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アクシデントと狼煙

 「ガ――……ハアァッ!」


 巨漢は、野ブタの様な声を上げながら吹き飛び、そのまま落下。テーブルの下の地面に叩きつけられた。


「ゲボッ! ゴホッ……!」


 受け身を取る間もなく、地面に背中を強かに打ちつけられた巨漢は、呼吸もままならず、舌を突き出し喘ぐ。


「…………」


 と、テーブルの上に横たわっていたパームが、まるで幽鬼の様にユラリと起き上がる。


「……お、おい、フェ……フェーンちゃん……大丈夫か――?」

「…………あ〜ん……?」


 恐る恐る声をかけた傭兵の方に、ゆっくり首を巡らせるパーム。その顔は真っ赤で、半開きの目は据わっていた。


「……誰が……」

「……え?」

「……だ〜れぇがフェーンらっれぇぇぇっ!」

「へ?……ええええ?」


 いきなり大声で怒鳴り出したパームに、戸惑う周りの傭兵達。


「……ぐ、ぐう……オイ、テメエ! フェーンンクグアアッ!」

「らからぁ、誰がフェーンらっれんらよォッ!」


 地面に仰向けに倒れたまま、吠えようとした巨漢の声は、途中で情けない悲鳴に変わった。パームの足が、彼の無防備に曝された股間を思い切り踏みつけたからだ。

 周りで固唾を呑んで傍観していた男たちが、一様に内股になって股間を押さえる。

 急所を潰された巨漢は、まっ青を超えた真っ白な顔色になって、泡を吹いて気絶してしまった。

 パームは、ノビた巨漢に目もくれず、ユラユラと歩みを進める。

 薄い化粧が流れ落ち、胸がはだけ、体中はバルまみれ。彼の、まるで怨霊の如き出で立ちに、周囲を取り囲む傭兵達は、思わず気圧され後ずさる。


「……僕は、フェーンらんからない……!」


 パームは、酔眼を不気味に光らせ、ゆらゆらと傭兵達の群れに近付いてくる。


「お……おい! これ以上近付くな! さもないと、痛い目を見るぞ! フェーン……!」

「らーかーらーっ! 僕はフェーンなんれ名前らないっれ言ってんらろうが!」


 傭兵の言葉に、パームの怒りは頂点に達した。嵌めていた手袋を脱ぎ捨てると、右手を傭兵達に向けてかざす。


「――僕の名前は、パームらァッ! 『ブシャムの聖眼() 宿る右の掌 紅き月 分かれし雄氣(ゆうき) 邪気を散らさん』ッ!」


 パームが、『ミソギ』の聖句を唱えた瞬間、彼の掌に刻まれた『ブシャムの聖眼()』が真っ赤に光り輝き、大きな紅い光球が傭兵達に向かって真っ直ぐ飛んだ。

 突然の攻撃に驚き、身構える傭兵達の目の前で、光球は弾け、無数の小さな光の粒となって、傭兵達を襲う。


「ぐわあああッ!」


 光の粒の奔流を浴びた傭兵達は、雷に打たれたように棒立ちになり、そして白目を向いてその場に崩折れた。


「な――何だぁっ? 何をしたんだ、フェーンちゃん……」

「らぁかぁらぁ〜ッ! 僕は、フェーンなんれ名前の女の子らない! 僕は――」


 尚もフェーンと呼ぶ傭兵の言葉に、激しく頭を振ったパームは、叫びながら再度右手を伸ばした。

 『ブシャムの聖眼()』が、またギラギラと紅い光を放ち始める。

 パームは、真っ赤な顔を、更に紅潮させて叫んだ。


「僕は――ラバッテリア教神僕のパームらああアッ!」


 ◆ ◆ ◆ ◆


 「――ねえ? 何か、外が騒がしくない?」


 2杯目のワインを注ごうとして、シレネは異変に気が付いた。


「……何だろう? 酔っ払い同士の喧嘩かな……?」 


 まだ、作戦の発動には早い。訝しんだジャスミンが、喧騒の方へ様子を見に行った――と思ったら、慌ててカウンターに戻ってきた。


「ヤバいヤバいヤバい!」

「……? どうしたの? 何が――」

「パームだ!」

「はあ――?」


 血相を変えて飛び込んできたジャスミンの言葉に、首を傾げるシレネ。


「――あの子が、どうして……?」

「多分、どっかのバカが、アイツに無理やり酒を飲ませたんだろ! 取り敢えずヤベえぞ! ああなったら、もう止められねえっ!」

「え――? 本当に……?」


 シレネの脳裏に、あの日のワイン蔵の惨状が浮かんだ。――それは確かに、ヤバい!


「どうするの……?」

「――こうなったら仕方無い! ()()()()!」


 そう叫ぶと、ジャスミンは露店から飛び出し――振り返って、シレネに叫んだ。


「シレネ! 皆に合図を頼む! じゃな!」


 それだけに言い残すと、彼は一目散に走り去る。


「ちょ、ちょっと待ってよ――て、もう!」


 シレネは慌ててジャスミンを呼び止めようとするが、もう、彼の姿は無かった。

 シレネは舌打ちすると、カウンターの奥に置いてある、大きな木樽の蓋をこじ開ける。

 バルが入っていると見せかけた樽の中には、小型の筒状の物が入っていて、シレネはそれを取り出すと、カウンターの外に出た。

 中庭は、腰の得物を抜き放つ傭兵や、泡を食って逃げ惑う住民達、事情を飲み込めずにジョッキを片手に持ったまま右往左往する男達が無秩序に動き回る、正に混乱の坩堝(るつぼ)と化している。


「もう――! 全然計画と違ってるし!」


 シレネは愚痴りながら、筒を上空に向けて掲げ、筒の根元から垂れ下がった麻紐を右手の指でそっと摘んだ。

 そして、目を閉じて集中し、


――『火を統べし フェイムの息吹 命の炎 我が手に宿り 全てを燃やせ』


 ――と、小さな声で詠唱する。すると、彼女の指から小さな炎が上がり、麻紐がジワリと燃え始めた。

 炎は麻紐を伝い、筒の元に到達する。

 そして、ポン! という乾いた音を立てて、筒の先から火の玉が空に向かって上がった。


 しゅるしゅるしゅるしゅる……ぱ――――ん!


 ()()は上空で弾け、真っ白な光の花となって拡散する。


「――な、何だ……?」


 突然の閃光と音に、傭兵達は狼狽える。――と、


「うおおおおおおっ!」


 会場のアチコチから雄叫びが聞こえ、棍棒を振りかぶった住民達が、傭兵達に襲いかかった。


「――さあ、()()()()()()()の始まりよ……!」


 シレネはそう呟くと、入り口に停めてあった荷車に結わえつけてあった荷紐の端を掴み、思い切り引っ張る。

 次の瞬間、荷紐は一気に緩み、解けた。

 ――それは、荷紐に見せかけていた長鞭だったのだ。

 シレネは、慣れた手つきで鞭を振るう。鞭は、ヒュンヒュンと鋭い風切り音を立てながら、まるで生きた大蛇のように地面を跳ね回った。


(……あそこね)


 シレネは、中庭の奥に聳えるチャー傭兵団本部の館を睨みつけ、唇を噛みしめる。


(――さっさと傭兵どもを制圧して、チャーの元へ向かわないと――!)

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