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【回想】雪と炎

 「鎌を咥えた鷲の紋章……そりゃ、グリティヌス総督のお召馬車だろうな」


 すっかり冷めたお茶を飲み干して、ジャスは言った。


「やっぱり、そうだよね……」

「つうか、何でスラム地区の外れに総督府の馬車が停まってるんだ? どう考えても、総督がわざわざ馬車立てして訪れる用事も価値も無いだろうに……」


 ジャスは、いつものクセで、手を顎に当てて考え込む。


「……やっぱり、家に来た、黒いローブの男の人が乗ってきたのかな?」

「あ、そうだ。ソイツの人相をまだ聞いてなかった。――歳はどの位だった?」


 粗末なベッドに腰掛けたアザレアは、視線を上に向けて思い出そうとする。


「うーんとね……。若い人だったわ。もしかしたら、20歳にもなってないかも。……顔は、ローブを深く被ってたから、よく見えなかった……」


 嘘である。本当は、その男の放つ不気味な雰囲気にのまれて、恐怖で顔をよく見る事が出来なかったからだ。


「――何ていうか、ニコニコ愛想良く笑ってるけど、それは上辺だけで、本当は人を人と思ってないような、冷たい表情をしてた……と思う」


 アザレアは、その時の事を思い出して身震いする。


「黒いローブで若い男……それは多分、総督お抱え術士のフジェイルとかいうヤツだと思う」

「知ってるの?」

「……ああ。あまりお知り合いになりたくないタイプのヤツだけどな」


 ジャスは、そう言うと渋い顔をした。


「普段は、総督府の中に籠もって、実験だか研究だかをしているらしくて、滅多に出てこないんだけど、たまーにフデクサラス地区の闇市場を彷徨(うろつ)いているのを見る。俺も、姿を見たのは一回だけだったけど、何つーか……アイツの周りには、黒い闇みたいのが、常に纏わり付いている様な雰囲気だった……」

「……そんな人が、姉様にどんな用があって来たんだろう?」


 アザレアは、不安そうな顔になる。


「さあな。――総督府の馬車で来たんだったら、総督府からの使いで来たんじゃねえの?」


 ジャスは、そう言って、おかわりのお茶を注ぐ為に、竈で煮立たせているお湯を取りに立ち上がる。

 ふと、何か考えつき、ニヤリと笑ってアザレアに言う。


「あ――、もしかして、総督の妾になれ、ってアレじゃねえの? お前の姉ちゃんは、お前とは違って、凄い美人だからさ。あながちありえな――イデッ!」

「馬鹿な事言わないでよ!」


 傍らの薄い枕を、思いっきりジャスに投げつけるアザレア。でも――


「いや、実際、いい線いってると思うんだけど、俺の推理」


 顔にぶつけられた枕を払いのけて、ジャスは言う。


「むしろ良かったじゃん。玉の輿だぜ! 総督の御眼鏡に(かな)ったんなら、クソ貧乏な生活から抜け出せるんだぜ!」

「でも……『蟇蛙(ヒキガエル)公』のお嫁さんなんて……絶対に嫌!」


 自慢の姉が、周辺地域にまでその()()()な容貌を揶揄されるグリティヌス公に娶られるなんて――アザレアは怖気が立った。

 しかし、ジャスミンは、アザレアの表情を見ると、くっくっくっと笑った。


「――冗談だよ。それは無い」

「な――何でそう言い切れるのよ!」

「だって、グリティヌス公(あの妖怪)、主食は()だからさ」

「は――? どういう意味……?」

「だから――()()()()イミだよ」

「…………はあ~」


 ――何だ、そうなんだ。アザレアはホッとして、ベッドに倒れ込んだ。


「――でも、あと、可能性として考えられるのは――フジェイルの方が求婚しに来た……とかな」

「え……」


 ジャスミンの呟きに、アザレアはもう一度、朝に見た男の姿を思い出す。


「そ――それも嫌!」


 彼女は、頭をブンブンと振り、激しく拒絶の意を表す。


「――嫌だって、俺に言われて……も……?」


 苦笑しながらアザレアに言――おうとしたジャスは、外が俄に騒がしくなった事に気が付いた。


「――何だろう?」


 ふたりは顔を見合わせ、ジャスが家の扉を開けて、外の様子を見ようとする。


「うわっぷ!」


 扉を開けた途端、激しく吹きすさぶ雪が、家の中に一気に吹き込む。

 ジャスは、思わず目を瞑りながらも外に出た。

 ジャスの家の隣家からも、騒ぎを聞きつけて、人が出てきていた。


「ねえ! どうしたの?」


 ジャスは、向こうから走ってやってきた一人の男を捕まえ、事情を訊こうとする。


「どうしたもこうしたも!」


 男は、大分動転している。息を切らせながら、一気に捲し立てた。


「火事だ! 西ダイサジェラルド(スラム)地区の西端で、家が一軒、物凄い勢いで燃えている!」

「え――?」


 ジャスの後ろで、男の言葉を聞いたアザレアは絶句した。

 西ダイサジェラルド地区西端――それは、彼女と姉の家がある場所だ――!


「あ――! おい! アザリー!」


 ジャスの制止の声も聞かず、アザレアは、逃げ惑う人々の流れに逆らいながら、自分の家に向かって走りだした。

 途中、何度人にぶつかり、撥ね飛ばされ、踏まれただろうか……。彼女の着衣は、雪と泥と彼女の流した血でドロドロになっていた。

 それでも、彼女は止まらない。圧倒的な人の流れに必死で抗いながら、家に向かって走り続ける。


(――姉様!)


 彼女の脳裏に、優しい微笑みを浮かべる姉の顔が浮かぶ。


(姉様!)


 今日の朝、ギュッと抱きしめてくれた腕の感触を思い出す。


(姉様ッ――!)


 ――頬を擦り寄せ、言ってくれた言葉を思い出す。


 『愛しているわ、アザリー』――


 ………………………………




 ――そして、遂に彼女は家に辿り着いた。

 傷だらけになりながら、息を切らせて帰宅したアザレアの目に映ったのは、


 ――渦を巻くように降りしきる、白い雪たちと、

 真っ赤な炎に包まれ、乾いた音を立てて崩れ落ちる寸前の


 ――彼女と姉が住んでいた家の最期の姿だった――。

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