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酒と目薬

 「シレネー! バルを3杯、ジョッキで頼む!」

「フェーンちゃ~ん! 枝豆追加~!」

「こっちは火酒を水割りで!」

「シレネ姐さん、ワインを瓶ごとお願い!」

「お――い、フェーンちゃん、オーダー頼む~」


 祭が始まるやいなや、『飛竜の泪亭』出張露店には、むさ苦しい傭兵達やサンクトルの住民達が殺到した。


「あ――はいはいはいはい!」

「ちょ――ちょっとお待ち下さーい!」


 シレネとフェーンは、たちまち接客に忙殺される。

 急造のカウンターの後方の棚からワインボトルを取り出したり、バル樽からジョッキに発泡酒(バル)を注いだり、大鍋から作り置きしておいた料理をよそったり……。目の回る忙しさとは、正にこの事だ。

 中庭の中央では、ポンポンと花火が打ち上げられ、有志らによって結成された楽団による陽気な音楽と民族舞踏が祭の喧噪に彩りを加えている。

 祭のボルテージは、徐々に上がりつつあった――。




 「やあやあ、精が出るねえ♪」

「――何? とっても忙しいんですけど! 視察なら他でやってくれません、実行委員長さん?」


 背中からかけられた軽薄な声に振り向きもせず、ジョッキに次々バルを注ぎ続けながら、シレネは険のある声で応えた。


「おお~怖い怖い。……違うよ~」


 勝手にカウンターの中に入り込んできたジャスミンは、へらへら笑いながら、棚の奥のワインボトルを持ち出し、手慣れた手つきでナイフで栓を抜く。


「いや~、実行委員長も色々忙しくてさぁ。ちょっと抜けて、休憩に来ただけだよ」

「あ! ジャスミンさん、それは……!」


 ボトルに口を付けて直飲みしようとするジャスミンに、慌てて声をかけるフェーン。

 ジャスミンは、喉を鳴らしてワインを呷り、「ぷはぁ~」と、息を吐いた。


「……ん? どうしたの? これが何か?」

「え……だって、それは飲んだら――」

「いや、コッチは()()()()()のヤツだから、問題無えよ」


 心配するフェーンに、涼しい顔で答えるジャスミン。


「あ――それならいいんですけど……」

「――どっちにしても、売り物を勝手に空けないでよ」


 安心した顔のフェーンと、不機嫌そうな顔のシレネ。


「はい! バル6丁! 7番テーブルの傭兵達(お客さん)に持ってって!」

「あ――はい!」


 ドンとカウンターに置かれたジョッキ6つを、フェーンは慣れた様子で一気に持ち、7番テーブルに運んでいく。

 取りあえず、今入っているオーダーは全て捌ききり、ふうと息を吐くシレネ。


「……あいつ、すっかり()()()が板についたな……。実は、神官なんかより天職なんじゃねえの……?」


 フェーンの背中を見送りながら、ニヤリと笑うジャスミンの手から、シレネはワインボトルを引ったくり、グラスにトクトクと注いで、一口飲む。


「ふう……美味しい」


 カウンター越しに、改めて喧噪のただ中にある中庭の様子を眺める。

 そして、傍らのジャスミンに小さな声で尋ねる。


「……作戦は、どんな感じ? 順調?」

「……ボチボチ効き始めたヤツが出てきてる。でも、もう少ししてからだな……決行は」


 ジャスミンは、そう答えると、ワインボトルをまた呷る。


「……本当に効くの? だって――アレって、タダの()()でしょ?」

「疑うんなら、パームに聞いてみな。アイツは実際に効果を体験してるからさ」


 ジャスミンは、果無の樹海でアズール・タイガーと戦った時の事を思い出して、意地悪な微笑を浮かべる。


「まあ、ワインに混ぜた方はともかく、バル樽に混ぜ込んだ方の濃度はかなり希釈されてるだろうから、パームに盛った時より効果は薄いとは思うけどな。それでも、酒の回りはかなり強くなるから、戦闘力は大分落とせると思うぜ」

「――打ち合わせ通り、傭兵以外の人たちにも同じものを飲ませてるけど、大丈夫なの?」

「ああ、それでいいよ」


 シレネの問いに、ウインクしながら答える。


「事情を知らない一般住民には、傭兵達と同じように眠っててもらった方が、ウロチョロされて不慮の事故が起こるリスクを抑えられるからな」


 ――サンクトルをチャー傭兵団から住民達が取り戻す為の作戦として、ジャスミンが立案したのは、祭の露店として振る舞う酒類に、ジャスミン愛用の目薬を混ぜ込み、酒を飲んだ傭兵達(事情を知らない一般住民含む)を眠らせて無力化し、その勢いでチャー傭兵団本部を占拠する――というものだった。

