危機と救世主
「見つけたぞ、ジャ〜スミ〜ン!」
混乱の極みにある祭会場を駆け回っていたジャスミンの前に、数人の傭兵が立ち塞がった。
「――あら? これはこれはゲソス様」
内心で舌打ちをしつつ、ジャスミンは余裕を装って、にこやかに言った。
ゲソス副団長は、目に強い憎しみの炎を宿しながら、手にした武器をジャスミンに突きつける。
「まんまとやってくれたなぁ、この裏切り者が!」
「裏切り者? 誰がですか?」
ゲソスの怒号にも動じず、ジャスミンは涼しい顔で言う。
「しらばっくれるんじゃねえ! コレは全部貴様の差金だろう!」
ゲソスは、こめかみに青筋を立てながら、剣を振り回して背後で繰り広げられる混戦を指し示す。
「貴様は、チャー傭兵団の禄を食みながら、サンクトルの住民共と結託して、反乱の計画を立てた! 祭にかこつけて、民衆を本部に引き入れ、我々に薬を盛って、労せずに街を取り戻そうという計画をな!」
「わあ〜、スゴいスゴい! 大体当たりですよ! タダの小便漏らしのヘタレかと思ったら、実はマジで切れ者だったんですね、ゲソス様!」
ジャスミンは、大げさに手を叩いて挑発する。
「……小便漏らしのヘタレ……?」
「……て、し、小便漏らし……?」
「え? ……漏らしたの? 小便……?」
「き! キーサ〜マーッ! な……何をデタラメほざいてやがるんだ! 誰が何を……」
部下に、ドン引きした顔で距離を取られたゲソスは、顔を真っ赤にして、怒鳴り散らした。
そんな彼の様子を見たジャスミンは、更にニマニマと嫌らしい笑いを浮かべながら言葉を重ねる。
「あのカーペットはどうされたんですか? 変な臭いが付いちゃったから、もう使えないでしょ? もしかして、買い取りさせられちゃいまし――」
「貴様ぁ! 黙れぇえっ!」
煽りまくるジャスミンに、顔を朱に染めて鋭く斬りかかるゲソス。
「――うおっと! 危ねっ!」
ジャスミンは、紙一重の差で、ゲソスの鋭い斬り込みを、ゴロゴロと地面を転がって避けた。
「――ふう、危ない危な……!」
ジャスミンの顔から余裕の笑みが消える。
右手で肩を押さえると、ヌルっとした生温かい感触がした。
ハッとして、右手を見ると、掌にはベットリと赤い血が付いている。
「……これはこれは……意外と手練だったんですねぇ、ゲソス様」
肩を斬られ、脂汗を垂らしながらも、彼の軽口は止まらない。
「……随分と動きが軽い……。酒は飲まなかったんですか?」
「生憎と、オレは下戸でな。混ぜ物入りの酒は口にしていない」
「おいおい……下戸な傭兵とか、締まらないにも程がありませんかね?」
「フン……遺言はそれで良いのか?」
ゲソスは口元を歪めて嘲笑を浮かべると、ジェスチャーで背後の部下達に指示を送る。
部下達は、ジャスミンの四方を取り囲み、彼の退路を経つ。
「……おやおや、随分念入りな事で……」
「おい、さっきと違って、顔色が青いぞ。……我が傭兵団を謀った事……せいぜい悔いながらくたばれ!」
ゲソスが、親指で首を掻き切るジェスチャーを合図として、周囲の傭兵達が一斉にジャスミンに向かって斬りかかる。
「クソッ!」
ジャスミンは、腰のベルトに挿していたナイフを抜き、体勢を低くして、素早い動きで真正面の傭兵に突っ込んでいった。
まさか、ジャスミンが逆に突っ込んで来るとは思わなかったのか、正面の傭兵の反応が数瞬遅れる。
傭兵の剣がジャスミンの脳天をかち割るよりも早く、ジャスミンの体当たりが傭兵に炸裂した。堪らず吹っ飛ぶ傭兵。
ジャスミンは、体当たりで崩れた体勢を前転で整え、立ち上がって走り去ろうとして――
「甘えよ!」
素早く彼の逃走ルート上に回り込んできたゲソスの前蹴りが、ジャスミンの無防備な鳩尾にめり込んだ。
「――グフッ……!」
ジャスミンの整った顔立ちが、激痛で歪み、その場で崩折れ悶絶する。
ゲソスの顔が諧謔的な嘲笑に満ちる。
「ククク……いいザマだなぁ、色男ヨォ。散々コケにしくさりやがって……タダじゃ楽にしてやんねぇからな……」
「……あら……ら……ゲソス様には、そんなシュミもあったん……ですか。……どっちかと言うと……ドMだと……」
まだ軽口を叩こうとはするが、鳩尾の痛みで、満足に呼吸も出来ない。
(ヤバい……。このままじゃ……殺られる。――動け、俺の……身体!)
ジャスミンは必死で自分の身体を叱咤するが、その意に反して、ノロノロとした動きしか出来ない。
「ハッハッハッ! 何だその動きは? 生まれたての子亀か!」
嘲笑しながら、ゲソスはつま先でジャスミンの顎を蹴り上げ、ジャスミンは仰向けにひっくり返った。
「オラオラ! お楽しみは、これからだ――!」
横たわるジャスミンを囲み、一斉に剣を振り上げる傭兵達。
万事休す――! ジャスミンは、思わず目を瞑った。
『ブシャムの聖眼 宿る右の掌 紅き月 分かれし雄氣 邪気を散らさん』
「――!」
その時、厳かな聖句の詠唱と同時に、傭兵達の中心に赤い光の球が飛び込んで来て、次の瞬間、四方八方に弾けた。
「グアアアアアッ!」
傭兵達は、夥しい光の小さな球に身体を貫かれ、バタバタと倒れた。
「――いい格好ですな、ジャスミン殿……ホッホッホッ」
倒れ伏した傭兵達を跨いで、ツカツカとジャスミンに近付いてきた人物が、しわくちゃの手を彼に差し伸ばす。
ジャスミンは苦笑しながら、その手を掴んで立ち上がり、
「――タイミングが完璧すぎだろ。さては、俺がピンチになるまで隠れて見ていやがったな……」
ニヤリと苦笑い、その人物にウインクしてみせた。
「ホッホッホッ」
「まったく、とんだタヌキ爺だな……大教主サマよ!」