表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/175

【回想】白と黒

 夜になり、激しい吹雪はやんだ。

 雪に覆い尽くされた一面の白の中で、一カ所だけぶすぶすと音を立てる黒の一角があった。

 燃え尽き、すっかり炭化した突き出た柱や崩れ落ちた壁材から、それがかつては小さな家だった事が辛うじて分かる。

 まだ燻る、家のなれの果てに足を踏み込み、近所の住民は必死で何かを探している。

 そして――、


「おーい! あった……いや、()()ぞ!」


 住民の一人が手を挙げて、他の住民を呼び寄せる。


「――! ああ……酷いなこりゃ……」

「うう……可哀相に……」

「あまり乱暴に動かすな! ()()()()!」


 住民たちは、悲嘆に暮れ、ある者は涙を流しながら、()()の収容作業を行う。

 彼らは、急造の担架に()()を慎重に乗せ、焼け跡の外へと運び出した。


「……アザレアちゃん……大丈夫かい?」


 近所のおばさんに優しく声をかけられ、泥まみれのひどい格好のまま佇んでいたアザレアは、まるで操り人形のようなぎこちない動きで、顔を上げる。


「……うん、大丈夫」


 その言葉とは裏腹に、彼女の緋色の目は、生気を喪った虚ろな光を放っていた。

 おばさんは、彼女の肩に優しく手を置き、ゆっくりと言った。


「アザレアちゃん……気をしっかり持ってね――お姉さんが、見つかったわ。……でも……で……も……」


 おばさんの言葉は、途中で途切れ、嗚咽へと変わった。

 もっとも、言われずとも、その先に続く言葉は十分に想像がついた。


「アザリー……、俺が()()するから――。お前は見なくてもいいからな……」


 ずっと彼女に付き添っていたジャスが、彼女の耳元で静かに囁く。そして、担架の方へ足を進め――


「……ジャス……大丈夫」


 彼の手を、アザレアの手ががっしりと掴んだ。彼女の手は、氷のように冷たかった。

 アザレアは、ジャスの目をしっかりと見据えていた。その潤んだ瞳は、先程とは違って、強い意志の光が宿っていた。


「私も……見届ける」


 彼女の言葉を聞いて、ジャスは一瞬躊躇したが、彼女の目を見て、小さく頷いた。


「分かった……行こう」


 彼は、彼女の手を引き、担架の方へ歩き出す。

 ジャスの手に握られたアザレアの手が、ブルブルと震えている。それはきっと――寒さのせいではない。

 ふたりは、地面に置かれた担架の前に辿り着くと、膝をつく。

 担架の上には、大きな布が掛けられていて、その下に横たえられている()()は隠されていた。


「――大丈夫か? まだ小さいのに……」

「おじょうちゃん……無理はしなくていいんだからな。確認するだけなら、隣の坊主だけでも――」

「大丈夫! ……私が見ないと……いけな……い……」


 アザレアは、きっと眦を上げて叫んだが、その勢いは尻すぼみになり、その代わりに両眼から二粒、透明な(しずく)が零れ落ちる。

 大人たちは顔を見合わせるが、


「いい……俺が支えるから。――顔を見せてやって」


 彼女の肩を支えたジャスの一言で、


「――分かった……」


 頷き、掛けられた布の端を持ち上げる。


「……覚悟はいいな」


 最後に、そう念押しして、一気に布を翻した。


「!…………」

「――――!」


 ()()を見たふたりは、呼吸する事も忘れた。

 彼女たちの目の前に横たわるものは……ただの()()()()()()だった。

 上に球体状ののものが付いていて、それが頭部だろうというのは理解できたが、顔の形状はまったく分からない。二つ並んだ虚が目で、その下にぽっかり空いた穴が口――その程度の判別しか出来なかった。

