバイト――」


 彼は、その傷だらけの魁偉な風貌に皮肉げな笑みを浮かべて言った。


「――ヒースだ」

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