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仕込みと根回し

今回から、いよいよサンクトル奪還作戦実行編です!

 昼下がり。

 夏の強い日射しが照りつけるチャー傭兵団本部の広大な中庭は、時ならぬ喧騒で満ちていた。今夜開催される蒼紅並月祭パーティーの設営準備の為だ。

 中庭には、大小様々なテーブルが雑然と並べられ、街から持ち込まれた御馳走の材料や花火、膨大な酒類などが次々と積み上げられていく。

 『飛竜の泪亭』の女主人シレネと従業員フェーンも、一角に設置されたブースの中で、樽酒をセッティングしたり、ボトルを並べたり、グラスを布で磨いたりと、忙しく準備に追われていた。


「やあやあ、精が出るねい」


 そんな最中に、ニタニタ笑いを浮かべながらやって来たのは、茶髪の軽薄そうな顔をした色男。


「……あ、ジャスミンさん」

「お客さん、まだ開店前よ」


 彼をジロリと一瞥したシレネはぶっきらぼうに言い放ち、そのままグラスを磨く作業に没頭する。


「かーっ! つれないねぇ〜。……でも、冷やかしに来たんじゃないよ。これは正式な視察です!」


 そう言って、えへんと胸を張るジャスミンの腕には、『実行委員長』と朱書きされた腕章が付けられていた。


「……良くお似合いね。チンドン屋さんみたい」


 シレネは、また一瞥すると、皮肉げに言った。


「ハッハッハッ! 冗談がキツいなぁ、シレネは」


 ジャスミンは豪快に笑ったが、フェーンは彼の目尻に光るものを見た。


「……で、えーと、手筈はどんな感じだい?」


 ジャスミンは、ごほんと咳払いを一つすると、改まった態度で、声を顰めてシレネに尋ねた。


「……見たら分かるでしょ? まだまだかかるわよ。午後6時(開催時間)までには間に合わせるけどね」

「あ……いや、そっちじゃなくて……」

「そっちじゃない……て、ああ、()()()()()()()の方で――」

「シーッ! 声が大きいっ!」


 閃いた顔で答えようとしたフェーンの口を慌てて塞ぐジャスミンとシレネ。恐る恐る周りを見回す――が、今の言葉が耳に届いた傭兵は居ないようだ。

 二人はやれやれと息をつき、フェーンは二人に口を塞がれて、目を白黒させていた。


「ちょっと、パームくん! 焦らせないでよ!」

「お前バカ! こんなんで計画がバレたらどうするんだよっ!」

「あ――す、すみません……」


 ハッと気付いて、フェーンは謝る。

 シレネは、大きく安堵の息を吐いて、ジャスミンに小さく頷く。


「――そっちの手筈は、まあ順調ね。必要なものも、お酒や材料に紛れさせて持ち込んだし……。他の皆も、この前取り決めた通りに進めてるみたいだしね」

「よしよし。それは朗報」


 ジャスミンは、満足そうに頷いた。

 それを見たシレネは、ジト目で彼を睨む。


「……と、いうか、アナタこそ大丈夫なの? こんな所で油を売ってて。そっちの根回しの方が大変なんじゃないの?」

「……あれ? もしかして、俺、今心配された?」

「心配してるのは、アナタのせいで計画がおじゃんにならないかだけ。アナタの心配なんてしてないわよ」


 嬉しそうに顔を綻ばせるジャスミンに、すかさず牽制を送るシレネ。

 ジャスミンは、ふて腐れたように頬を膨らませながら言った。


「……俺は、もうとっくに根回しは終わってるんだよ。あのデカいおっさんも、一昨日付で円満退職させたし――」

「デカいおっさん……て、あの、バル樽をひとりで飲み尽くした――?」

「そうそう。ヒースのおっさんな」


 フェーンの言葉に頷くジャスミン。シレネは、その言葉を聞き、心中密かに安堵する。


(あの大男はいないのね……)

「――だから、今のチャー団長の周りには、副官のゲソスだけしかついていないはず……というか、俺がそうさせるように誘導した」

「誘導した――、って、ジャスミンさんが、そうさせたって事ですか?」

「うん、そうだよ~」


 事も無げにそう言って、ジャスミンは胸を張る。


「俺を誰だと思ってるんだよ。『天下無敵の色事師』ジャスミン様だぜ! 舌先三寸で相手を操る事なんて造作も無い♪」

「はあ……凄いんだか凄くないんだか……」

「パームくん、見習ったりしちゃダメよ。碌でもない大人になっちゃうから――この人みたいに」

「はっはっは! 甘いな。それは色事師にとっては、この上ない賞賛の言葉になるのだ!」


 シレネのキツい言葉に、高笑いしてなお胸を張るジャスミン。しかし、フェーンは確かに見た。彼の瞳が潤んでいるのを。


「――じゃ、じゃあ、そろそろ行くわ。実行委員長は多忙なモンでね」


 と言って、そそくさとブースを出ようとして、ジャスミンは立ち止まった。くるりと振り返ると、フェーンを見てニコリと微笑(わら)った。


「ああ、そういえば言い忘れてたわ。この会場に()()()()()()()()も呼んであるから、楽しみにしてろよ、パーム」

「え……? す、スペシャルゲスト……? だ、誰ですか?」


 突然の言葉に戸惑うパーム。


「ま、状況が状況だったから、それとなく仄めかしただけだけどな。()()()なら、バッチリ察してくれたと思うぜ」


 ジャスミンは、それだけ言うと、まだ意味をよく飲み込めていないフェーンをそのままに、踵を返してブースから去ろうとする。


「――ちょ、ちょっと待って、ジャス!」


 その背中を呼び止めたのはシレネだ。


「……お祭りの最中、チャーはどこに居るの? 実行委員長なら把握しているでしょ?」

「……あの()()()()()に大層な恨みを持っているのは分かるけどさ」


 ジャスミンは、首だけシレネの方を向けて言った。


「――そんな剥き出しの殺気を放ちまくってたら、ちょっと目端の利く傭兵なら、すぐにお前の存在に気付くよ。もっとリラックスしな」

「――! それは……」


 思いもかけぬ言葉を()()耳にして、シレネは硬直した。

 ジャスミンはフッと笑って、ウインクした。


「――チャーは、祭りのオープニングに出たら、すぐに引っ込んで、終わるまで謁見の間でダラダラしてると思うぜ」

「……謁見の間――!」

「――くれぐれも無茶はするなよ」


 ジャスミンは、そうシレネに釘を刺し、改まった態度で言葉を継いだ。


「では――おのおの方、ぬかりなく――な」

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