 両手は、胸の前で固く握られ、まるで神に祈りを捧げているよう……。


「あは……あはは……」

「! ……あ、アザリー……?」


 突然、虚ろな笑い声を上げ始めたアザレアに、ジャスは戸惑いながら、心配げに声をかける。


「もういい! アザリー……もう、戻ろ――」

「違うよ! こんなの……姉様じゃない!」


 肩にかけられたジャスの手を撥ね除け、アザレアは満面の笑顔で叫んだ。


「だって……、姉様はこんなに小さくないし!」

「……アザリー。違わない……人は燃えると――」

「それに――、あのキレイな姉様が、こんな土人形みたいな顔になる訳――ないでしょ!」

「…………」


 ジャスは……いや、この場にいた全ての人間が、アザレアの言葉に絶句した。


「だから、この人は違う人! 姉様は、きっとどこかに逃げてて無事なの! そうに決まってる!」


 狂気を孕んだ目で、一方的に捲し立てるアザレアに、誰も声をかける者は――否、かけられる者はいなかった。


「だから、これはニセ物――!」


 そう叫んで、アザレアは足元の焼死体(消し炭)を蹴飛ばした。


「あ――! 何を――!」


 周囲の者は、慌てて彼女を羽交い締めにする。彼女に蹴飛ばされた焼死体は、担架から転げ落ちた。

 固まっていたジャスが、慌てて焼死体の元へ屈み込み――、


「――? 何だ……?」


 その右手が、何かをきつく握り込んでいる事に気が付いた。

 ジャスは微かに震えながら、慎重に焼死体の指を開き、握っていたものを取り出す。


「これは……髪留め……?」


 炎に晒され、黒く変色していたが、それは確かに、真ん中に赤い宝石が嵌まった銀製の髪留めだった。


「――髪留め……?」


 アザレアは、その言葉にハッとすると、羽交い締めにされていた大人の腕を撥ね除け、ジャスの元に駈け寄り、彼の手にあるそれをひったくった。

 目を見開いて、その髪留めを凝視する。


「――これは……姉様の……!」


 アザレアの脳裏に、かつての光景が浮かんだ――。



 ……………………


『ねーねー、姉様! これ、すごくキレイ!』

『あ、これは母様からもらった髪留めよ』

『赤い宝石がかわいいー! 姉様、これちょうだい!』

『うーん、今のアザリーにはまだ早いかな~?』

『えー、欲しいよう!』

『だって、それは母様の形見なんですもの。私にとって大事な物なの……ごめんね』

『……そうかぁ……』

『そんなにしょんぼりしないで。あげないとは言ってないわ。そうね……アザリーが今の私と同じくらいになったら、あなたにあげるわね』

『うん! 分かった! 姉様、ありがとー!』


 ……………………




「…………姉様の……髪留めだ……」


 アザレアは、愕然として呟いた。そして、唐突に理解する。

 ――この黒焦げの死体は、美しかった姉のなれの果てだ――と。


「うあ……うあああああああああああああああああああああっ!」


 理解した瞬間、絶叫が彼女の口から止めどもなく溢れ出た。


 ―――――――。





「うあ……うあああああああああああああああああああああっ!」


 アザレアは、自分の発した絶叫で跳ね起きた。

 荒い息で肩を激しく上下させながら、頭を抱える。


(――夢か……)


 徐々に冷静さを取り戻し、()()あの悪夢を見たのだ、と理解する。

 掌で顔に触れると、その頬は涙でぐっしょりと濡れていた。

 彼女は、深くため息を吐くと、ベッドから起き上がり、夥しい量の化粧品や茶髪の鬘などで溢れかえるドレッサーの前に腰掛ける。

 そして、化粧品と一緒においてある水差しからコップに水を注ぎ、一気に飲み干した。


(何回、あの日の夢を見ただろう……)


 彼女は、ドレッサーの鏡に映る、自分の顔を見つめた。時が経ち、あの日の姉と同じ年齢になった自分の顔を。


(――姉様と違って、怖い顔だこと)


 彼女は皮肉げに、その美しい口元を歪める。

 そして、彼女は、ドレッサーの引き出しを開けた。その中に大切に仕舞っていた、赤い宝石が嵌め込まれている黒焦げの髪留めを取り出す。


『そうね……アザリーが今の私と同じくらいになったら、あなたにあげるわね』


 かつての姉の言葉が脳裏に蘇る。


「姉様、あの日の約束通り、貰うわね……」


 そう呟き、アザレアは髪留めを自分の真紅の髪に挿してみた。


「……似合うかしら、姉様」


 微笑もうとして、両眼から涙が零れた。


(姉様……もう少しで、あなたの仇を討つ事が出来るわ。待っていて……)

この回で、回想編は終わりです。

なかなか重くて辛いエピソードで、『好色一代勇者』のカラーとはそぐわないかなとも思いましたが、今後の展開に関わる重要な回なので、書かない訳にはいきませんでした。

あと、結構、今後への伏線も撒いてあります。


次回からは、また以前のノリに戻るかと思いますので、引き続きお読み頂ければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