 もちろん、さすがのジャスミンもそんなに大量の目薬を持ち合わせてはいなかったが、街の薬屋数軒に在庫として眠っていた同種の目薬を掻き集める事で、必要量を確保した。

 そして、目薬をバル樽やワインボトルに適量投入し、キッチリ封をしたものを祭会場に持ち込み、現在客に提供しているという訳だ――。


「なるほどね……」


 シレネは、感心するとも呆れるともつかない表情を浮かべて、飲みかけのグラスを左手に取り、右手の指でグラスの縁を擦ってから、くいっと一気に呷った。


「…………」


 ジャスミンは、ふと複雑な表情を浮かべて、そんな彼女の所作をじっと見ていた――。




 一方その頃、フェーンは、注文されたジョッキをテーブルに運び、カウンターに戻ろうとしていた。


「じゃあ、ごゆっくりどうぞ~」


 ニッコリと笑って、スカートの裾を持ち上げ、軽く頭を下げる。

 そして、踵を返して戻ろうとした時――、急に手首を強く握られた。


「え? あ――あの……」

「フェーンちゃんよぉ~。つれない事言わねえで、もうちょい俺っちと付き合ってくれよ~」


 ちょび髭で脂ぎった顔面の巨漢が、顔を真っ赤にして馴れ馴れしく話しかけてくる。

 フェーンの手首を掴む傭兵の手のひらが、汗でびっしょりで、フェーンは気持ち悪さのあまり振り解こうとしたが、傭兵の力が強くて引きはがせない。

 逆に、傭兵に腕を引っ張られ、テーブルの上に身体を押し倒された。


「あ……あの! すみません! ちょっと――」


 フェーンは必死で抵抗するが、傭兵の力には敵わない。両手首を片手で掴まれ、フェーンはテーブルの上でバンザイをする格好になった。


「うぇっへっへっ、いい格好だねぇ、フェーンちゃん……。堪らねえなぁ~」

「だ……誰か、助け……」


 フェーンは、周りに助けを求めたが、誰も助けに来ようとしない。いや、巨漢とフェーンを引きはがそうとする者もいたが、巨漢が空いた方の腕を振り回して吹っ飛ばした。


「やべえぞ……『種馬テリオマニス』がああなったら……誰にも止められねえ……」

「ああ……フェーンちゃんの貞操が……!」


 周りの傭兵達の声が耳に届いて、フェーンは目の前が真っ暗になった。


「や、止めて……下さい!」

「ぐへへへへ……嫌よ嫌よも好きの内ってね……! 安心しな。その内『止めないでぇ!』って言うようになるからよぉ~」

「――!」


 フェーンは、涙目になって抵抗するが、手首を掴む力は一向に衰えず、逆に、巨漢の手によって、メイド服のブラウスを強引に破かれた。


「んん? おや……?」


 と、露わになったフェーンの胸部を見た巨漢が首を傾げる。それはそうだろう。女ならあるべき双丘が無いのだから。


「お――お前、まさか!」


 狼狽した声を聞いて、フェーン……パームは、再び希望を抱いた。


(僕が男だと分かれば、もう離してくれるはず――!)

「お、お前……女じゃあ無かった……のか?」


 目を見開いて尋ねる巨漢に、必死で頷くパーム。

 巨漢は、信じられないという顔をした後――――、

 にたあり……と、満面にいやらしい笑みを浮かべ、


「――最高じゃねえかよ、お前!」


 と、吠えた。

 その瞬間、パームは察した。


(――げ……この男……()()いける人か――!)


 これまでとは比較にならないレベルの貞操の危機を確信したパームは、必死で身を捩って、出店の方を見る。

 だが……不運にも、組み伏せられているテーブルは、出店のシレネやジャスミンからは死角となっていた――!

 ならばと、パームは大きく息を吸い込む。


「シレネさーん、ジャス――ッ!」


 だが、彼の声は途中で途切れた。大きく開けた彼の口に、巨漢がバルのジョッキを突っ込んだのだ。


「ほらほら~! フェーンちゃんも、一杯飲んでぇ~! 一緒に気持ちよくなろうぜぇ~!」

「ガボッ! ゴブッ! ……ムグッ! ――」


 巨漢はジョッキを傾け、パームの口に黄金色のバルを容赦なく注ぎ込む。パームは必死に抵抗するが、為す術も無く、溺れるようにバルを飲み込んでしまった。


「……………………」


 そして、パームの全身から、力が抜けた。それを確認した巨漢は満足げに頷くと、そそくさとズボンのベルトを緩め始める。


「よしよし……すーぐに気持ちよくしてヤッからよぉ……」


 巨漢は舌なめずりをすると、ズボンを下ろし、無抵抗のパームの上に跨がろうとし――――

 真上に2エイム程吹き飛んだ。

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